S×S【2】 | ナノ
Orangish Inferno

夕食の時間だ。
ひとり遅れて女部屋を出ると、辺り一面がオレンジ色に染まっている。空も、船も、そして海も。
沈み行く太陽の光で煌めく水面。それに見とれながら芝生の甲板に下りると、馴染みのない光景が突然目の前にあった。

「……三人で何してるの?」
「メシ食ってる」
「だよね。なのに三人ともなんで」

私はそこで一度言葉を切った。
芝生の上に置かれた大きなピクニックテーブルには、積み重ねられた空のお皿とまだまだ残る美味しそうな料理。なのにそれを囲むルフィとゾロ、そしてチョッパーの表情は何故か精彩を欠いている。
なんとなく不穏なものを感じながら、私は疑問の続きを口にした。

「なんでそんなに嬉しくなさそうなの?」

ルフィがぎゅっと口を引き結んだまま私を見つめた。夕陽で照らされていても、その表情には翳りがある。思ったより深刻な何かがあるのかも、と私が焦りを感じ始めた頃、ルフィが口を開いた。

「肉」
「ん?」
「肉が足りねェ」

安心したような、ムダな心配で損したような。
いかにもルフィらしい答えを聞いて、私は何とも言えない気持ちでテーブルの上に並ぶ料理を見回した。夕陽に照らされて料理もオレンジ色に染まって見える──お肉かぁ──。

「あ、ルフィ。これお肉だよ。ひき肉」

カボチャとひき肉のグラタンを指差しながらの私の言葉に、ルフィは力なく頭を垂れた。

「もっと肉な感じの肉じゃねェと肉じゃねェ」
「あー……」

ルフィの言い回しが正しいかはともかく、望んでいるものは充分理解できた。だけど塊になったお肉はどこにも見あたらない。もうすでに食べてしまった後なのかもしれなかった。

項垂れるルフィのこちら側では、ゾロが腕組みしたまま料理を見つめている。並々とお酒が注がれたグラスはテーブルの上に置かれたままだ。その隣の酒瓶の中身も余り減ってない。目の前にあるお酒を放置するなんて、とてもゾロのする事とは思えなかった。

「ゾロは?お肉のせいじゃないよね?」
「……料理が酒にあわねェ」
「えー?これとか肴にならない?」

言いながら、カボチャと厚揚げの煮物をゾロの目の前に置いてみる。
煮物の器からすっと視線をそらして、ゾロは冷や酒のグラスの冷や酒を持ち上げた。でも口をつけないまま、再びテーブルに戻してしまう。漂う空気がそこはかとなく重く感じるのはどうしてだろう。

「なんか二人とも怖い。あれ、チョッパーも全然すすんでないね」
「甘いのがないんだ」
「そのパンケーキは?」
「それ砂糖が入ってねェからカボチャの味だけだ」
「でもカボチャのパンケーキなら少しは甘くない?」

チョッパーはフォークを握りしめて低く唸った。薄めの食事系パンケーキだけど、メープルシロップかハチミツをかければチョッパー好みの甘さになるかもしれない。
ここにないならキッチンに行って貰ってきてあげようか、そう考えながら私はテーブルの上をじっくりと見回してみる。
オレンジ色に煌めく美味しそうな料理の数々。カボチャの揚げ浸し、カボチャのチーズ焼き、カボチャサラダ。カボチャのスープ、カボチャの炊き込みごはん、カボチャの──。

「……事情はわかんないけど頑張って食べて!じゃ、また!」

深く関わってはいけない空気をようやく感じとった私は、そのまま早足でそこを立ち去ろうとした。でも伸びてきたルフィの手ががっちりと腕に絡みつく。

「ルーシア、逃げんな」
「逃げっ?わかんないけど私関係ないよね!?」
「まぁ待て、ルーシア」

テーブルの側まで引き戻された私の肩に手をかけ、ゾロが隣に座るよう促してくる。痛くはないけれど有無を言わせぬ微妙な力加減に負け、私はゾロの隣に腰を下ろした。座ると同時に二人の手からは解放される。
ゾロは頬杖をついて私を見つめながら、空いた手でグラスに酒を注いだ。

「お前が『でけェカボチャくり抜き大会』のことをルフィに教えたらしいじゃねぇか」
「何その変な大会」

私の返事にゾロが顔をしかめた。向かい側から身を乗り出してきたチョッパーが、諭すように喋り出す。

「ルーシア。カボチャを顔の形にする大会のことだぞ」
「ん?ウソップに『カボチャで上手にランタンが作れたら賞品が出るよ』って教えたやつ?」

この島で行われる『カボチャランタンコンテスト』。手先の器用なウソップなら上位の豪華賞品も夢じゃないと思って、コンテストの内容を伝えたのが昨夜のこと。
ウソップとフランキーが作ったランタンは、大きさと細工の両方が評価されて三位入賞を果たしていた。だから今日の晩ごはんには、賞品の豪華海鮮が使われているはず──。

「ルフィには言ってない。どっかで聞いてた?」

ゾロの向こう側に座るルフィを覗き込むようにして問いかける。いかにも心外といわんばかりにルフィが唇を尖らせた。

「賞品が肉だって大声で言ったろ」
「一位は賞金出るよ!は大きな声で言ったけど、肉は別に」
「いーや、肉って部分がはっきり聞こえた」
「それ、ルフィの関心の問題!だって私は四位のスイーツの方が」
「取れなかった賞品の事はとりあえず置いとけ。ルーシア、とにかくお前の言葉を聞いたコイツはカボチャを山ほどくり抜いた訳だ」

ゾロが話を戻すと、腕組みをしたルフィが鷹揚に頷いた。この話の流れでどうしてそう泰然と振る舞えるのか、われらが船長ながら理解不能すぎる。
考え込む私の様子には構わずゾロは言葉を続けた。

「しかもそのカボチャは彫刻用に用意されてた食えねェやつじゃなく、うちの貯蔵庫に入ってた備蓄食糧ときてる」

その後の流れは聞かなくてもわかった。ダメにしたカボチャをムダにしないために、サンジが腕を振るった料理を三人で食べる事になったってところだと思う。ただ──。

「で、ゾロとチョッパーは何したの?」

私の問い掛けにゾロとチョッパーは顔を見合わせた。まずチョッパーがゾロを蹄で指す。

「ゾロがルフィに貸した短刀の切れ味が良すぎて、カボチャが何個も真っ二つになったんだ」
「ルフィが貯蔵庫からカボチャを取り出すのを見てたんだろ、チョッパー。なんで止めなかった」

空になったグラスの底をチョッパーの顔に向け、ゾロがそう言い返した。

昨日今日の付き合いじゃないんだから、ルフィが刃物を借りに来たり、そのままじゃ食べられない食材を手にしてる時点で充分に怪しんで欲しい。
私が心の中で二人に『ギルティ』の審判を下したところで、ルフィが呆れた様子で口を開いた。

「起こっちまったもんはもうしょうがねェだろ」
「お前が言うな!」
「そうだぞ!ルフィ」

上半身だけで振り向いてルフィの胸ぐらを掴んだゾロと、椅子に立ってテーブルに身を乗り出したチョッパーが同時に怒声をあげる。続く喧騒に付き合う謂れもない私がこっそり立ち上がろうとしたところで、こっちに向き直ったゾロに再び肩を引き下ろされた。
そのまま肩を抱いて私の動きを封じながら、ゾロが片方の口の端をあげてニヤリと笑う。

「そういうことだ、ルーシア。お前にも責任の一旦がある」
「私ぜんっぜん悪くなくない?」
「いいや、ここまで来たら一蓮托生だ」

どこにも来たつもりはない私の気持ちをよそに、ゾロがきっぱりとそう言った。その尻馬に乗るようにルフィとチョッパーも声をあげる。

「そうだ、ルーシア。おれたちは運命共同体だ」
「ええっと、えっとな。おれたちは……い、一心同体なんだ!」
「チョッパーのそれ違う。とにかくなんにしてもお断りします」
「そういうな、ルーシア。どれも味はイケる」

ゾロは私の肩を抱いたまま、反対の手でテーブル上の料理を引き寄せ始めた。

「最初のうちはな」

小声で付け加えられる意味深な言葉。拘束から逃れようと躰を捩ったものの、やっぱりムダな努力でしかなかった、びくともしない。『ゾロの筋肉野郎』と心の中で悪態をついてみたけど、筋肉野郎が悪口なのかどうかは自分でもよくわからなかった。
椅子を下りたチョッパーがグラスに水を注いで渡してくる。それを受け取って、私はついにここからの逃亡を諦めた。

「これ食って早く夕飯にしようぜ」
「なんかスゲェ美味いエビが賞品だったんだろ?スゲェ美味いってどのくらい美味いのかな?わたあめぐらいかな」
「海鮮なら酒が進みそうだ」

まだ沢山並ぶカボチャ料理を前にしながら三人が軽口を叩く。普通の胃袋しか持ち合わせていない私はすでに気が遠くなりそうだった。

「ルーシア、皿とフォークこっちな。頑張って早くエビ食おうな」

嬉しそうなチョッパーには申し訳無いけれど、ここで頑張ったあとだと私の胃袋にエビはもう入らないと思う。視界の端では、ルフィが四等分にしたカボチャの炊き込みごはんをぎゅうぎゅうと茶碗に押し込んでいる。
私は半ばヤケクソになりながら、目の前にあったカボチャの揚げ浸しを口にいれた。

「あれ、美味しい。普通に美味しい。何でみんなあんまり食べてないの?」
「……美味いぞ、味は美味いんだ。味は」
「よし、ルーシア。今のうちに沢山食っとけ」

チョッパーとゾロがテーブルの上の皿を私の方に寄せてくる。ルフィに渡された炊き込みご飯は、押しつぶされてお餅みたいになってる部分もあるもののほんのり甘くて美味しかった。続けて食べたカボチャサラダがわりと甘かったので、口直しにスープを飲む。これも美味しい、カボチャの味が濃くて──。

「美味しいよね……」
「どうした?ルーシア」
「美味しいのに、美味しいのに、なんかツライ。全部カボチャ味。カボチャ主張が強くない!?」
「そうなんだ、ルーシア。カボチャは食べる度に存在感が増してくんだ」
「美味しいのにツライって地獄みたい」

項垂れた私の頭を、チョッパーの蹄がぽんぽんと撫でる。夕陽は相変わらず料理を奇しく照らしている。

美味しいものをただ美味しいと思うことができないなんて、これはオレンジ色の地獄だ。いつもいろんな味を楽しむことが出来たあの食卓は天国だったんだ。キッチンのドアを開けば、そこにはいつもと変わらない天国があるってわかってるのに、どうしてこんなことに巻き込まれてしまったんだろう。

「食えば終わるなら地獄よりゃ全然ましだ」

ゾロがそう言ってグラスを空にした。確かに元凶はルフィだけど、どうして巻き込まれたかといえば今回は大体ゾロのせいだと思う。
料理に全く手を付ける様子がないまま酒瓶を掴もうとしたゾロの手を、私はへろっとした手刀で叩き落とした。

「ルーシア、何のつもりだ」
「ゾロ!お酒飲むなら先にこっちのカボチャスープ片付けて!」
「……酒以外の飲み物は躰が受け付けねェ」
「じゃあスープにお酒混ぜてあげる」
「おい!」

片手を伸ばして酒瓶を奪おうとすると、ゾロに手首を掴まれ阻止される。でも、こっちも戦闘員ではないけど素人って訳でもない。ふっと緩んだゾロの口もとへ、空いた手で無理やりスープカップを押し付けた。ただ中身を流し込む前にカップは取り上げられてしまう。

「あっ!もうちょっとだったのに!」
「どこがだ!!」
「いやー、ゾロ相手に正面からじゃ絶対ムリだぞ、ルーシア」
「でもゾロもちゃんと食わねェとダメだからな」

ルフィの評価に納得しつつも唇をとがらせた私の横で、チョッパーに戒められたゾロは不承不承ながらもスープを一気に飲み干した。
そんな感じで騒いだり、はしゃいだり、文句を言ったり、押し付けたり押し付けられたりしてるうちに、テーブルの上の料理はようやく最後の一皿になった。
残っていたカボチャの春巻きを一つずつ口にし、空になった皿を前にして私たちは深い深い安堵の息をつく。

「やっと終わったよー」
「おれカボチャはしばらく見たくねェ」
「チョッパー、それ私も」
「ここにいる奴は全員そうだろ」
「ぶへー、食った食った」

全体的に丸っこいシルエットになったチョッパーはテーブルに突っ伏し、ルフィはどっぷりと膨れたお腹をさすっている。鍛えているからかゾロは見た感じ変わっては見えない──もともと生き物は、沢山食べたからといって一気にまん丸くなるものじゃなかったような。
私自身はというと、躰の隅々までカボチャが詰まっている気分だった。丸くはなっていないはずだけど胃は膨らんでるのがわかる。

満足そうに大海原へ目を向けたルフィが、何かに気づいたように胸の前でポンと手を打った。

「そうだ!こういう時は夕陽を見ながら肩組むんだ」
「そうか……?」
「へー、ルフィは物知りだなー!」
「動くのツライよー」

ゾロとチョッパーと私、順番に腕を掴んで立ち上がらせてから、ルフィはほぼ沈みかけている夕陽を指差して満足気に笑った。カボチャ料理を消化し終えたのか、もういつもの体型に戻っている。

満腹過ぎて動くのか辛い私は、合点がいかない感じに首をひねるゾロと、楽しげな様子で人型になったチョッパーに挟まれ肩を組まれた。やっとの思いで二人の背中に手を添えて体勢を整える。
後ろに立ったルフィが腕を伸ばし、私たち全員をくるむように肩を抱いた。

「おれたち頑張ったよなー」
「チョッパーちょっとちょろすぎない?」

涙ぐむチョッパーに小声でツッコみながらも、付き合いのいい私は夕陽に目を向けた。カボチャ料理が片付いた今となっては夕焼けが素直に美しく思える。
水平線から離れるにつれオレンジ色より紫が多くなる空。海はもうほぼ黒に近づいていたけれど、夕陽が作るオレンジ色の道が一筋、鮮やかに海面を照らしている。天国に続く道はこんな風なのかもしれない。

空を見ながらしみじみとした達成感を味わっていると、ルフィが腕を解き、そのまま両手を上に突き上げた 。

「よし、そろそろキッチンに行ってメシにしよう!」
「エビ楽しみだな!甘ェのかなー」
「なめろうか酒盗がありゃ美味い酒を飲み直せるな」

消化の全てがデタラメ。
そう思ったものの、私もカボチャ味じゃないものをちょっとだけ食べたい気持ちだった。やっぱり一緒に過ごす時間が長いと影響を受けるのかもしれない。そのうち食べたぶんだけ躰が膨らむようになったらどうしよう。

そう考えた瞬間、キッチンのドアが開く音がした。

「野郎ども。そろそろ海老の塩竈焼きが焼き上がるぞ、調子はどうだ?」

渋い顔で現れたサンジだけれど、足取りだけはいつも通り軽快に階段をおりてきた。そして私を見ると表情を緩める。

「ルーシアちゃん、こんなとこでどうした?」
「うん……ちょっと話してた」
「今日の海鮮サラダがすげェいい出来なんだ、ナミさんとロビンちゃんのお墨付きだぜ」
「楽しみ。カボチャ料理もちょっと貰ったよ、美味しかった」

ちょっとどころじゃなかったけど、詳しい理由を言ったら確実に揉め事が起こる。
サンジは一瞬腑に落ちない様子をみせ、でも私の意を汲んでくれたのかそれ以上の追及はしてこなかった。そのままテーブルの上に目をやり驚いたような声を上げる。

「おっ、食い終わってんじゃねェか」
「ナメんじゃねェ。あんなもん秒だ、秒」
「ふーん?」

思わず半目になりながらじっと見つめると、ゾロはきまり悪げに鼻に皺を寄せた。サンジは満足気に空のお皿を重ね集め始めている。
人獣型に戻っていたチョッパーが感嘆の目でゾロを見上げたあと、サンジの方を向いて仁王立ちになった。

「サンジ。あのな、おれもまだ全然いけたんだ」
「おれはゾロとチョッパーより食ったけどまだ物足りねェ」

鼻息荒いチョッパーの言葉に被せるようにルフィがそう言うと、そこからよくわからない自慢合戦が始まってしまう。

「ルフィ、カボチャプリンはおれが全部食べたんだぞ!」
「おれはカボチャの肉巻き一口だった」
「もしカボチャわたあめがあったらそれもおれが全部食べた!」
「じゃあ肉味のカボチャが──」
「なにその争い」

調子に乗り始めたルフィとチョッパーに冷たい視線を向けてみたけど、軽くスルーされて終わった。ゾロは立ち去るタイミングをはかるようにキッチンに目を向け、サンジは鼻歌まじりでテーブルを片付ける事に余念がない。
二人はそのまま張り合うようにしてあまり聞いたことのないカボチャ料理の名前を並べ上げ始める。

「カボチャゼリー」
「カボチャラーメン」
「カボチャチョコ!」
「カボチャソーセージ!」
「カボチャパフェ!!」
「カボチャごはん!!」
「おい、それは食ったろ」

ゾロの冷静なツッコミに二人はピタリと口をつぐんだ。不毛な時間がようやく終わって私もホッとする。
甲板を横切っていく海風は思いの外冷えていた。チョッパーが大きなくしゃみをしたのをきっかけに、全員の意識がキッチンに向かってひとつになった。

「ごはんだけじゃなくて、カボチャのパンがあっても良かったよな」

歩き出したルフィが頭の後ろで手を組み、思いついたように口を開いた。サンジに手伝いを申し出たもののやんわりと断られた私は、振り向きざまに両手の人差し指でルフィの顔を指差した。

「わかる!蒸しパンみたいなやつでしょ?」

そう言った瞬間、チョッパーが弾かれたようにゾロの膝のあたりを蹄でつついて注意を引こうとする。

「ルーシアのは違うよな、ゾロ。カボチャパンは甘いカボチャクリームが入ってるやつだよな?」

ゾロは右手で顎下をさすって思案する様子をみせた。左手は半分くらい中身が入っている酒瓶に伸びている。
食器を積み上げ終えたサンジが内ポケットを探り、タバコの箱を取り出した。

「カボチャあんぱんじゃねェのか?」
「あんぱんか。あんこも甘いからいいな」
「蒸しパンも甘いよ!」
「じゃ明日の朝食はそれにするか」

沈黙のおりた甲板に、マッチを擦る音がひときわ大きく響く。

私は思わず、酒瓶を持ち上げたところで動きを止めたゾロを凝視した。ゾロは自分の足下にいるチョッパーに視線を落とす。チョッパーはゆっくりと首をめぐらしてルフィを見上げ、そのルフィはポカンと口を開いて私を見つめた。
そこで四人同時に首をひねった。

「んっ?」
「あ?」

四人分の見開いた瞳を一斉に向けられ、サンジが訝しげに眉根を寄せた。

「アホにはわかりにくかったか?『明日の朝はカボチャのパンにするか』って事だ。……ルーシアちゃんは判ってたよな。ごめんな、こいつらがアホで」

私の顔を覗き込んでサンジが笑いかけてくるけれど、とても微笑み返している余裕はなかった。
四人で目を見交わして状況を整理しようとするけど、勿論何も答えは浮かぶはずもない。埒の開かなさに業を煮やしたらしきゾロがサンジに詰め寄る。

「おい、もうねェだろ」
「あ、何がだ?」
「ねェだろ、カボチャは。食い尽くしてる」

山積みの食器を指し示すゾロに呆れた目を向け、サンジはタバコの煙をゆっくりと吐いた後で答えを返した。

「まだ冷蔵庫いっぱい残ってる」
「冷蔵庫?」
「入り切らなかった分だけ先に料理したんだ。ルフィがどれだけダメにしたと──おい、どうかしたか?」

再び訪れた静寂。コンテストで見た沢山のカボチャのランタンに嘲笑われるイメージが頭をよぎる。地獄は全然終わってなかった。
ルフィは下あごを芝生につきそうなところまで落とし、呆然とサンジを見つめている。額に片手を当てて小さく唸るゾロの足下で、チョッパーが大きく口を開けて天を仰いだ。両手で口もとを覆った私とみんなを交互に見比べながら、サンジが戸惑ったように首を傾げている。

キッチンから聞こえてきたナミたちの楽しそうな声を打ち消すように、マストが海風を孕んでバタバタと大きな音を立てた。

いつしか太陽は完全に沈んで、空は水平線まで紫色。もう、すっかり夜になっていた。
ぎゅっと目を閉じると、瞼の裏にオレンジ色が広がっている気がする。粟立つ肌は冷えた外気のせいなのか、オレンジの記憶のせいなのか──私にはもうわからなかった。

《FIN》

2018.12.25
- Orangish Inferno -
Written by 宮叉 乃子
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