気に入られたが最期まで



※「その実、悪霊」の続き



失敗した。

そう気づいた頃にはお酒で頭が逆上せていて、ぼうっとグラスの氷が纏うゆらゆらとしたモヤを見つめていた。

瞼が重い。
頬が熱い。

相手のペースに合わせて飲みすぎてしまった。
そう反省しても今更アルコールが抜ける訳でもない。
私の隣でウィスキーを煽っているエクボさんはまだけろりとしている。
この人がこんなに酒呑みとは知らなかった……覚えておかなきゃ……。


『どうした?もう酔ったか?』


店内のBGMと周囲の席のざわめきの中でも確りと響く低音。
"もう"だなんて。
じとっと抗議するようにエクボさんを見ても彼は何処吹く風でまたグラスを傾ける。


「……もう、って…、もう2じかんも、ずーぅっとのんれますよ」
『そうだなぁ』
「このへんにしましょーよ…わたしあるける内にかえりたいれす」
『おぶってやろうか?』
「いりまへん!」


何とか姿勢を正して立ち上がるとチェックを済ませた。
お酒に強くは無いけれど弱くもないはずだったのに、ここ迄苦しくなる程飲んでしまうなんて。
ただこの2時間自分が楽しくお酒を飲んでいた自覚もあって、自制しなきゃなと冷たい風を大きく吸い込んでは吐き出した。

念の為家の最寄り駅周辺でお店を選んでよかった。
こんな状態で電車になんて乗ったら、きっと吐くか寝過ごして帰宅がタクシーになる所だったかもしれない。


「えくもさん、ひとりれかえれます?」


ちょっと、駅まで見送るのはキツイかも。
そう思って尋ねたのに、エクボさんは『だからガキじゃねーっての』と吐き捨ててすごく自然に私の腰を抱くと駅とは反対方向に歩き出した。

お店でカウンターに隣合って座っていた時から感じていたムスクの香りが、すっかり慣れたと思ったのに夜風が加わるとまた雰囲気が変わる。
支えられて居るおかげで歩きやすくはあるけど、腰に添えられている手が気になって仕方がない。


「ろこいくんれす」


先週の失敗から学んで、なるべく香りを避けられるようエクボさんとは逆の方を向いたまま聞いた。


『お前んち』
「……おくりおおかみれすか?」


私の家と言われて、
それがどういうつもりなのか気になり結局エクボさんの方を向いてしまった。
エクボさんはまさかそんな単語が私の口から出ると思っていなかったのか一瞬意外そうに目を見開いてから『ハッ』と口角を引きあげた。


『送らなくていいんなら別んとこ連れてくが』
「…………」


これは良くないかもしれない、そんな予感に顔を顰めてみせる。
先週の過ちを上塗りしてしまうなんてことは避けたかった。

だってエクボさんは幽霊で、たまたまその時その人の体を借りてただけだ。
その体の人だって、自分が知らない所で知らない女を抱いていたなんて事実、無かったことにした方が良い。

呂律の回らない舌をなんとか動かして、エクボさんにそう言った。
エクボさんは足を止めて私の話を聞いていたけど、『だから何だ』と言いたげな表情は崩れない。


『良いじゃねぇか、んなこと。お互い良ければそれで。おなまえは人のことやら何やら考え過ぎだぜ?』
「らめれすよ、えくもさんはもっと考えてくらさい。……それとも、飲み足りなかったれすか?」


これ以上は今日は飲めないから、別日でいいならまた飲みに付き合うくらいはできる。
それなら今度こそ自分のペースを守って平穏に過ごしてみせよう。


「あした……はさすがにまだきついかも、なので。また近いうちにのみいきましょ」
『そんな飲めねぇ癖に』
「えくもさんが飲めすぎるんれす」


とりあえず腰の手は離してもらおうとエクボさんの手を取ってみたけど、一瞬離れた手が再び私の腰を掴む。


『飲み足りないんじゃねぇって、わかってるだろおなまえ』
「……、さっき、言ったじゃないれすか」


まるで言い聞かせるようなトーンでエクボさんが名前を呼ぶ。
左耳が熱い。
さっきまでいた店内とは違って、喧騒がない分ダイレクトに響くようでようやく冷えそうだった頬の熱がまたぶり返すのがわかった。
その声に反射的に従いそうになるのを堪えて声を絞り出したのに、エクボさんは私を離してくれない。

しばらくそうして膠着していると、『はぁー』とエクボさんが大きくため息をついた。


『わかった。コイツの体は使わねえ』
「そ、…そういう問題じゃ……えっと…」


ない、と言いたいけど、ふと"そもそもエクボさんは何でそんなにしたがってるんだろ"という疑問がよぎって、"霊に性欲って、ほとんどないんじゃなかったっけ"とか後から後から謎が増えていく。
言い淀んでいる間にエクボさんは歩き出してしまって、彼に支えられている私も必然一緒に進んでしまう。

何か。
何か言わなきゃ。
エクボさんを引き止められる何かを。


「え、エクボ、さんは そんなに、私がすきなんですか」


ピタリとエクボさんが足を止める。
止まってくれたとホッとする反面、冴え始めた頭が"私は何を聞いてしまったんだ"と警鐘を鳴らした。


『悪いか?』


振り向いたエクボさんは少しだけ眉間に皺を寄せて私を見つめる。

墓穴を掘った。

まさかそんな返事がくるとは思っていなくて、私は声にならない息を吐き出した。


『なァ』


答えを求めるように低い声と視線が突き刺さる。
喉が緊張で張り付いたせいで、私の「わるく、ないです」という声はひどく情けない程震えていた。


---


その人の体を使わない、と言った癖に置いてこないのはどうしてだろうと思っていたのに、それがホテルに入る為だとロビーに入ってようやく理解した。


「や……、っ!エクボさんやだっ」
『嫌じゃねえ、大人しく力抜け』
「う……」


部屋に入ると突然エクボさんは借りていた男の人の体から出て来て、かと思ったら私の体に入って来た。
文字通り乗り換えるように。
「何してるんですか」と問えば『お前が"知らない内に知らない女抱いてたら体の持ち主が嫌だろう"なんて言うからよォ』と自分の中からエクボさんの声がする。
頭に直接響くエクボさんの声が一音一音刻み込まれるようで、首筋がぞわぞわした。
すると『これっぽっちでそんなかよ』と呆れるような声。


『おなまえが意識を飛ばしちまわないように俺様これでも加減してやってんだぞ?』
「ひ……エ、クボさんが喋る度になんか、ビリビリします…」
『慣れろ』
「慣れろって……!? なっ、何してるんですか?」


不意に自分の体が歩き出して、部屋の姿見の前で立ち止まった。
自然に鏡に映る私を見れば頬に赤い丸がある。

ホントにエクボさんが憑依してるんだ…

思わず頬を擦ると、もう片方の手がシャツのボタンを外し始めて私は慌てた。
まさかこのままストリップを始めるつもりじゃ、と思った瞬間『察しが良いじゃねぇか』とエクボさんが笑う。


「やだぁ…せ、せめて……お願いですからエクボさんが完全に乗っ取ってくださいぃ」


羞恥の余り泣いてしまいそう。
懇願している間にもひとつ、ひとつとボタンは外されていって、下着がシャツの隙間から覗けていく。


『それじゃあ面白くねぇだろ』
「面白がらないでください…」


内側で響くエクボさんの声。
少しづつ暴かれていく私の体。

意思に反して動く指先がジャケットごとシャツを脱ぎ落として、プツリと下着のホックを外す。
目を逸らしたいのに鏡から逸らせなくて、見慣れているはずの自分の体なのに私の目を通してエクボさんも見ていると思うとひどく興奮してしまう。


『お前だって期待してんじゃねえか』


喉を鳴らすように笑われて、下唇を噛んで恥ずかしさに耐えた。
直後勝手に口が開いて熱の篭った息を吐き出す。


『噛むな。傷になる』
「ふ…はぁ、……ぁっ」


私の手が肌を撫でて、胸の先を遊ぶように摘んだ。
口を閉じることを許されない私は何とか喉を締めて嬌声を抑える。
片方の手で胸を弄ったまま、足を広げさせられてスカートがたくし上げられた。
自分から見せつけるように鏡に腰を近付けると、ショーツ越しに濡れた秘部が透けて見えて顔に熱が集まる。

いやだ。
見ないで。

そう思うのに視線はショーツの中心に注がれたままで、余計に蜜が溢れてしまう。
すり、とガーターベルトと太腿の境目をなぞって、エクボさんは『ホントいい趣味だぜ』と満足そうにしている。
何度か太腿の感触を堪能するように撫でてから、腰を少し浮かせてショーツを抜き取ろうとしてきた。


「っ、い、イヤ…っ!」
『どうせそんなに濡れてたら下着の意味ねぇだろ』


『それによ』とエクボさんの声が一段と低くなる。


『あんまりイヤイヤ言うと、俺様もっとヒドイことするかもしれないぜ?』
「な……に、するつもりですか」
『そいつ起こしてお前の痴女っぷりを見せつけるとかよ』
「っ…、…」


そいつ、とドアの前で倒れているエクボさんが借りてきていた男の人を示されて、血の気が引く。

本気?
そんな。
エクボさんがそんな事しないと信じたいけど、私からではエクボさんが考えている事はわからない。
本気かも知れないし脅しかも知れない。
エクボさんは私が考えている事がわかるのに、不公平だ。

嫌ということをやめて、大人しくショーツを脱ぐ私に気を良くしたのかエクボさんは『いい子だ』と囁く。
空気に晒された秘所はてらてらと部屋の照明を反射するほど濡れていて、前にエクボさんが言った通り本当に私は濡れやすいのかもしれないと思った。
寧ろ今はそういう体質であって欲しいと願いたい。


『自分でする時はどうしてるんだ?』
「…………しません…」
『ふぅん…』


自分で膝の裏を押さえて、もう片方の手で溝をなぞる様に指先を動かされる。
滑る度にくちゅくちゅと水音がたって、部屋に淫猥な香りがし始めた。


『狭いな。ホントにしねぇのか』
「自分じゃ…っ、ぁ!……よくなく、てぇ」


指が沈められて中を探るようにぐにぐにと襞を撫で回す。
人並みに経験はあっても余り中が気持ちいいと思ったことは無かった。
それなのに何故かエクボさんが動かすと私の指なのにじん、と腰が重くなるような感覚が走る場所があって、指の腹が襞の細かいそこを圧迫してくる。


「んあっ!あ、…え、くぼ…さぁ……何でっ、あぁ!」
『前した時は良さそうにしてたろ。思い出させてやってんだよ』
「ひぅ、ぁああっ…そこや……っ、ん、んんぅ」


また「嫌」と言いかけて視界の端に倒れた男を思い出し口を引き結んだ。
だけどダメだ。
お腹が熱くなってきて、気持ち、いい。
はぁっ、と息を零すとそのタイミングで気持ちいい所を圧されて喉を反らした。


「あ、あう……っ!は、…ん、あ"ぁっ!」


息を吸って吐く、それだけのことに必死になってる間に勝手に声が上がってしまう。
いつの間にか中の指の本数が増えていて、面で肉襞を刺激される。
激しく聞こえるぐちゅぐちゅと粘着質な音が部屋中に響く。
鏡に映っているのはどう見ても自慰に耽る淫らな女で、自分のはしたなさに胸が苦しくなった。


『イイ女だろ。俺様好みで』
「ふ、ぁっああ、エクボ、さん…っ!あっ、あ」


エクボさんの言葉にきゅう、と中が自分の指を締め付ける。
抵抗の増した肉圧を掻き分けるようにくちくちと深く指の根元まで埋められた。
何度も溢れた愛液が指に絡まって白く濁っているのが、まるで精液みたいと思うと背筋がぞくりと波打つ。
もうダメ。イキそう。


「えく、ぼさ…っあぅ、ん、!は…ぁ、あん、ぅあ、」
『ちゃんと俺様を見ながらイキな』
「あぁっ、…は、い…んあっ!あ、イ…、イく、…ひ、ああ"ぁっ!」


恍惚とした表情で快感に喘ぐ私の、目だけは未だ情欲が燃えているようにギラついて。
エクボさんの目だ、と思った瞬間頭が白む程の快感に身を震わせた。
早く脈打つ心臓みたいに指を銜えたままの秘部がどくんどくんと畝って、お腹の奥にきゅうきゅうと力が入る。
荒い呼吸を繰り返して上下する私の胸越しに、床に水溜まりが出来るほど溢れた愛液が見えた。
こんなに濡らしてしまったと思いながら、自分のへその下に手をあてる。

奥が、切ない。
でもエクボさんはもう、気が済んだろうか。

「ふ、」と息を詰めてやり過ごそうとしていると、むくりと倒れていた男の人が起き上がった。
寄りにもよってこんなタイミングで意識を取り戻してしまったのかと、私は力の入らない体に鞭打って服を掴み、なんとか男の人から距離を取ろうと這う。
うつ伏せた私の顔の横に両手が着かれて『逃げるなよ、もっとヨくしてやる』とエクボさんの声がすぐ耳元に落とされた。
声に反応して顔を上げると、すぐに唇を塞がれる。
厚い舌が歯列を割って入って来て、私の舌を撫でては絡み合ってを繰り返した。


「ん、んう…っ」


キスをしている間にお尻に硬い熱を押し当てられる。
その人、さっきまで意識なかったのに。
エクボさんが私で興奮してくれてたのかな。

そうだといいのにと思っていたら、まだぬかるんでいる蜜壷に剛直を宛てがわれた。
来る、と期待した直後指なんか比でない程の質量が挿し込まれる。
少し苦しいけど、それよりも充足感の方が勝ってまたお腹の奥がじんと痺れた。


「ふ……、はぁっ、あん…!ぁ、大…きぃ…っ!」
『おなまえの指じゃ届かなかったろ、ココ』
「ひぃん、ッあ"、ぁっ!」


さっきまで埋められてた私の指を掴んでエクボさんが舐る。
そのままバチュバチュと腰を打ち付けられて、最奥を何度も捏ねられた。
奥にエクボさんの先が当たる度に視界がチカチカと明滅する。

熱い。気持ちいい。苦しい。気持ちいい。

譫言のように「きもちいい」と繰り返しながら、エクボさんの首に手を回して汗を浮かべる頬に口付けた。
エクボさんの証だと思うとこの赤い頬が愛しく思えるんだから不思議。
子供がするようなキスを繰り返していると、『こっちだろうが』とエクボさんが私の唇を歯でなぞる程度の力加減で柔らかい唇を甘噛みしてきた。
舌を差し出せばエクボさんはまるで『よし』と言いたげに目を細めてまた舌を絡めてくれる。

上も下もエクボさんに満たされていて、何度目かわからなくなってしまった絶頂に体を反らせると、エクボさんが私の腰を強く引き寄せて後を追うように腰を震わせた。
密着したままぐり、と腰を押し付けられて、エクボさんの下腹部が私の陰核を押し潰す。


「んっ、んんぅ!〜〜ッ」
『…は……まだ出してんだろ、動くなって』


口を塞がれたまま腰を揺すられて、くぐもった嬌声が口の中で響く。
ようやく唇を離してくれたエクボさんは自分が陰核を刺激してきたせいで私が身じろいでしまったのを棚に上げて私を押さえつけてくる。

すっかり愛液やら精液やらの匂いで充満した部屋で、朦朧とし始めた意識の中『俺様に気に入られたのが運の尽きだったな』とエクボさんが妖艶に微笑んでいた。












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