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Series 2 - Scarecrow -

──ここは"凪の帯" 女ヶ島「アマゾン・リリー」

男子禁制のこの島に『麦わらのルフィ』と共に匿われることとなった、彼らハートの海賊団。
背後に張り巡らされた陣幕。その向こうの楽園に思いを馳せながら、シャチとペンギンたちはまっすぐに前を見つめていた。
視界に収めるのは岩場に腰を下ろす、船長であるトラファルガー・ローの背中、そしてその向こう側に広がる穏やかな海だ。

「やっぱり中に入りてェなぁ」
「バカだな、お前。殺されるぞ」

妄想に頬を染めたシャチの呟きに、同じようににやけきった表情のペンギンが言葉を返した。この島に上陸後、2人の間で役割を変えながら幾度となく繰り返された掛け合いだ。
男が冒す事を許されない、陣幕の向こう側にある楽園。2人だけでなく、クルーのほぼ全員が、夢見るあまりにどこかそわそわしている。

興味がなさそうなのは麦わら帽子を手に海を見つめる船長と、人間とは種族の違うベポ、そして──。

「エマ、今日はどうだった?」

丁度陣幕の隙間をすり抜けて出て来たエマに、ペンギンが声をかけた。女であるエマは島内への出入りが特別に許可されている。

「…勝ちました」
「勝ち越しだろ?嬉しそうじゃねェな」

陣幕の向こう側、女だけの世界に自由に出入りできるなんて、シャチとペンギンには羨ましさしかない。だがエマ本人は口を濁すばかりで、楽園の様子をつぶさに語ってくれはしなかった。
唯一教えてくれたのは、村の中に闘技場があり、そこで行われる戦闘に参加しているということだ。

「19勝18敗ですけど…海賊女帝ってこの島の誰より強いそうです。こんなじゃダメです」

肩を落としたエマの声には張りがない。

あの戦争の場から間一髪で逃げ出し、船が浮かび上がった先で出くわしたのが九蛇海賊団の船だった。世界一の美しさと謳われる海賊女帝を目にしたエマは、そこからずっとこの調子だ。
シャチとペンギンは肘で互いをつつき合い、結果、シャチがフォローを入れるために口を開くことになった。

「向こうは七武海なんだから、強さを比べてもしょうがねェだろ」
「強さも…見た目も完敗」

どんよりとした雰囲気を漂わせながら、エマは深い溜め息をついた。フォローに失敗したシャチに、他のクルーの視線が突き刺さる。
なにかと言うとベポといがみ合っていた頃は、呆れはしたもののこれほど面倒に感じたことはなかった。

「世界は広いはずなのに、一番美しいって言われる人に出会っちゃうなんて…あんなの…私なんかもう道端のカカシですよ」

シャチとペンギンは、顔を見合わせて互いに首を捻る。

「カカシって道端にあったか?」
「ないな、畑だろ」
「場所なんかどこでもいいですよぅ!シャチさんとペンギンさん酷いです、私、傷ついてるんです」

自分のことかなり可愛いって思ってたのに、と嘆きながら続けるエマに、シャチとペンギンはどこか薄ら寒いものを感じて黙りこんだ。
歩き出したエマがベポにぶつかり、力なくよろめく。

「あ。ごめんね、ベポちゃん」
「ベポさんって言え」
「…そうですよね、私みたいなのがすみません、ベポさん」

これでいつものやり取りが始まれば──という周囲の期待は、エマが力なく発した言葉であっさりと打ち消された。

「…怖ェよ!お前どうした!」

ベポが怯えた表情で後退る。
シャチとペンギンが言葉もなく見つめる先を、エマはゾンビのような動きで海に向かって歩いてゆく。そして船長の傍らにどんよりとしゃがみこんだ。

「船長。船長、私、心が折れちゃってるんです…そろそろちょっと慰めて頂けたらいいなぁって」
「あいつらに゛会いてェよォオ!!!!」

エマが船長に話しかけた瞬間、陣の向こうから『麦わら』の叫び声が響いてきた。船長を含め、その場にいた全員がそちらに気を取られてしまう。
兄を助けられなかった──その悔恨にくれて自らを責める姿は何度も目にしたし、重い悲嘆の声もこれまでに幾度となく聞いた。だが、これは初めて耳にするポジティブな叫びだった。

岩場の湾岸にいたハートの海賊団のクルーたちは、はからずも安堵の表情を浮かべてしまう。ただ、声の方へ視線は向けたものの、船長だけはいつも通りのクールな表情だ。
船長の顔を暫く見つめていたエマが、抱えた膝に顔を埋めた。

「そうですよね…。心の折れ具合も、そこから立ち直る心の強さも私の完敗です…」
「いちいち比べるな」

呆れた様子で船長が口を開く。ペンギンとシャチも、船長に負けず劣らず呆れた表情になっている自覚がある。
少し離れた場所にいるベポは、呆れよりも怯えの勝った様子で青い顔をしたままエマを見つめている。

顔をあげたエマは生気のない瞳で船長を見つめた。タトゥーの入った手が弄んでいる麦わら帽子にその視線が移ると、大きなため息が小さな唇からもれる。

「同じ藁なら、道端のカカシじゃなくてその帽子になったらいいんですかね、私」
「何の話だ」
「船長はもっと私に構ってくれていいと──えっ」

辺りに響き渡る強烈な破壊音と共に、凪いだ海に激しい水飛沫が上がった。落ち込んでいたはずのエマも含め、岩場にいたほぼ全員が浮き足だつ。視線を動かしただけの船長の傑物ぶりに感心しながら、ペンギンは持っていた双眼鏡を慌てて覗き込んだ。

「大型の海王類だ!!」
「何やってんだ!?」

状況説明を求めてくるシャチに、ペンギンは答えを返せなかった。浮かんできた海王類の死骸しか視認できないからだ。得体の知れぬ状況に、クルーの緊張が高まる。
緊急時に相応しいしっかりとした顔つきで駆け寄ってきたエマが、双眼鏡を持つペンギンの腕に取り付いてきた。

「ペンギンさん、私にも見せて下さい!」
「お、おう。ほら」

背伸びをしながらエマが双眼鏡を海へと向けた瞬間、人影が海から上がってきた。シャチとペンギンは慌てて崖の縁に走り寄る。

「キミ達か…シャボンディ諸島で会ったな」
「"冥王"レイリー!!!」

岩場を登ってきた思いがけない人物に、ペンギンとシャチは驚きの声をあげた。

「まさかの冥王!」

彼らの後ろでエマが頓狂な声をあげる。シャチが振り返ると、彼女はベポへと駆け寄ってゆくところだった。

「ねぇ!冥王と会ったの?どこで!?」
「うん。人間屋で会った」
「あの、騒ぎになった時?」

ベポが首を縦に振ると、エマは「そういうのちゃんと教えてよぅ」と、唇を尖らせている。

「ルフィ君がこの島にいると推測したのだが」

海に向かってしゃがみこんだ冥王は、海水で濡れたシャツを勢いよく絞ってから船長を振り返った。シャチは急いで視線を船長に向ける。
僅かに不審そうな表情を浮かべていた船長は、麦わら帽子の縁を握りしめて静かに頷いた。

「──ああ」
「やはりな、女の勘には恐れ入る。ん?」

冥王の視線が、ベポの傍らのエマを捉えた。そのまま微かに目を細めると、浮かべた笑顔に艶が増す。こういうのも年の功というのだろうか、とシャチとペンギンはぼんやりと考えてた。

「おや、可愛い娘さんだね。あの時は見かけなかった」
「あの、私、シャボンディでは留守番だったんですぅ」
「それは残念だった。まぁ、ここで会えたから構わんがね」

冥王はそう言うと、再び海に向き直って服を絞りだした。シャチとペンギンが見つめる先で、その背中を眺めていたエマの瞳に力が宿り始める。
特に冥王のファンであるとか、憧れているなどという話はしていなかったはず──そう考えていた2人の元にエマが弾むように走ってきた。ウキウキを通り越して、今にも「エウレカ!」と叫び出しそうな勢いだ。

「シャチさん、ペンギンさん!」

上気した頬に手を添え、煌めく瞳で2人を見上げてくるエマは、初めて会った頃の印象のままに愛くるしかった。落ち込んでいるよりはこっちの方がいいよなぁと、2人が相好を崩した途端、

「私、世界一の美女さえ近くにいなかったら、やっぱりかなりいけてるんじゃないですかねぇ!?」

ダメだ、こいつは全然ダメだ──『開いた口が塞がらない』状態を、2人は今身をもって体感している。彼らの様子は意に介さず、エマは全身から無邪気を振り撒きながら素早く冥王との距離を詰めた。さっきまでのどんよりとした雰囲気が嘘のようだ。

「あの、握手してくださぁい」
「構わないが、ただの老いぼれの手だ。キミにとって価値はないよ」

冥王の差し出す手を両手で包むように握りながら、エマが「あやかりたいんですよぅ」とはしゃいだ声をあげる。

「あっさり立ち直ってんじゃねェか」
「さっきまでと、どっちがマシなんだろうな」

シャチとペンギンがボヤいていると、ふいに船長が立ち上がった。
握手をやめた冥王の視線と船長の眼差しがぶつかるのを、クルー全員が固唾を呑んで見守っている。その緊張感を打ち破るように、先に口を開いたのは冥王だった。

「ルフィくんの様子はどうかな?」
「あと2週間絶対安静だ…!言うだけ無駄な気もするが」
「ああ、わかった。無茶はさせんよ──世話になったな」

船長が差し出した麦わら帽子を、冥王がしっかりと受けとった。眼差しで何を語り合ったのかは、この傑物同士にしかわからない。
やがて視線を外した船長が、クルーの方を振り返った。全員が知らず気をつけの姿勢となって、船長の言葉を待つ。

「出港するぞ」
「アイアイ、キャプテン!」

いち早く反応したベポが歯切れよい返事をする。他のクルーたちも潜水艇に向かおうと動きだす中、立ち止まったままだったエマが両の拳を握りしめた。
シャチとペンギンは思わずその様子を見守ってしまう。

「出港…。この島を出ちゃえばもう、こっちのもの!」

そう言うとニヤリと不敵な笑みを浮かべ、エマは艇の甲板を歩く船長に崇拝の視線を向けた。

「自分より美人がこの世にいても、比べられないとこにいればいいんですよね。船長の優しさ、私、ちゃんと理解しました!」
「絶対そういう意味じゃねェよ!」
「もう一回よく考えろ!」

見守ってしまった迂闊さを悔やみながらも、彼らは律儀にツッコミを入れてしまう。勿論耳を貸さなかったエマは、船長に向かって大きく手を振りながら叫んだ。

「船長ーっ、私絶対、船長に一生ついて行きますからね!」
「……」

ベポがドアを押さえている横を通りながら、船長は一瞬だけ訝しげな視線をエマに向けた。
そのまま船内に消えた船長を追うように、エマは甲板に向かって飛び下りる。一回転して着地を決めると、次にはドアに向かって走り出した。

「若さというのは羨ましいものだ」

立ち上がった冥王は楽しそうに笑うと、海に背を向けた。そのままシャチとペンギンの脇を通り抜けると、手近な岩に腰かけて絞った服を広げはじめる。それはシャチとペンギンに、この島での時間の終わりを感じさせるような動きだった。

彼らも仲間たちの後を追って、潜水艇に向かって歩きはじめる。その前に、張り巡らされた陣幕を名残惜しく振り返ったのは2人だけの秘密だ。

「ベポちゃん、レディファーストってわかる!?クマには難しいかもだけど、こういうのはレディが優先なの!」
「レディになら譲ってやる!お前はムリ!!」

ドアの前で順番を争うベポとエマを見ながら、シャチとペンギンは今から日常に戻るのだという事をひしひしと感じていた。男の夢の島は夢のまま、また遠い存在になろうとしている。

《FIN》

2015.09.06
Series 2 - Scarecrow -
Written by 宮叉 乃子

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