タマスダレの願い事




「隣町にね、よく当たる占い師さんがいるんだって」
「へぇ。おなまえちゃんそういうの好きだよね」
「バカバカしい…」


幼馴染3人肩を合わせての帰り道の途中で、ふと同い年のおなまえが思い出した様に語った"占い師"の存在を律は一蹴した。
すぐに隣のモブから「そんな言い方良くないよ」と叱られて口を噤むも、お前のせいで怒られたじゃないかと言いたげな視線をおなまえに送る。
それに気付いたおなまえは「気にしてないから大丈夫だよ」とモブに向かって手を振って収めようとした。


「りっくんがこういうの嫌いなのは今に始まったことじゃないし…」
「おなまえが何でもかんでも占いに頼ろうとするからじゃないか」
「しょうがないじゃん、気になっちゃうんだもん」


シュンとして見せながらも、降りたことの無い駅で活動しているらしいその占い師がどうしても気になるようで、次の休みに一緒に来て欲しいとおなまえは二人に頭を下げる。


「ミセドのドーナッツ奢るから!お願いします!」
「別にいいけど……ねえ、律」
「僕はパス。兄さんが行くんなら十分でしょ」


律はプイ、と自分の前で腰を折るおなまえから視線を逸らした。

小学校の頃から、おなまえが自分の兄を見ていることを知っている。
勿論兄がツボミに片思いをしていることだって。
おなまえの叶うことの無い一方通行な想いを応援することは--兄の方が大事だから--出来ないが、せめて2人きりで出掛ける程度はさせてあげよう。

それが自分に出来る精一杯の協力だ、と律は思い「僕、先に帰るから」と家へと向かう歩を進めた。


「あ、り……っくん…」


あっという間に早足で曲がり角を曲がって行ってしまった律の背を見送って、おなまえは呼び止められなかった名前を尻窄みに口にする。
そんな様子のおなまえを見て、モブは素っ気ない態度を取ってしまった弟の代わりに謝った。


「ご、ごめんねおなまえちゃん。本当は律とが良かったよね」
「あっ、それは…!………でも、しょうがない、から」


咄嗟に律に聞こえてしまわないかと背後を気にしたおなまえだったが、あの律がわざわざ引き返してくるなんてことがあるはずもなく、ホッとしたような残念なような気持ちで肩を落とした。


---


律は、それこそ幼稚園の頃におなまえが花占いをしてみた時からこの手の占いというものに付き合わされている。
日が暮れるまで公園の花という花を毟っては「ぜんぶ"キライ"だった」と大泣きして困らせるということが何度あったことか。
最初は結果に意気消沈するおなまえを慰めていてくれた律も、年々成長するにつれて「またか」と呆れるような態度を隠しもしなくなり、今では今日の様に断られる事も多くなってしまった。


--「おなまえちゃん、どうして泣いてるの?」


いつかのある日も占いの結果が芳しくなく、このまま律に"いい加減にしなよ"と嫌われてしまうのかな、と一人涙を流しているところをモブに見つかった。


--「あ、はは……りっくんに、"また占い?"って、呆れられちゃって……」
--「ああ……。……おなまえちゃんは、もうずっと占いが好きだけど…そんなに占いたいことがあるんだね」


「律がいつも話すんだ。今日は影占いだった、とか雲占いだった、とかね」とおなまえの近くに腰を落としてモブは語る。
泣き顔を見ないように背を向けたまま話してくれるモブにずび、と鼻を啜っておなまえは「そう、なんだ」と呟いた震える声を落ち着かせるべく深呼吸した。


--「私とりっくん……ずっと、相性が良くならないの」
--「……」
--「花占いはずっと"キライ"で終わっちゃうし、夢占いも"想いは実らないでしょう"、だし……せめて、占いでくらい仲が良いってことになって欲しいなって……」


モブの目から見たら、2人は仲が良い様に見えるのになと思ったが、また一粒おなまえの目から涙が溢れたのを横目に見てしまってモブは「そっか」と1人納得した。


--「おなまえちゃんは、律が好きなんだね」
--「……うん」
--「あと一押しが欲しくて、占いに頼りたいんだ」
--「あ、……あの……りっくんには、内緒にしてね」
--「うん。勿論言わないよ」


「ちゃんとおなまえちゃんが言わなきゃ」と言うモブの言葉にぱちりとおなまえは瞳を瞬かせる。
まるでもう、おなまえが自分の気持ちを伝える時は遠くないと確信を持っているように聞こえて顔を上げると、モブは流れる雲を見つめていた。


--「次の占いは、いい結果になるといいね」


---


結局その後もおなまえの占いが良い結果をもたらす日はなかったが、あの時のモブの言葉のお陰でどうして自分が占いに固執しているのか自覚できた。
そのお陰で"今回は悪くても、次こそは"と気持ちを早く切り換えられるようになって、少しだけ自分が前向きな性格になれたような気もする。

それが肝心の律の「バカバカしい」の一言で元通りの内気なおなまえに逆戻りしてしまった。


「……はあ……」


3人で一緒に帰った日から数日経ち、迎えた土曜日。
今日はモブがおなまえの占いについてきてくれる約束だ。

本当は律に着いて来てもらって律との相性を見て貰いたかったのだけど、彼を占い嫌いにしてしまったのは自分のせいだし仕方がないんだ、と自分に言い聞かせながら重い息を吐きつつ待ち合わせの駅に向かう。

今までは自分で本やネットを頼りに占ってばかりだった。
本職の人に占って貰ったら、もしかしたら。
そんな淡い期待を抱いていたけど……。

駅前の横断歩道を渡って待ち合わせ場所のベンチを見た。


「え……」


そこにいたのはモブではなく、つまらなさそうに両手をポケットに突っ込んで時計を見上げている律がいた。
「うそ」と小さく呟いて慌てて小走りでベンチに駆け寄る。
すると足音に視線を落とした律がおなまえに気が付いて立ち上がった。


「遅れてるんじゃないんだし、そんなに走らなくても良かったのに」
「ご、ごめん。りっくんとは…、思って、なくて…っ」


「お、おはよう」と少し上がった息を落ち着けながら言うと律も「おはよう」と返してくれる。
おなまえは咄嗟に今の自分の格好が変でないか気になり、上着の裾を正したりスカートの襞を撫で付けたりし始めた。


「別に何処も変じゃないよ」
「そ、そう?なら良かった」
「ごめん。兄さん、用事が入っちゃって……」
「そうだったんだ……もしかして、それを伝えに来てくれたの…?」


電話でも良かったのにと思ったが、もしかしたら既に私が家を出た後だったのかもしれないとおなまえは広場の時計を見上げた。
もしモブの不在を連絡しに来てくれたのなら、もう律の仕事は終わってしまったからここでお別れになってしまう。

もしかしたら律と一緒に占いに行けるかも、と期待してしまった分寂しい気持ちが大きくて、自然と声が小さくなってしまったおなまえを見つめながら律は「それもあるんだけど」と続けた。


「行くんでしょ、占い。着いて行って上げてって、兄さんが」
「……えっ、き、来てくれるの?本当に!?」
「…迷子になりそうだし、おなまえ。初めての場所だと大体迷うだろ」
「うん。ありがとうりっくん!」


誰が見てもわかるほど落ち込み掛けていた姿から途端に元気を取り戻したおなまえの勢いに、律は押し負けそうになりながら「ミセド、帰りに寄ってもらうから」と念押しする。


--ホント、占いなんかの何がそんなに良いんだか……


これまで根拠もない文面や有様に一喜一憂するおなまえをずっと見てきたが、とうとう自称占い師にまで手を出すようになったとは。
霊幻に呼ばれて行けなくなってしまった兄の代わりとは言え、もしその占い師がペテン師だったらと思うと心配な気持ちが勝りこうして着いて来てしまったが、おなまえはそんな律の気も知らずに上機嫌に切符を買っている。

また悪い結果に落ち込むんだろう。
それとも、今度こそ、良い結果になるんだろうか。
今までおなまえが占いの結果に喜んでいる所は見たことが無いが、もし、おなまえの望む結果がでたなら。


--それは兄さんと、おなまえが付き合うことに、もしかしたらなるんだろうか。
いやでも、兄さんは……。


「……」
「りっくん?難しい顔してどうしたの?」
「……おなまえは」
「うん?」
「もしおなまえの望んだ結果が占いで出たら、どうするの?」
「そ、それは……」


そう言えばずっと、彼女が何を願って占っているのか明かされていなかったな、と今更気が付いて律は尋ねた。
律の視線から逃げるようにおなまえは俯いて、それでも揺れる車内で眼前に立っている律の瞳は逸らされることなく注がれている。


「秘密、だよ……今はまだ」
「……、そう」


桃色に染まった頬が髪の隙間から見えた。

もう何年も何度も、見た顔だ。
おなまえがその顔をする時、いつも近くに兄さんがいた。
きっと今も、おなまえは兄さんを思ってる。

半ば確信を得てしまった自分の考えに、律は「兄さん、来れなくて残念だったね」と皮肉めいた口調を零した。
その言葉におなまえは顔を上げ「私は……」と否定を言いかけて止めてしまう。
律の不機嫌な感情を敏感に察知して、言葉を選ぶ様に慎重に声を発した。


「りっくんが来てくれて嬉しいよ。ありがとう」
「…、………うん」


気を遣わせたことに気づかない程鈍感でもなくて、けれど八つ当たりのように発した言葉を詫びれる程柔軟でもない自身に気付き、律は再び俯いてしまったおなまえの横顔を見つめることしかできなかった。


---


目的の駅に着いて、占い師が居るらしい通りを歩きながらそれらしい物を探す。
たった2つ3つ離れただけなのに駅前は調味市よりも娯楽施設や専門店が立ち並んでいて、休日ということもあってか人通りも多い。


「この辺、らしいんだけど……」


キョロキョロと辺りを見回すおなまえ。
数分前から"もしや"と思いながらも口にしていなかった可能性を律が指差した。


「ねえ。もしかしてあの行列…」
「行列?」
「間違いであって欲しいけど……おなまえここに並んでて。僕見てくるから」
「え。あり、がと」


目的の占い師はよく当たると噂が立っている訳だし、もしかしたらこの行列はそれかも、と思う反面こんなに待つのは流石に辛いから違う列であって欲しいとも思いながら律は行列を辿っていく。
並んでいるのは9割女性で1人2人程度、連れてこられたのだろうなという様子の男性が紛れていた。
通路に沿うように並んでいる人達の先頭付近にようやく着いて、並ぶ人々の隙間から1番前の様子を窺うと紺と紫のヴェールを提げ、"占"の文字が書かれたついたてが見える。


--やっぱりか……


これに並ぶのか……と遠い目で列の後方を見つめる律だったが、おなまえを待たせているのを思い出し、いつまでも1人にさせていられないと引き返した。


「あ。りっくん、ごめんねありがとう」
「ううん。…やっぱり、コレ占いの列だったよ」
「じゃあ、このまま並んでないとなんだね」
「そうだね……」


アトラクションじゃあるまいし、と言いたげな律の表情を見ておなまえは「ごめん」と眉を下げた。
占い嫌いなのにこんなことに時間を割かせてしまって、という声が聞こえてきそうだった。
事実そんな意と共に、それでも律を解放はできないのだと懇願する気持ちも含めておなまえは控えめに律のパーカーの裾を引く。


「時間、かかっちゃうけど……一緒に並んでてくれる…?」
「……」


流石に数分やそこらの時間では済みそうにない列をもう一度律は眉を顰めて見つめた。
数秒そうしてから、すぐにでも離されてしまいそうな程弱々しく自分を引っ張る指先に視線を落とす。

占い好きとは言え、今まで律を無理矢理付き合わせるようなことはおなまえはしなかった。
初めて他人に占われるということに、おなまえなりに不安が少なからずあるのかもしれないと察し、律は「別に良いよ」となるべくこれから立ちっぱなしになることは考えないようにして答えた。
そもそもモブから頼まれた時点でおなまえが家に帰るまで付き合うつもりだったことは、口にしてしまうと兄を言い訳に使うような気がして言わないで置く。

律の答えにおなまえは驚きから丸い目を見開いた。


「い、いいのっ?本当に…?長くなるよ?」
「並んでるんだから、その内いつかは見て貰えるだろうし。……占って欲しいんでしょ、どんなに並んでも」


てっきり"流石に人が多すぎる"とか、"そんなに占いに入れ込むなんてどうかしてる"だとか悪態が返ってくると覚悟していたおなまえがそう言うと、律は「そう思わない訳ではないけど」と言いながらもう一度おなまえの指先を見つめた。


「1人にしておけないし。おなまえ変な所で抜けてるから」
「そうかな……?でも、ありがとう、りっくん!」


礼を言い微笑むと、おなまえが指を離して前を向く。
僅かな引力が無くなっただけなのに、急に左腕が所在なく感じて律はその手をポケットに押し込んだ。


---


「ああ、りっくん。おかえり。おなまえ見なかった?」


おなまえがいつまでも蹴り続ける石ころ占い--大層な名前があった気がするけど、忘れた--に付き合うのを辞め、一足先に家に帰った日。
自転車を漕ぎ出そうとしているおなまえの母親から声を掛けられた。


「おなまえなら、まだ公園だと思いますよ」
「ヤダ、また何か変なことしてるの?幾つになっても辞めないんだから……」
「…お買い物ですか?」


自転車の籠に乗せられたエコバッグを見て律が尋ねる。
おなまえの母親はそれを肯定して、「鍵掛けてあるの。おなまえが来たら"いつもの所にしまってある"って伝えて貰ってもいい?」と眉を下げて律に頼んだ。
その表情が親子だからかやはりおなまえに似ていて、律は「じゃあ、今伝えてきますよ。まだ公園だろうし」と了承した。

おなまえのことだからきっと暗くなって足元の石ころが見えなくなるまで続けるだろうことは今までの経験から想像に難くなかったし、玄関にランドセルを置いてリビングの母親に「ちょっと公園行ってくるね」と声を掛ける。


--暗くなるのを心配するくらいなら、残って付き合ってれば良かったな…


藍色が見え始めた夕空を見上げて先刻までいた公園に戻ってみると、タイヤの飛び馬に腰掛けたおなまえと兄の姿を見つけて立ち止まった。
兄の顔は此方に背中を向けていて窺い知れなかったが、おなまえはポロポロと涙を流しているのが見えて律は何故かざわめく胸に唇を噛み締める。

ほんの数分前までは、いつものおなまえだったのに。
それが目を離した隙に泣き顔に変わっている。
その傍らにいるのが自分でないことに、腹立たしいような、やるせないような、渦のような感情がぐるぐると胸の内を巡った。

どうして泣いているんだろう。
もしかして…おなまえは兄さんが……。


「…………」


怒りとも悲しみともわからない感情を引き摺って、2人に声を掛けることなく律は踵を返した。

翌日、いつも通りおなまえの占いに付き合いながら「おなまえって、好きな人…いるの?」と尋ねると頬を染めたおなまえは律から視線を逸らして「そんなの、秘密だよ」と小さく答えた。
その時のおなまえはただ律と目を合わせていられなくて視線を彷徨わせたのだが、その彷徨った先にはツボミに話し掛けているモブがいて、律はおなまえの瞳の先を辿り「あぁ、そう」と零す。

たまたま足元にあった小石を、おなまえやモブたちとは正反対の方向に何の気なしに蹴飛ばしてみる。
コロンコロンと軽い音を転がせて回る小石は手洗い場の排水溝に落ちて、昨日おなまえがやっていたような判断すら出来ず、律は"何が知りたかったんだ"と自分の行動を密かに自嘲した。


---


ふと隣でおなまえが「はいっ!」と声を上げて律は我に返った。
何の話をしていたろうか、物思いに耽っている内にいつの間にかおなまえの番が来たらしい。
少し緊張したような面持ちのおなまえが律を見上げる。


「りっくん」
「あ……ああ、うん。此処で待って…」
「りっくんにも、居て欲しいの」
「え…、僕?」


思わず聞き返すと、真剣な瞳でおなまえが頷く。
なぜ。律がそう口にするよりも早くおなまえは律の左腕を取って衝立の向こう側に引き込んだ。


「ようこそ。貴方が占いたいのは何についてでしょうか?」


低めのゆったりとしたトーンの女性の声に視線をやれば、占い師と聞いて思い浮かべていたようなローブやヴェールはなく、存外に何処にでも居そうな女性が穏やかな表情でおなまえたちを席に座るよう促す。
その声に合わせて丸椅子に腰掛けたおなまえに引かれ、律もその隣に腰を落とした。


「あの、一緒にいる彼との相性を見て欲しいんです」
「えっ、おなまえ…」
「ごめんりっくん、もうちょっとだけいて?お願い…」


律は想像していなかったおなまえの言葉に目を見開いておなまえに声を掛けようとする。
しかし開き掛けた口から言葉が出る前に、おなまえは「いてくれるだけでいいの」と律に頼み込んだ。
掴まれたままの左腕から、おなまえが僅かに震えているのが伝わる。
緊張と、振り払われてしまうかもしれないという不安とが綯い交ぜになっているおなまえの様子を見てしまえば、律はそれ以上何かを問うことも出来ずにチラリと占い師の女を見た。

"相性を見て欲しい"と言われて占い師は直ぐ様傍らのカードに手を伸ばしてそれらを混ぜながらおなまえたちに「お二人の名前をフルネームでと、生年月日を伺っても構いませんか?」と尋ねている。
何かに悪用するつもりじゃないだろうな、と律が警戒心を抱いていると、「答えたくなければニックネームでも構いませんし、星座だけでも構いませんよ」と占い師はカードを机の上で混ぜたまま続けた。


「出たカードが何を示しているのかの判断材料にするだけですから、答えたくなければそれでも大丈夫です。ご自身で"あの時のことかな"、とか思い浮かべてくだされば」
「りっくん…」
「……わかった。いいよ」


おなまえが律の分も答えていいだろうかと顔色を窺ってくる。
律はもう一度占い師を睨め付けると渋々了承した。
パタパタと1枚ずつ伏せたカードを並べながら占い師はおなまえが答えた情報を聞き入れると、全て伏せ終わったのか手を止めて「ありがとうございます」と礼を言う。


「まず、生来の特質としてのお二人の相性からお伝えしますね」
「はい…」
「……」
「おなまえさんはどんな人とも打ち解け合うことのできる寛容さと素直さを生まれながらお持ちですね。律さんは情に厚く世話を焼くことを苦にしない性質をお持ちです。星の位置関係から見ると、お二人は良くも悪くもないフラットな関係値です」
「良くも、悪くもない……ですか」
「…………」


--そんなの、当たり障りもない誰にでも当てはまりそうなことじゃないか……


律の表情が一層曇る。
しかし隣のおなまえは"悪くない"と聞いて机に上体を近づけ、占い師が言うだろうその先を固唾を飲んで待っていた。
占い師は「ここからはカードを見ながら判断しますね」と1枚ずつ伏せられたカードたちを表にしていく。
律にはただの絵柄が印刷されたカードに見えるが、おなまえにはある程度それらが意味することがわかるのか、捲られていくカードの絵柄を目で追っていく内に段々と不安そうな表情へと変わっていった。


「……そうですねぇ…、過去にお二方の考えが違える一件があったのでしょうか、"すれ違い"、"混乱"の暗示が出ています。以後、今まで何かを我慢し続けているようです」
「えっ……」
「今現在まで、その我慢を表には出さないでいるみたいですね。……それでも"安定"が示されているので、お二人の関係は穏やかなものだというのがわかります」


7枚の並べられたカードたちを見つめながら占い師が読み解いた結果を答えていく。
"我慢"と聞いて直ぐに律が嫌々占いに着いてきていることを思い出したおなまえは焦った様に身を乗り出したが、"安定"とも聞いて首を傾げた。


「我慢…してるのに、"安定"してるんですか?」
「それが何を我慢しているのか、までは推測するしかないのですが……例えば、律さんがおなまえさんに対して"嫌いな食べ物を押し付けてくるのが嫌だ"と思ってるとします。けれどそれは食事を共にするですとか、おなまえさんの嫌いな物をそもそも避けていればその機会は少なく過ごすことができますよね?」
「……そんなに小さなことでも我慢してる内に入るんですか」


呆れたような声音で律が問うと、占い師は「例え話です」と首を横に振った。


「お二人の障害になり得る程押し込んでいられるのだろうと予想していますが、現状を維持しようというお気持ちの方が強く、だからこそ耐えられるのだろうと思います」
「し、障害って、そんなに私…」
「おなまえさんはあらゆるマイナスの面を引き摺らない特質をお持ちの星ですから、我慢しているという自覚がない、という可能性も考えられますが…」


そっと占い師の視線が律に向けられる。
真横に口を引き結んだ律は人の腹の底を探るようなその瞳に嫌悪感を抱いて右手をポケットに入れた。


「お二人の場合、我慢をする場面は律さんの方が多いと思われます」
「…僕は何も我慢なんかしてません」
「推測を申し上げているだけなので、聞き流して頂いても結構ですよ」
「……」
「未来についてですが、お二人の関係性が悪化することはありませんね。一度"今まで改まって話さなかったこと"について話し合ってみるのが良いでしょう。必ず互いに納得を得られる形に収まるはずです」
「…! ありがとうございます!」


ニコリとさも"良かったですね"と言いたげな笑みを浮かべる占い師に、おなまえはホッとしたように息をゆっくり吐き出した。
今後悪化することはない、と言い切って貰えたことが嬉しくて隣の律を見れば律は「それで終わりですか?」と険しい顔のまま尋ねていて現実に引き戻される。


「…と、いいますと?」
「誰にでも当てはまりそうなことじゃないですか、どれもこれも。もっと具体的にどうだとかいうのはないんですか?」
「り、りっくん、落ち着いて…!」
「おなまえ。あれだけ時間を掛けてお金だって払うんだ。言われたことをハイハイ聞くだけでいいの?」
「それ、は…………」


律の意見は尤もかもしれない、とおなまえは椅子から立とうとしていた姿勢から座り直した。
また本職の占い師に占ってもらうことなど、もしかしたらもうないかもしれない。
それに、占い師の言った障害というものも気がかりではあった。
おずおずと「質問しても、いいですか?」と占い師に聞けば、彼女は快く頷いて返す。


「その…障害っていうのは、さっき言われたように改まって話し合うってのをしたら解決できるんでしょうか…?」
「そうですねぇ……これは星同士の位置やカードの盤面から推察してお話するんですが…改まって会話をしたとしても、どちらかが抱いている"我慢していること"については解決されないかもしれません」
「えっ、ど…どうしてですか!?」


話し合えば必ず納得出来るはずじゃあ、とおなまえは混乱した。


「明かすつもりがない、と本人が決めてしまっているかもしれませんね。律さんでしたら一度抱いた意志を曲げることはしない質でしょうし、おなまえさんでしたら打ち明けることで律さんに不利益をもたらしてしまうと考えて言わない、と判断するきらいがあると思います」
「あ……」
「僕はしてないのでそれは関係ないですね」
「勿論、私から見た仮定のお話です。…できるアドバイスとしては、事実を見た上で、こうだろう、こうかもしれない、という先入観を取り払って話し合ってみるのが良いでしょう、という所です」


相変わらず律が鋭く否定をしても、占い師はそれに構わず「丸いものが幸運を呼びますよ」と来場者プレゼントに何かの紙切れのようなものを差し出して来た。
おなまえはそれを受け取りまじまじと見つめると、「占い、ありがとうございました」と料金の2000円を差し出す。


「もういいの?」
「うん。もう…大丈夫!」


頷くおなまえを見てから律は机の上の1000円札を1枚自分が出した物と交換しておなまえに渡す。
「えっ」と声を上げたおなまえの背中をそのまま律は押し出して歩かせると、2人の背中に向かって占い師は「良い一日を」と送り出した。


--何が「良い一日を」だ。コレだけでもう半日潰れたのに。


未だ律から返された1000円札を仕舞わないままでいるおなまえを後続の人の列から離しながら律は内心毒づいた。


「りっくん!お金…!」
「いいんだよ、2人で占われたんだから。早く仕舞いな」
「でも私が無理矢理付き合わせたのに…」
「ミセド奢ってくれるんでしょ。それでチャラ」
「…わか…った」


帰り道がてら、駅前のミセドに寄り「公園で食べたい」というおなまえの意見を聞いて持ち帰る。
ペーパーバッグをゆらゆらと揺らすおなまえの手許を「落とさないだろうな」と隣を歩きながら律が気にかけているとおなまえが「あのね」と切り出した。


「占い師さんから貰ったのね、ミセドの割引券だったの」
「あぁ、さっきの…」
「あの人、私がりっくんにドーナッツ奢るの知ってたのかなぁ」
「……たまたまじゃない?」
「そっかぁ…」


電車から降りて勝手知ったる帰路に着く。
互いの家から程近い公園に入ると2組程度の家族が子供と一緒に砂場やブランコで遊んでいた。
おなまえはタイヤの飛び馬に腰掛け、律もその隣に座ると小学生時分におなまえがよく花弁を毟っていた花たちが足許で咲いているのが目に入る。
しばしば群生しているこの花を刈りつくしていた姿を思い出して、律がフッと笑うとウエットティッシュを差し出したおなまえはそれを見て目を丸くした。


「どうしたの?」
「いや…ありがとう。……この花すっかり綺麗に咲くようになったんだなって思って」
「あ〜…!アハハ、しょっちゅうもいでたもんね、私」


言われておなまえも視線を落とし、同じ花たちを見ながらドーナツをつつく。
紙のカップに入った小さなまぁるいドーナツたちが、限られた隙間をコロコロと動いた。


「ずっと……私とりっくんは相性が悪いんだって、思ってたんだけど」
「……別に悪くないってさ」
「だってね!…だって何やっても、良くならなかったから…」
「ふぅん。……僕は、相性悪いと思ったことないよ」
「えぇー、そんなの嘘だよ。私が占い始めるとすーぐムスッてなってたもん」
「毎日毎日おなまえがやるから。飽きるよそりゃ」


モグモグとピックにさした小さなドーナッツを頬張りながら律が答える。
咀嚼し終わったそれを飲み込んで、次のドーナッツにピックを刺す前にその細い切っ先をカップの中で彷徨わせた。


「……今日」
「うん?」
「…………」


僕と占って大丈夫だったの?
"何をやっても良くなかった"のは僕との相性をずっと占ってたの?
そんなに気にしているのは、どうして?

聞こうと思った言葉を、発する前に息を吸って留める。

自意識過剰だ。思い上がってはいけない。


--「…僕は何も我慢なんかしてません」


そう言った自分の声を頭の中で反芻させた。


「…今日の占い、僕とじゃない方が良かったんじゃないの」


なるべく自然に聞きたかったはずなのに、口を衝いたのはひねくれた言葉だった。
行きの電車の二の舞だと思ったが、これでいいんだと言い聞かせている自分もいる。
瞬きをすれば頭にモブの側で笑顔を浮かべたり、あの日見た涙を流していたおなまえの顔がチラついた。

律の言葉におなまえは自分の手の中のカップに蓋を被せると立ち上がり、自分が座っていた所にカップを置いて律の前に移動する。


「……な、なに?」
「逆だよ」
「逆?」


腰掛けたままの律に視線を合わせるようにおなまえはしゃがみ込んだ。


「りっくんが良かったの」


おずおずとした表情ではあったが、ハッキリとした声でおなまえは言う。
徐々に桃色に染まっていくおなまえの頬を律の瞳が映した。


「私ね。もし、今日の占いでりっくんと私の相性が悪くなかったら、言おうと思ってたことがあるの」
「……」
「ずっと…ずっと律が好きでした。私、律にも私を好きになって欲しい。両想いになりたい」
「…え……、」


おなまえの言葉に律の胸がドクリと強く脈打った。
頭を強く打ち付けられたような衝撃ではく、と言葉を探して唇を開けるも短い音を発しては固まる。
律がおなまえの言葉を噛み砕いている内に不安になってきたのか、赤い顔のままおなまえが泣き出しそうに眉を寄せた。
それを見てハッとすれば、ようやく渋滞していた律の脳内が突然働き始める。


「…やっぱり、なんでもかんでも占いに頼る私じゃ、好きになれない…かな……」
「違う!お、驚いただけなんだ。その…おなまえが好きなのは、兄さんだと、思ってたから」
「ぜ、全然違うよっ!何でそんなこと……」
「…何で、って…"私恋してます"って顔の時、大体兄さんがいたし」
「わ…私、そんな顔してた…?」


パッとおなまえが両手で自分の両頬を押さえた。
「いつもしてたよ」と何の気なしに言った直後、それと同じだけ自分がおなまえを見ていたことに内心気がついてしまい、今度は律が口元を隠すように手で覆う。


「そ、それはりっくんがそばに居たからで…、………」


自分から打ち明ける恥ずかしさに一層熱くなる頭を振り払う様に勢い良く弁解をしようとしたおなまえだったが、ピタリと喋りかけていた口が固まった。
俯きがちにした上に顔の半分は手で隠れて見えないが、律の耳が夕陽のそれより明らかに赤いことに気が付き、細い声で彼の名を呼ぶ。


「…りっくん?」
「……なに」
「もしかして、照れてる…?私が好きって、言ったから?」
「………」
「ほ、ホントはずっと、りっくんが好きだったんだってわかったから、照れてるの?」
「うるさいな」
「う…っ、うるさくもなるよ!そりゃあ…だって……」


だって もしかしたら そう、思ってしまう。

「うるさい」という癖にその声からは棘が感じられなくて、おなまえの心が逸る。
「耳赤い」とおなまえが呟けば、"見るんじゃない"と言いたげに律がようやく視線を上げた。


「仕方ないだろ。僕だって大概だったって今気付いたんだから」


何かにつけて視線をよこしてきていた占い師の表情が律の頭に浮かぶ。
自分で気が付くよりも先に他人に見抜かれていたのだと思うと気恥ずかしさより不愉快が少しだけ勝って、やっと平静を取り戻しつつあり律は姿勢を正した。
すると目の前で言葉の意味を測りかねている様子のおなまえと目が合う。
その丸い瞳が面白くて、「つまりね」と声を紡いだ。


「おなまえの好きな人が僕で良かった、ってことだよ」
「…よ、良かったぁあ〜!!」
「うわっ」


言い終わる方が早かったか、それともおなまえの方が早かったろうか、律に思い切りおなまえが抱き着いた。
弾みで落ち掛けたドーナッツを咄嗟に浮かせつつおなまえを抱き留めると、律の胸元でぐすぐすと鼻をすする音がする。

それを「何で泣くの」と苦笑しながら背を撫でて宥める律と、「嬉しくてぇ…」と溢れ続ける涙を止められないでいるおなまえの足元で、小さな白い花たちが夕風に揺れていた。











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