煩悩を隠し通せ




パンパンと柏手を打って頭を下げる。
投げ入れた賽銭分ぽっちで願いが叶うとは思っていないが、あわよくばというやつだ。
肖れるものならなんだって肖ってやる。
人でごった返している境内にある表示の通りに”お帰りはこちら”の矢印を追って流れを乱さないように歩いていくと、傍らでモブが「師匠ぉ、おみくじ引いて行っていいですか」と聞いてきた。


「別に構わんが」
「あ。いいですね、皆で新年の運勢占いましょ!」


”おみくじ”と聞いてはぐれないよう俺の背中にひっついていたおなまえが脇から顔を出す。

モブは受験生だからわかるが、お前のはただの占い好きなだけだろ。

まだ幾分か人の波が薄い帰路に向かいたかったのに、「この際皆で!ね!」と勢いづいたおなまえに押され、大人しく流れに身を任せることにした。
こんなん”当たるも八卦、当たらぬも八卦”だろうが。
…まぁ、もし良いことが書いてあったら信じるけど。それはそれだ。


---


「あ、吉。良かったぁ」
「今年はきっとツイてるねモブ君!」
「はい。おなまえさんはどうでした?」
「私は末吉だったぁ…」


引いたおみくじの結果が芳しくなく、肩を落とすおなまえ。
「大凶とかでなかっただけ良いのかな、多分」と自分に言い聞かせるとすぐさま俺に「霊幻さんはどうでした!?」と熱く聞いてきた。


「中吉」
「…吉と中吉ってどっちが良かったんですっけ…?」
「吉の方が良いだろ確か。結ぶか?」
「私結ぼうかなぁ」


「油断大敵…ですって。今年はうっかりに気を付けないとですね」と今一度おみくじを見返してからおなまえは枝木に結びに向かう。
俺はこのまま持ち帰るかな、とポケットにそれをしまい込むとモブから視線を感じて其方を見た。


「どうした?モブ」
「師匠は結ばないんですか?」
「別に悪い運勢じゃなかったしな…悪くても持ち帰る人もいるし、どっちでもいいんだよアレは」
「そうなんですか……あ」


なるほど、と頷いていたモブが急にハッとした様子で声をあげる。
それにつられてモブの視線の先に俺も目線を向けると、くじを結び終えたおなまえが人波に阻まれて今まさに俺たちとは正反対の方向へ押しのけられそうになっているのが見えた。


「ついさっき"油断大敵だ"って自分で言ってたろうが…しょうがねえ。行くぞモブ!」
「はい」


このままでははぐれてしまうのが容易に想像できて、なんとかこっちに来ようと抵抗しているおなまえを見失わないようにしながら俺はモブを連れて人の塊に突っ込んだ。


---


「久し振りにあんな焦りましたぁ…人混み怖いですね」
「また賽銭でも投げるのかと思ったわ。流されすぎだぞ」
「すみませんてば……ホラホラ!出店で買ったお饅頭食べましょ?美味しそうですよ霊幻さん!」


その後何とかおなまえを引っ捕まえて、無事に相談所まで帰ってこれたことに一息つく。
おなまえとモブは同じくらいの背丈だが、こういう所で迷子になるのはいつもおなまえの方で「一体どっちが子供なんだか」と愚痴を零した。
おなまえは一応申し訳なくは思っているのか、自分用に買っていたはずのあじたまんじゅうをお茶と共に出してくる。

……今日はこの饅頭に免じて許してやるか。


「……うまいなコレ」
「ですよね!私見る度買っちゃうんですよ。…みんなにも分けてあげたいですけどそうするとすぐ無くなっちゃうので……霊幻さん内緒にしててください」
「もうひとつくれたら黙っててやる」
「くっ………………絶対ですよ」


もぐ、と一口含むと甘じょっぱい餡としっとりした薄皮の風味が口に広がる。
これは茶が進むな、と火傷しない程度の温度に調節されたお茶で流し込めば またもう一口食べたくなった。

モブは初詣を済ませると早々に帰ってしまったし、今日は芹沢は家の手伝いとかで来ていない。
この饅頭を隠匿する為の取引ならもうひとつ貰うくらいいいだろ。

おなまえは苦渋の決断を下すように箱からもう一つ饅頭を取り出して俺の皿に乗せた。
いやどんだけ渋ってんだよ、確かにうまいけど。


「……これ以上は争いのもとです。しまっておきましょう」


そう言うとおなまえは受付の椅子を踏み台替わりにシンク上の棚にしまいこもうとする。
……持ち帰ればいいのに。家に。


「ココにしまうのか?持って帰ればいいじゃん」
「勤務中の秘密のおやつの美味しさを霊幻さんは知らないんですか」
「あー……わかった」


変なとこ拘り強いんだよなコイツ。
そういう所も面白くて気に入ってるんだけど。

2個目の饅頭に手を伸ばすと、「きゃ」という短い悲鳴とガタン!と何かが倒れる音がした。
何事かと近寄ると床に倒れた椅子と、何故か棚の上に上半身を乗り上げて足をぷらつかせているおなまえがいた。


「わ、わ。どうしよう!霊幻さーん!」
「なにがどうしてそうなった」
「棚の中より棚の上の方が誰にも見つからないと思って……」
「ほお。俺の知らぬ間にかくれんぼしてたのか。いい隠れ場所じゃねえか、頑張れよ」
「違う違うお饅頭をね!お饅頭をここに隠したかったの!!」


すっぽり天井と棚の間に入り込んでいるおなまえを見上げながら会話をする。
おなまえは見事なまでにはまり込んでいて、足をじたばたさせるも少しも腰から上が出てこないでいた。

お前どんだけ奥に隠そうとしたんだよ……。
こう言っちゃなんだが、このまま喋ってるとまるでおなまえの尻に向かって話しかけてるみたいで俺も変な気分になるんだが。
セクハラだなんだ騒ぐのがわかりきってるから言わねえけど。


「引っ張ってくれませんか?出られないんですぅ〜」
「しょうがないな……ちょっと待て」


床に倒れていた椅子を元通りにしてから、パシャリと携帯に今のおなまえの様子を写メっておく。
すると耳聡くシャッター音を聞き取ったおなまえが「今撮りました!?撮りましたよね!?」と騒ぎ始める。


「聞き間違いだろ」
「絶対聞こえた!変態!セクハラ!!消して下さいー!」
「撮ってない撮ってない。ホラ、引っ張ってやるから大人しくしろ」
「……お願いします…」


椅子に立ってシンクに片足をかける。
おなまえの腰を掴むと一瞬ぐっと力を入れてから手を離した。
引っ張るのを止めた俺の様子を伺おうと、おなまえが身を捩る。
天井とウエストには余裕があって左右を向くことはできるらしい。
俺はじっと顎に手を当ててその様子を見つめた。


「えっ霊幻さん?何で手離しちゃうんですか」
「おなまえ……何が挟まって抜けないんだ?」
「……」
「腹じゃないだろ。そんだけ動かせるんだし」
「じゃあもうわかってるじゃないですか。ねえ早く引っ張ってくださいー!」
「凹ませて貰えるとこっちも強く引かないで済んで助かるんだが」
「凹ませられるかっ!」


またバタバタと足を揺らして抵抗を試みている。
あー。これ動画も撮っとくかな。
何か壁尻?みたいでエロくないかコレ。
事務所に来るからかタイトスカートにストッキングってのがまたAVにありそうで見れば見る程そんな気がしてきた。


「ねぇ、また撮ってません?霊幻さん??」
「気のせい気のせい」
「やだ、ねえ!ホントに!助けてって!」
「…じゃあ触るけど。セクハラって騒ぐなよ」
「写真消してくれるなら騒ぎません」
「ハイハイ」


ようやくおなまえの腰を掴んで引き寄せる。
ズズズ、と棚との摩擦で若干苦しそうな声をおなまえが上げた。


「……ぅ、ぁっ」
「オイ変な声出すな」
「胸が苦しくて……んっ」
「チッ」
「何舌打ち怖い」
「人の気も知らねぇで…。痛くても我慢しろよ」
「何かシチュエーションボイスみたいですねそれ……あだだだぁ!!」


人が気を遣ってなるべく体の接地面を少なくしてやろうって細心の注意を払ってんのに、「ぁっ」だの「んっ」だの声出しやがって。
その尻叩いてやろうかと思った衝動を舌打ちで誤魔化した。
訳のわからんことを言ってるおなまえの腰に腕を回して、思いっ切り引っ張ってやる。
肩まで出てきたおなまえの胸が窮屈そうに棚に押し付けられてるのが見えて、目に毒なのはわかっていたが一方的に見られる数少ない機会だと居直ることにした。


「うぐぐ……っはぁ!出れた!!ありがとう霊幻さん!」
「おう」
「何で落ち込んでるんですか?」
「落ち込んでない」


スポッという音が聞こえそうな程勢い良く棚から抜け出せたおなまえがそのまま落ちないよう、抱えたまま床に降ろしてから俺は立っていた椅子に腰掛けて両膝に両肘を付くようにして俯いた。
そんな俺の様子を落ち込んだと勘違いしているおなまえが屈んで目線を合わせてくる。
「お前のせいだよ」と言いたい気持ちを堪えて息子を落ち着けるべく深呼吸をした。

何だか今の一瞬でドッと疲れた。
初詣の人混み以上に摩耗した気がする。


「疲れちゃいました?結構力いりましたよね今の」
「あぁ、まあ……そうだな」
「…あ!霊幻さんまだお饅頭残ってるじゃないですか。疲れたら甘い物食べて元気出しましょ!」


元気なんだよ生憎なことに。

ジッと姿勢を変えないまま顔だけ上げておなまえを睨んだ。
俺に睨まれたおなまえは「……いりません?」と困った様に眉を下げて見せる。


「…食べる」
「お茶!温かいのいれ直しますね!」


そう言うおなまえの頭からは俺の携帯のことなんて忘れてしまっているように見える。
ヨシヨシ、これで消さないで済むぞ。

床の一点をじいっと見つめている内にようやく少しだけ落ち着いてきて、席を立って窓際から外を見て意識を散らした。
三が日明けの商店街は初売りのポスターを掲げて活気づいている。
何が入っているのかわからない福袋を有難がって群がる人々を見下ろしているといつもの調子になって来た気がする。

ポケットに手を入れて窓に背を向けると、指先にクシャリと何か触れた。
レシートかと思ってそれを掴んで出してみると、数刻前にひいたおみくじだった。
そういや持って帰ってきたんだっけ。
改めて「中吉」と大きく書かれた文字の下を見てみる。



【中吉】

願望:口にすれば叶わず 忍耐すべし
待人:はやく来る
失物:必ず出る 高い処にあり
商売:良い 利益多し
相場:疾く決断は損になる


忍耐。なるほど。

年明け早々に試された自分の我慢強さに、俺は吐き出したくなった溜息を饅頭を噛み砕いて一緒に飲み込んだ。





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23.01.19 / 霊幻夢 ラッキースケベ







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