S×S【2】 | ナノ
Enchantress

広場の周囲には飲食物や雑貨を売るヒュッテ、そして中央にはたくさんの長テーブルとベンチが並んでいる。

予定外に立ち寄ったここは、小さいが賑わいのある島。
混んでいたため、幾つかに別れてテーブルについた彼らの前には、赤ワイン入りのタンブラーと料理の入っていた皿が置いてある。

シャチが隣のペンギンのワインの残りを横目で確認すると、つられたようにペンギンは斜向かいに座る船長のタンブラーに視線を向けた。どれも空になりかけている。

酒と食べ物が切れると寒さが身にしみそうだ、と、足下から這い上がってくる冷気にシャチは身を震わせた。防寒はしてきたが、時間が経つにつれ冷え込んできているようだ。
ペンギンは追加を取りに行くか迷いながら、ヒュッテの取り扱い商品を確認する。

テーブルに立て掛けた太刀の隣で、船長であるトラファルガー・ローがタンブラーを手にした。底に僅かに残っていた赤ワインが揺れ、ガラスの内側をなめる。
流れる血を連想したシャチが呟いた。

「麦わら、元気になりましたかねェ?」
「さぁな。そのうちまた名前を聞くか、このまま消えるか」

そう答えて、ローはワインを飲む。
そう言ってはいても、麦わらがこのまま消えるとは微塵も思っていない表情だ。そう思いながら、ペンギンはタンブラーに口をつけた。

新世界を目指すため、女ヶ島からシャボンディ諸島へ戻る途中で、彼らは物資の調達のためにこの島へ立ち寄った。航路からは外れているが、目視で確認出来たからだ。

この機会に先の予定を組み直す、と船長は言っていたが、もう既にその腹の中では全てが決まっているんじゃないか。シャチやペンギンはそう読んでいる。もう短くはない付き合いだ、様々なことに見当はつく。

船長がワインを飲み干したのと同時に、元気な足音がテーブルに近づいてきた。シャチとペンギンは、静かな時間が終わりを告げた事を悟る。
航海士のベポと割と最近仲間となったルーシア、微妙にウマの合わない組み合わせの二人が戻ってきたのだ。

「次は白にしました!」

声をかけてくる男をかわしつつ人混みをかきわけて、ベポと一緒に走ってきたルーシアが、白い息を吐きながらそう告げた。二人が片手に一枚ずつ持ってきた大きなトレイの上には、白ワインが注がれたタンブラーがぎっしりと置かれている。

ベポがトレイのひとつをテーブルに置き、新しいワインをローに手渡した。

「キャプテン、食料積み終わったよ。ジャンバールはここじゃ目立つから、船の近くで待ってるって」
「ジャンバールさんにも、ちゃんとワインとゴハン渡してきました。急いで戻ってきたら、私もお腹空きました」

力のあるジャンバール、ベポ、そしてルーシアは、物資調達係に頼まれて運搬係を引き受けていた。船に荷物を運び、最初に配った赤ワインがなくなる前に戻ってくるというのもなかなかのものだ。
自らパワータイプと称するだけあって、重たいトレイを手にしていても、ルーシアには全く苦にする様子がない。

男がこれだけいて女に力仕事をさせるのは如何なものか──という意見も出たが、最終的には「向いている奴がそれに相応しい事をする」という非常に合理的な船長判断が下された。

ルーシア自身は、自分の持ち合わせた力をフルに活かせるのが楽しいらしい。力仕事もいとわないが、今回試しに任された偵察業務も嬉々としてこなしていた。

「取ったら回して下さいね」

船長がワインに口をつけるのを確認してから、ルーシアは他のテーブルにいるクルーにもタンブラーを配り始めた。履いているスカートの裾が揺れる。
寒くないのか気になりながら、シャチとペンギンは自分で新しいワインを取った。

いつものジャンプスーツから、ふわふわとした色の服に着替えて出掛けたルーシアは、男たちから島の状況を難なく聞き出してあっという間に戻ってきた。「可愛い」を自称しているのも納得、それほどの早さだった。

船長が褒めればもっと頑張りそうだ、とシャチが言うと、そうすると普段の面倒臭さが増すんじゃないか、とペンギンが答えた。

「食べ物もなくなってますね。買って来ます!」
「座ってろ、ルーシア」

船長に呼び止められたルーシアが、不服そうに首を傾げる。

「私とベポちゃんゴハン抜きですか?皆さんも足りないですよね?」
「他のやつに買いに行かせる」
「えー!自分で選びたいです」

ローは深い息をつき、呆れた表情を浮かべながら手を組み合わせる。その指先が苛立たしげに指根にあるタトゥーを叩くのを、シャチとペンギンははらはらしながら見守った。

「さっきから男に声をかけられるたび」
「えっ、船長ヤキモチですか!?とうとう!」
「とうとうじゃねェ」

ローの苦々しい顔が目に入らないのか、ルーシアは両手を頬に当てて瞳を輝かせている。

確かに船長が誉めたら最後、ルーシアは天に昇りそうな勢いで調子づきそうだ。シャチの考えを見透かしたペンギンが「な?」と、小声で囁いた。
ローは手をほどき、上から掴むようにしてタンブラーを持ち上げた。

「断る理由におれを使うなと言いたいだけだ」

船長は、一口のワインとともに感情を飲み込んだようだった。いつものクールな表情を取り戻している。

「船長、ほんっとにつれないですね!」

頬に手を当てたまま、ルーシアは不服そうに眉根を寄せた。

「だって『うちの船長懸賞金億超え』って言うと、あっちが一瞬で退くんですよ。便利なんです」
「出港をムダに面倒にしようとするな」
「海軍にたれ込まれないよう、最後にちゃんと脅してますよぅ」
「脅してるのかよ!!」

二人は、声を合わせてつっこんだ。ルーシアは一体どういう方向性でいこうと思ってるのか、シャチとペンギンは首を傾げずにはいられない。
我関せず、といった様子のベポが自分のワインを手にして、船長の隣に腰を下ろす。

「私、船長たちと一緒にいられるの、すごく楽しいんですけど、皆さんの態度を見てると『私、可愛くなくなった…?』って不安に襲われるんです!海賊女帝の件もあったことですし」

ルーシアは喋りながらぎゅっと目を閉じ、頬に手を添えたまま項垂れてしまった。シャチとペンギン、そしてベポは、何とはなしに顔を見合わせた。

「もう中身わかってるしなぁ」
「見慣れるもんだよなぁ」
「クマじゃねェからなぁ」
「皆さん、もっとありがたみを感じて!!かなりレアな可愛さなんですよ!」

顔をあげたルーシアが、急に自信たっぷりに言い切った。思わず口を開けたシャチとペンギンの向かい側で、ローは呆れ顔のままワインを飲み、ベポは何か言って欲しそうにその横顔を見つめている。

ルーシアがぐっと拳を握り、船長に詰め寄った。

「だからこういう機会に自分の魅力を確かめたいんです!」
「確認出来たなら座ってろ」
「出来ましたけど!座りますけど!」

船長に軽くいなされ、ルーシアはしぶしぶといった様子でシャチの右隣に腰を下ろした。ローの視線がペンギンたちを捉える。
二人が言われるより先に立ち上がろうとした瞬間、ジャンプスーツの背中を凄い力で引き下ろされた。

「やっぱりダメです!シャチさんとペンギンさんはここにいて下さい」

ベンチに座らざるを得なくなった彼らを尻目に、ルーシアがテーブル越しにローの方へ身をのりだす。

「自分で買いにいきたいんです!船長、お願い」
「ルーシア」
「次は船長のこと使わずに断りますから!あ、でも海賊って言わないで、カレシ的な方向なら」
「……」

船長は口を開きかけたが、何も言わず苦々しい表情で目を閉じる。心底呆れていることくらいは、ペンギンたちには難なく感じとれた。
大皿を持ち上げ、僅かに残っていた料理をかきこんでいたベポが、気遣うような視線を隣に送る。

「わかりましたよぅ。船長の事はなにも言わないで、相手をポイっと砲丸投げみたいに放り投げちゃう事にします。それならいいですよね?」
「ダメだ」
「じゃあどうしたらいいんですか!?」

大人しく座っていればいいんじゃねェかなぁ、と、思わずペンギンは呟いた。シャチは頷いて賛意を示しながら、ワインを一口飲む。人を放り投げれば結局通報されるという事に、ルーシアはどうやら思い至っていないらしい。
どうやっても自分で買いに行きたい一心で、ローを頷かせようと懸命に喋り続けている。

「じゃあ、とりあえず三人くらい寄ってきたところで人間お手玉やってみます。それなら穏便に断るって意志がみえませんか?」
「普通に断ればいいだろ」
「ほんとどうなりたいんだ」

今度は二人同時に、はっきりと口に出してつっこんでしまった。ルーシアが予想外とでも言いたげな顔で彼らを見る。
ベポが空いた皿をテーブルに戻し、眉間に皺を寄せた船長とヒュッテを交互に見つめはじめた。

そもそもジャンバールやベポならともかく、普通の人間の女が人間をお手玉──とそこまで考えた処で、シャチははたと我にかえった。巨人と熊と人間の女。その力は、果たして同列であってよいものなのか。

「…ルーシア、お前ホントにただの人間か?」

この機会にシャチは、前々から疑問に思っていたことを口にしてみた。ペンギンは「よく聞いたな」という言葉こそ飲み込んだが、呆れたような感心したような微妙な表情を浮かべてしまう。
ルーシアは一度大きく口を開け、それから信じられないといった様子で首を横に振った。

「シャチさん酷いですよ。人間です!ちょっと力持ちなだけで!」
「全然ちょっとじゃねェ」
「多分、力と魅力にステータスポイントが全振りされちゃってるんですよねぇ。私としては、もうちょっと速さにも振って欲しかったです」

いや、なによりも思慮分別に割り振られるべきだった──顔色ひとつ変えずに言い切ったルーシアを見ながら、シャチとペンギンはそう考えざるを得ない。しかも魅力の効果はどうにも継続性に欠けている。

ローが空になったタンブラーをテーブルに戻した。ルーシアとベポが、同時に新しいワインを船長に差し出す。

「……」

受け取った二つのワインを一度テーブルに置き、船長は腕組みをした。そのまま視線をちらりと隣のベポに送る。

「ベポ。ルーシアと一緒に行ってこい」
「えっ、キャプテン。何でおれ!?」
「キャー、やった!さすが船長」

ベポが心底驚いた様子で声をあげるのをよそに、早速立ち上がったルーシアは嬉しそうにその場で跳ねた。周囲の視線がこの一角に集まる。
ローはヒュッテを指差しながら、周囲から顔を隠すように、ベポの方に躰を向けた。顔が売れるのも大変だよなぁ、と、シャチとペンギンは誇らしさ混じりに船長を慮る。

「お前も動いたから腹が減ってるだろ。好きなものを選んでこい」
「えっ、いいの?キャプテン」
「その代わりルーシアに誰も近づけるな。絶対に面倒を起こす」
「最初はキュンな感じだったのに!結局なんかひどいです」

ルーシアはぼやきながら、テーブルに乗り上げるようにしてローの顔を覗きこむ。

「でも、ありがとうございます。船長の分はちゃんとパンじゃないの買ってきますね」

船長に笑いかけてからルーシアは身を起こし、トレイに載っていたワインをテーブルに並べた。
そして立ち上がったベポが側に来るまでの僅かな間に、空いた器を素早くまとめてしまう。

食器を山積みにしたトレイを左手だけで持ちあげると、ルーシアはベポをまじまじと見上げた。それから悪戯を思い付いたような表情を浮かべ、シャチとペンギンに話しかけてくる。

「さっきも思ったんですけど、この組み合わせってリアル"美女と野獣"じゃないですか?」
「誰が美女」
「私。そしてベポちゃんが野獣」

シャチやペンギンが口を出すより先にベポが会話を拾い、いつもの掛け合いが始まってしまう。ベポがルーシアのトレイを取り上げながら、大袈裟に牙をむいた。

「調子のるな。あとベポちゃんって呼ぶな」
「はいはい。じゃ、クマちゃん行こっか!まず船長の好きそうなやつから選ぼう!」

ベポの腕に手をかけると、ルーシアは一目散にヒュッテへ向かってゆく。バタバタと駆けてゆく二人を見送りながら、ペンギンが口を開いた。

「あのやり取りもこなれてきたな」
「毎日やってりゃなぁ」
「ちょっと仲良くなってるよな」

ちょうど、ルーシアとベポがヒュッテの前で言い争いを始めるところを見ていたシャチは、同意のかわりに曖昧なうなり声をもらした。

「なってるかァ?」
「二人仲良く……面倒を起こしてるな」

じゃれ合いを通り越し、手と足が出始めたルーシアとベポの周りには人垣が出来始めている。止めに行くべく彼らが立ち上がろうとした時、ベポとルーシアが同時にテーブルを振り返った。そして戦いたように一歩後ずさっている。

「船長……」
「食べたら出港した方が良さそうだな」

シャチに向けられたローの視線からは、ついさっきまで宿っていた剣呑な雰囲気は消えている。ペンギンが見つめる先では、耳を寝かせて項垂れるベポを、ルーシアが背中を叩いて励ましているようだ。
騒ぎが終息したので、人垣もバラけて散ってしまった。

「じゃあ、向こうのテーブルに伝えて来ます」
「あ、おれも」

歩きだしながら、シャチとペンギンは思う──同じように怒られても、毎回ベポだけが可哀想な感じになるのは何なんだろう。

船長の言葉を伝え終えた二人がテーブルに戻る途中、風が空気を動かして去って行った。慣れてきていた寒さが蘇り、肉の焼ける匂いが鼻をくすぐる。

「おまたせしました!」
「メシだよー!」

彼らと同じタイミングで、料理を満載にしたワゴンを押しながら、ベポとルーシアも戻ってきた。

「これ皆さんの分です。こっちはスシとラムチョップ」
「これソーセージ。こっちは海老のアヒージョだって。キャプテン、アヒージョって何?」

めいめいに喋りながら、ルーシアは食べ物をワゴンから取り、それをベポがテーブルに並べてゆく。こういう辺りは妙に息が合っている。

「これベポちゃんの。他の皆さんにも渡してきます」

ひときわ大きな皿をベポに渡すと、ルーシアはワゴンを押しながら走って行った。そしてあっという間に戻ってくると、シャチの隣に腰を下ろし、自分の分の料理を目の前に並べる。
皿の上の、やたらふわふわとしている食べ物を、シャチとペンギンは新鮮な気持ちで見つめた。

「なんだそりゃ?」
「キッシュです。あとパンケーキとフローズンスモア」

揃えた手を口元に当ててルーシアは嬉しそうに笑い、雑誌で見たんですよぅ、と続けた。
パンケーキには山のようにフルーツと生クリームがかかっていて、それが食事になるのかと彼らは不思議に思った。確かにルーシアでなければ選ばないメニューだろう。

「こういうの食べたかったんです!船じゃ出ないですもんね」
「腹にたまらねェだろ」

ローはきっぱりとそう言って、醤油をつけたスシを口に放り込んだ。ルーシアは、キッシュをフォークで切り取りながらぼやきはじめる。

「最初に会った時、船長はちぎったクロワッサンをカフェオレに浸しながら食べるタイプだって思ったのに。全然違いました」
「どんなタイプだ」
「なにフィルターがかかってんだ」

山盛りの白身魚のフリットを頬張りながら、シャチたち三人の話を聞いていたベポが、はっと思い至ったように大きく口を開けた。

「キャプテン、よく余ったおにぎり茶碗にいれてお茶かけてた」
「ベポちゃん、それちょっと違うっぽい。まぁ、クマにはわかんないよね」

船長はルーシアの言うことを完全にスルーして、黙々とスシを片付けている。頬いっぱいに食べ物を詰め込んでいるローの姿を見慣れたシャチとペンギンには、ルーシアのイメージの出所が全く理解出来なかった。

ベポも船長に倣うことにしたのか、ひたすら白身魚のフリットを口に放り込み始める。その姿を見たルーシアは、つまらなそうに唇を尖らせた。

「あれ?」

呟くと同時に、ルーシアが素早く上を向いた。ラムチョップに伸ばしかけていた手を止め、シャチとペンギンは一度顔を見合わせる。

「どうした?」
「何か沢山落ちてきてるんですけど、雨じゃないみたいなんです。なんだろ」

ルーシアの答えにつられるように、ペンギンも空を見上げた。シャチもそれに続く。
ワインを飲んだ船長が、静かに口を開いた。

「雪だな」

その瞬間、シャチとペンギンにも空から舞い落ちてくる雪が見え始めた。ベポも嬉しそうに空を見上げる。

「これが雪ですか?」

手のひらに雪を受け止め、ルーシアは不思議そうに呟いた。体温で溶ける雪に釈然としない顔をしているのを見て、ペンギンは彼女と出会った時の事を思い出した。

「お前がいたのは夏島だったもんな。確かに、あれじゃ冬になっても雪は降らねェよな」
「あそこ暑かったよなぁ。少し進んだだけで汗が吹き出て」

シャチが何度も頷きながらラムチョップにかじりつく。顔をしかめたベポが、勢いよくソーセージにフォークを突き刺した。
蒸し暑い上、変な生物まで存在したあの島に、色々思う事があるのはペンギンも同じだった。
三杯目の白ワインを手にした船長の眉間も、微かに寄っているように感じられる。

そして何よりルーシアが、珍しく心底うんざりした表情を浮かべ、ひどく歯切れの悪い口調で喋り始めた。

「とっても言いにくいんですけど……実は皆さんがいらしたときが冬でした」
「うそだろ!?」
「あれでか!?」
「うわぁ」

ベポが耳を水平に寝かせながら唸る。シャチとペンギンも、ルーシアの言葉を聞いた瞬間、反射的に仰け反ってしまった。

「あの島、夏の昼間なんか絶対外にでられないです。あれはサウナ、いえ、熱湯風呂です!」

ルーシアがキッシュを頬張った。嫌な思い出でも過ったのか、目をぎゅっと閉じ、口だけをもぐもぐと動かしている。
耳を伏せたままのベポが、しみじみとした口調で船長に語りかけた。

「あそこにたどり着いたのが冬で良かったね、キャプテン」
「そうだな」

シャチとペンギンも全く同感だった。雪が舞い散る中に長くいるのも御免被りたいが、サウナのような暑さが続くというのは考えるだけでも辛い。
キッシュを食べ終えたルーシアが、その場を取り繕うように明るい声をあげた。

「もうあの暑さの事はいいです!これ食べて忘れましょう。五人分買ってきたんですよ」

ルーシアが、自分の前にあった皿をテーブルの中央に押し出した。
手のひらサイズの四角い物体に、手で持てるようスティックが刺してある。持ち手を外側に、放射状に並べられたその食べ物を、男四人は不審そうな面持ちで覗き込んだ。ルーシアだけがうきうきとはしゃいだ様子をみせる。

「何だ?これ」
「フローズンスモアです。外側はマシュマロですって」

シャチはスティックの先の物体に目を戻した。四角の全体に焦げ目がついていて、とてもマシュマロには見えない。
手を伸ばさない彼らに業を煮やしたのか、ルーシアはスティックを手に取ると、船長から順番に押し付けてゆく。善意に満ち溢れたルーシアの笑顔を裏切れず、彼らは意を決してマシュマロにかじりついた。

「冷てェ!中、アイスじゃねェか」

焦げ目がついているから温かい、と思い込んでいたペンギンは、悲鳴にも似た声をあげた。ルーシアが楽しそうに笑う。

「ペンギンさん、ちゃんと『フローズン』ってついてます。中身は、チョコチップとアイスなんですよ。夏島出身は、アイスクリームをほっとけないんです」
「あー、急に寒さがしみてきた」

シャチが歯を鳴らしながら、ワインを勢いよく飲んだ。
意外に気に入ったのか、船長は文句も言わず黙々と食べ続けている。それを見たルーシアも、満足そうにフローズンスモアを頬張った。

ひと口で食べ終えてしまったベポが、名残惜しそうにスティックを皿に戻す。

「クマサイズ売ってねェかな?」
「これは暖かい部屋の中で食いたかった」
「同感だ。美味いけどな」

シャチとペンギンは、端をかじっただけのフローズンスモアをベポに差し出した。両手にスティックを持ったベポが嬉しそうに表情を輝かせる。

「あの島の名物かなにかか?」
「いえ、私は雑誌で見ただけです」

船長がスティックを指差しながら問いかけると、ルーシアは即座に首を横に振った。

「だから私も初めて食べます。船長や皆さんとおんなじです」

前のめりになってローの顔を見上げながら、ルーシアは満面の笑みを浮かべた。船長は特に表情を変えることなく、フローズンスモアを食べ終えるとワインを手にした。
ルーシアはそれでも満足そうな様子で躰を起こすと、笑顔のままマシュマロを小さくかじる。

ラムチョップを食べながら、シャチは何気なく問いかけた。

「そんなに嬉しいか?」
「はい。皆さんと一緒なのが嬉しいです」

まばらに落ちてくる雪の一片が、ルーシアの鼻の頭に乗る。溶けた後の水滴を指で拭ってから、彼女はまた空を見上げた。雪は少しずつ勢いを増しているようだ。

シャチが新しいラムチョップを掴み、ペンギンがアヒージョを味わったところで、ルーシアがくるりと彼らの方を向いた。船長が目線をあげた横で、ペポは二本のスティックを皿に戻している。

「今日は違いますけど、いつも皆さんとおそろいの服なのもすごく嬉しいんです。『仲間』って感じで」

そう言って照れたように笑ったあと、ルーシアは小さな声で続けた。

「こんな風に色んなところに来たり、色んなものを見たり出来ると思ってなかった」

今はすっかり普通、いや普通を通り越すほどに元気だから忘れていたが、こいつにも色々あったんだった──と、シャチとペンギンは少ししみじみとした気持ちになる。
スティックに残る最後のひと口を頬張ってから、ルーシアは船長とクルーを順番に見回した。

「初めての雪を船長と皆さんと見たこと、絶対忘れないです」

そして蕩けるような微笑みを浮かべると、照れたように頬を染めて俯いた。
全振りされた能力値の話も、あながち間違いではなかったかもしれない。そう考えてしまうくらいには、今のルーシアは魅力的だった。

「!?」

ペンギンが、肘でシャチの腕をつつく。振り向いたシャチに、ペンギンは目で船長の方を示した。

「!!」

船長が微かに笑っている。

シャチは思わず肘でペンギンをつつき返した。驚きのあまり挙動不審になった彼らは、そわそわとタンブラーを上げ下げしてしまう。

もちろん、船長の笑顔は今までに何度となく見てきた。だが、ルーシアに関わる事で表情を和らげるのを見たのは初めてだった。
彼らの動揺を知ってか知らずか、ルーシアがふっと顔をあげる。

「シャチさん、ペンギンさん」

彼らの顔をじっと見ていたルーシアは、満面の笑顔を浮かべながら、小さくガッツポーズを決めた。そのまま得意気な様子で言葉を続ける。

「今、私のこと可愛いなぁって思ってましたね!?やった。やっぱり私、全然いけてますよね!」

まったくもって本当に完膚なきまでに全然ダメだ、こいつは──さっきまでの自分を全否定したい気持ちで、シャチとペンギンは残りのワインをひと息にあけた。

「船長とベポちゃんも──」

シャチとペンギンははっとして、ローに視線を送る。さすがというべきなのか、船長は一瞬の間に表情を飲み込んでしまっていた。
タンブラーが触れている唇には既にさっきまでの笑みはなく、期待に満ちた眼差しを向けたルーシアはがっくりと肩を落とす。

ベポはもちろん最初から何の感銘を受けた様子もなく、ソーセージを食べ終えたところだった。

空いたタンブラーをテーブルに置き、船長は傍らの太刀を手に取った。

「そろそろ行くぞ」
「アイアイ、キャプテン」
「船長、私まだパンケーキ食べてないです」
「口に押し込め。入るだろ」

立ち上がったローの見下ろす視線に気圧されたのか、ルーシアは一瞬黙りこんだ。結局、歩き去っていく船長の背中に向かって、いつもの言葉を投げ掛ける。

「船長、もうそろそろ私にも優しくしてくれていいと思うんですよ!」

ルーシアは頬を膨らまして不満を表しつつも、パンケーキを口に入れてはワインで流し込んでいる。

船長は太刀を肩にかつぐように持ち、ベポを従えて、振り向きもせず港の方へ歩いてゆく。他のテーブルにいたクルーたちが、慌ててその後を追いかけ始めた。
勢いを増してきた雪が、彼らの背中をかき消し始めている。

「もう。さっきのやつ、会心の出来だと思ったのに!上手く出来てましたよね、私」

パンケーキを飲み込んで、彼らを見やるルーシアを、シャチとペンギンは複雑な思いで見つめ返した。
確かに上手く出来ていた、そしてあの時のルーシアの言葉が本気だった事も判っているが──何も答えられず、シャチとペンギンは船に戻るべく立ち上がる。

周囲の客たちが雪を避けようと、移動し始めた。折り畳み式の屋根を広げるべく、広場の周りで係が慌ただしく動き始めている。

シャチは、ルーシアの後ろを通りすがりざまに右肩を軽く叩いた。

「ルーシア、悪い事は言わねェ。一回ステータスポイントをリセットしろ」
「そうだな。そして半分『知力』か『精神力』に振りなおせ」

ペンギンはベンチを跨ぎ、ルーシアの左肩に手を置きながらそうアドバイスする。

彼女は、戸惑ったように両肩に置かれた手を交互に見ていたが、急にはっと身を震わせて立ち上がった。

「何ですか、シャチさんもペンギンさんも突然!私、そんなにバカじゃないですよ!!」
「いや、もっと根が深いよなぁ」
「ツメが甘い、ってのとも違うしなぁ」

ルーシアの後ろを通り過ぎながら、二人は船長が歩み去った方角に視線を向けた。

とりあえず、さっきの事は彼らだけの秘密だ。

《FIN》

2017.03.12
Others 2 番外編 - Enchantress -
Written by 宮叉 乃子

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