S×S【2】 | ナノ
海とワインの夜

次の島を目指している途中で、予定にない島を見つけちゃったらどうする?
しかも華やかな建物が目視できる上、食べ物や雑貨を扱うヒュッテも立ち並んでいる、そんな島だったら?

「ま、こうなるわよね」

ヒュッテの並ぶマーケットに向かって一目散に駆けてゆく──そんなルフィの背中を船縁から見送りながら、ナミが小さく息を吐いた。そしてちらりとログポースに目を落とす。
見つけた島に着港した瞬間、ルフィはウキウキと船を飛び降りてヒュッテに向かっていってしまった。

港から見えるマーケットの向こうには、宵闇にそびえ立つきらびやかな建物。そこから放たれる煌めくライトの灯り。逆にヒュッテの方では、ちらほらと片付け始めている店舗も見受けられる。小さいのに随分と賑やかな島だ。

「あー!ルフィずりィぞ」
「おれたちも急ごう、チョッパー」
「1時間もかからず戻ってこれると思うわ。閉店前に情報を聞き出せるといいんだけど」

キッチンから出て来たのは、こちらもウキウキのチョッパーとウソップ。彼らに続いて現れたロビンは私達の前で立ち止まり、ニッコリ笑いながらナミに声をかけた。なのに次には眉を寄せ、心配そうな表情になってしまう。訳もなく不安な気持ちが増してきて、私は思わずロビンに声をかけた。

「どうしたの、ロビン?」
「その1時間でログが書き換えられたりはしないわよね?」
「ちょっと!不吉なこと言わないで」

ナミが心底ぞっとしたというように、両の手のひらで頬を挟む。
スリラーバーグを出てようやく魚人島に近づいたところなのに、ここで余計な寄り道をしたくない気持ちは良く判る。
しかも、いつも絶対にただでは終わらないんだから。

「ロビン、先に行くぞー」

タラップに足をかけながらウソップが叫ぶ。ロビンは軽く頷き返してから、そちらへと歩み寄ってゆく。「いってらっしゃい」と声をかけるナミの隣で、私は小さく手を振った。

「甘いやつあるかな?」
「ヨホホ。あの辺り甘いものがありそうです。若いお嬢さんたちが並んでますから」

ヒュッテを指差しながら、ブルックがチョッパーにそう説明する。リズミカルに躰を揺らすブルックのウキウキ感は、チョッパーたちとは違うところから沸いてきているらしい。

「おまたせ。じゃ、行きましょうか」

ロビンの言葉を合図に、四人はタラップをおりて行く。チョッパーとウソップが駆け降りて行ったのは、見なくても足音で判った。





穏やかな波が船腹に当たるたび、サニー号は小さく揺れる。
芝生の甲板でそのまま夜を楽しむには、秋島の冬は少し寒すぎた。フランキーが用意してくれたストーブを囲みながら、留守番組── ゾロ、ナミ、サンジ、フランキー、そして私──はワインの詮を抜いた。
来島記念だと着港時に渡されたものだ。普通は一隻に一本のはずなのに、ナミの交渉のおかげで人数と同じ十本が手に入った。何度見ても、あの手練手管には舌を巻く。

ゾロとフランキーは、ボトル一本分の中身をジョッキに勢いよく注ぎ入れている。私とナミは、サンジからグラスを受け取った。グラスの中には白いワインが満ちている。

「ありがと、サンジくん」
「サンジ、買い物には行かなくていいの?」

グラスに口をつけるナミを見つめていたサンジが、幸せそうな表情のまま私に視線を向けた。

「食材を扱う店は閉まってる時間だからな。明日覗きに行くよ」
「そっか、夜だもんね。食べるところはまだ開いてるとこあるみたいだけど」
「それよりルーシアちゃん、もしかして赤の方がよかったか?」

私が手にしているだけのグラスを見ながら、サンジはまだ封を切っていない赤ワインに手を伸ばそうとしている。小さく首を振ってから、私はグラスを口許に寄せた。

「飲むよー。どれ食べながら飲もうかなって」
「ルーシア、これすっごく美味しい」

ナミが差し出してくるお皿の上には三角形の小さな揚げ物。ひとつ摘んで口に放り込んでみる。カリッとした食感のあとに、熱いチーズとひき肉、そして香草の香りが舌の上に広がった。そこにワインをひと口──。

「美味しい!もう一個、やっぱり二個、んっと三個?」
「ルーシア、半分ずつね。サンジくん、ロビンが戻ってきたらまた作って」

はしゃぐナミと私を見つめてサンジは頷いた。そして嬉しそうに笑いながら煙草を取り出し、 滑らかな動作で一本をくわえる。
けれど次には手にしたライターを一度置き、サンジはナミのグラスにワインを注ぎ足した。

「サンジ、まだ飲んでないよね」

手付かずのままのサンジのグラスを見ながら、私はそう問いかけた。

「おれは先にこっちから」

タバコを指で摘んで、サンジがニッカリと笑う。その後ろでゾロとフランキーが新しいボトルを開けようとしているのが見えた。私は慌てて声をかける。

「ゾロ、オープナーこっちにあるよ」
「いるか?」
「いや」

問いかけるのと同時に、ゾロはフォークの持ち手でコルクを中に押し込み、フランキーの方は答えよりも早くコルクが抜ける軽やかな音を聞かせてくれた。
こちらを向いたフランキーはすごくいい笑顔。

「おれの躰はいろいろ便利なのよ」
「デタラメなだけでしょ。ロビンたちの分なんだから勝手に開けないで」
「ルフィとウソップとチョッパーなら、食い物さえあれば酒にはこだわらねェだろ」

ナミの容赦ないツッコミに被せるようにそう言うと、ゾロはボトルにそのまま口をつけて、喉を大きく鳴らした。フランキーもそれに倣う。
ナミが呆れたようにため息をつく横で、私はいつの間にかごっそりと減っているおつまみの皿を見回した。

「食べ物ももうなくない?」
「……飲むのはツマミを追加した後だな」

サンジは言いながら立ち上がると、キッチンに向かって歩き出す。階段を上る途中で、背中を僅かに曲げて煙草に火を付けているのが見えた。
後でゆっくり飲めるかな、と考えながら、私はサンジのグラスに綺麗な紙ナプキンで蓋をした。幸い、温度が上がりすぎる心配だけはしなくていい。

敷いたシートの上を滑るようにしてストーブの側ににじり寄りながら、私はワインをひと口飲んだ。ナミはさすがに準備よく、暖かそうなストールに包まっている。これ以上寒くなりそうなら、私も部屋に羽織るものを取りに行かないといけなくなりそうだ。

フランキーはいつもの海パン姿に革ジャンを羽織っただけで、プロシェットの巻いてあるグリッシーニをぽりぽりと食べてはワインをがぶ飲みしている。機械部分が多いなら寒さには弱そうなのに、ナミの言う通りデタラメな躰なのか、痩せ我慢なのか。
ゾロに至っては何を羽織るでもなく、ガツガツと皿の中身をかき込んでいる。筋肉が多いとこのくらいの寒さは平気なのかもしれない。もしかしたら脳まで筋肉だから何も感じないのかもしれないけど、スリラーバーグで大怪我をしたんだから、ちょっとは躰に気を使って欲しい。

かなり失礼な事も考えていた私の前で、皿を空にしたゾロが満足そうに息を吐いた。

「ゾロ、それ何だったの?」
「あ?……牡蠣じゃねェか」

今まで夢中で食べていたものなのに、ゾロは思い出すかのように間をあけた。私の頭の中で『脳筋』という言葉が派手に点滅しだす。振り払うように軽く頭を振ると、ゾロは怪訝そうな顔になった。

「あー……美味しかった?」
「アイツはアホだ」

キッチンの方を親指で示しながら、ゾロはきっぱりとそう言った。相槌に詰まる私をよそに彼はワインを飲み干し、満足そうに息を吐いてから言葉を続ける。

「が、不味いものを出した事はねェな」
「そうだね。私も食べたかった。頼んでみようかな、い……明日」

『今から』を飲み込んで、私は慌ててそう言い直した。サンジはまだひと口も飲んでないんだから、戻ってきたらゆっくりしてもらわなきゃいけない。そもそも晩御飯も済んでいる。美味しいものばかりが出て来るから、いつもついつい食べ過ぎてしまうのだ。
牡蠣は栄養があるって聞いた事があるから、ゾロが食べてしまうのが一番良かったんだと思う。私が自分を納得させるように頷くと、ゾロがまた不審気に顔をしかめた。

「ナミ。この前の荷物の中にダークラムがあったな?開けるぞ」
「いいわよ。私たちは飲まないから」

フランキーが立ち上がると、空になったボトルが芝生の上を転がった。言ってるのは、スリラーバークでいつの間にか積み込んであった食べ物の事だと思う。立ち上がりかけたゾロを片手で制すると、フランキーは「まあ、ひとりで持てんのよ」と歯を見せて笑った。

「ルーシア」

ナミがさっきの揚げ物の皿を差し出してくる。残ってるのは丁度『半分』みたい。
私がそれを受けとった時、タラップの方が騒がしくなった。

「ずいぶん早ェな」

新しいワインボトルに手をかけながらゾロが首を傾げた。確かに、まだ一時間も経ってない。私は揚げ物を慌てて口に押し込んで隠滅をはかった。ナミが笑う。

「おー、寒ィ」
「店、だいぶ閉まってた」

出かける時と同じように大きな足音を立てて、まずウソップとチョッパーが甲板に姿を現した。ウソップは、そのままストーブに駆け寄って手をあぶり始める。
チョッパーがゆっくりこっちへ近づいてくる後ろから、ロビンが優雅にタラップを上がってきた。ブルックのステッキがタラップを打つ、コツコツというリズミカルな音も近づいてくる。

「おかえり。何か美味しいものあった?」
「おう。閉まってる店が多かったから、明日また見に行かねェと」
「甘いものの店聞いてきた。ジュースねェのか?走ったから暑ィぞ」

手を擦り合わせているウソップと、肩で息をしながらペタリと座り込んだチョッパーが、それぞれ私の質問に答えてくれる。ナミが注いだジュースを幸せそうに飲みながら、チョッパーはちらりとゾロを見上げた。

「ゾロ、飲み過ぎはダメだぞ。大怪我だったんだから、ほんとは酒がダメなんだ」
「アルコール消毒ってやつだ」
「それ絶対違うからな」
「はい、お土産」

ナミにリーフレットを手渡し、ロビンはマフラーを外した。リーフレットを開くナミに近づいて、私も後ろから覗き込む。島の略図とマーケットの案内図、イベントや注意事項が書いてある。
ナミが見上げた先で、ロビンがニッコリと笑った。

「ここは浮島で磁力がないから、ログには影響がないみたい」
「良かった」

ナミもホッとした様に笑顔をみせる。ゆっくりと戻ってきたブルックは、長い足を折り曲げてしゃがみ込むと空のグラスにワインを注いだ。ひとつをロビンに手渡しながら、ゆっくりと首を横に振る。

「ところが、いい事ばかりでもないのです」
「そうね。あのダンスホールは海軍御用達。反対側にも港があって、そっちには頻繁に軍艦の出入りもあるらしいわ」

私とナミは思わずびくりと身を震わせながら、ロビンが指差したきらびやかな建物 に目を向ける。最初は華やかに見えて興味があったのに、今となっては誘蛾燈のような妖しさが漂っている気がするから不思議だ。
自分でジュースを注ぎはじめたウソップと、その前にグラスを差し出しているチョッパーは、知っていたからか驚いた様子はない。でも知らなかったはずのゾロが、特に驚いた様子がないところが癪に障る。

ナミが表情を引き締め、改めてロビンを振り仰いだ。

「今も?」
「昼までに全て出港して、今のところ入ってきた船はいないみたい。ただ、海軍本部も近いから騒ぎは起こさない方がいいわね」
「あと一日進んだくらいでレッド・ラインが見えてくるってよ」

海の向こうを指差しながらのウソップの言葉に、ゾロとナミと私はその方向へ視線を向けた。今までもいろんな事があって、これからもきっと沢山の大変な事が起こる。でもまた皆で越えて行く。そこまで考えたところで、肝心の船長の姿がまだ見えない事に気がついた。

「ねぇ、ルフィは?」
「おれたちが戻る時、まだたくさん肉買ってた」
「食べたら戻ってくるはずよ」

ロビンの言葉に、ナミが微かに眉をひそめた。起きるはずのないトラブルを起こすのがルフィだし、海軍本部との距離も近づいているから心配なんだと思う。
船縁から覗いてみようかな、と考えた時、キッチンの扉が開いた。食べ物を満載にしたトレイを左右の手に載せたサンジが、すごい勢いでこっちに走ってくる。

「おかえり、ロビンちゃん!レディたちのために、ワインにあうアペリティフをお持ちしました」

勢い余って芝生の上を滑りながらも、サンジは恭しい動きで私たちに見えるようトレイを差し出す。さっきと同じ揚げ物を見つけ、私はロビンを見上げながらお皿のひとつを指で何度も指し示した。

「ロビン、これすっごく美味しいの!」
「おれたちのは?」
「野郎どもはこっちだ」

見た目も綺麗な『レディ用』のおつまみと、とにかく量の『野郎用』のおつまみ。チョッパーたちが食べ物を美味しそうに掻き込むのを確認してから、サンジは私とロビンの間にしゃがみ込んだ。そして自分の傍らのシートを手で払い、その場所を示すように手のひらを上に向ける。サンジに微笑みを向けてから、ロビンはそこに腰を下ろした。

「どうだ、何か収穫あったか?」

そう言いながら戻ってきたフランキーが、ダークラムの樽とジュースのケースを置く。微かな地面の揺れでお皿の上のおつまみが震えた。
口いっぱいに食べ物を頬張ったウソップ、チョッパー、そしてブルックを見て、フランキーはひとつ頷くとシートにあぐらをかく。

「……ま、食い終わってから聞かせてくれ」

そう言って唐揚げを口に放り込んだフランキーの向こうでは、ゾロがウキウキとダークラムの樽を開けている。

ナミと私が絶賛した揚げ物を口にしたロビンが「美味しいわ」と言うと、サンジはまた嬉しそうに笑った。
手付かずだったワインのグラスを差し出すと、サンジは笑顔のまま手を伸ばしてくる。その時、メインマストに太いロープのようなものが巻き付いたかと思うと、次には夜空を裂くような勢いで人影が飛んできた。

「いやー食った食った」

マストに巻き付けた腕を解き、ルフィは私たちの方に視線を向けた。あまりの勢いに呆気に取られていた私たちをそのままぐるりと見回し、サンジを見つけると満面の笑みを浮かべる。

「サンジ、メシにしよう」

今度は皆で口をポカンと開けてしまった。ただロビンだけは涼し気な表情のままワインを飲んでいる。
ひと足早く立ち直ったサンジがルフィを指差し、心底呆れたという様子で口を開いた。

「いや。晩飯は済んでる上、今また山ほど食って来たんじゃねェのか」
「食ったら、またサンジのメシも食いたくなった」

ルフィは悪びれる様子もなくししっと笑い、チョッパーたちの側にしゃがむと手に食べ物を握り締めた。食べ負ける事を警戒してか『野郎用』の皿を囲む面々が色めき立つ。
食べ物の取り合いで一気に騒がしくなった男クルーを見て、サンジは呆れたような、ちょっと嬉しそうな複雑な表情で再び立ち上がった。

「しょうがねェ。冷えてきたし、明日用のポトフを出すか」

私は、渡せなかったワイングラスに再び紙ナプキンの蓋を乗せる。
キッチンへ戻ってゆくサンジを見ながら美味しい揚げ物に手を伸ばすと、ナミとロビンと指がぶつかった。

「ねぇ、ロビンが見て面白そうなところ、あった?」
「ヒュッテの先の街にインテリアショップがあるみたい。明日、ブックライトを見に行ってみない?」
「あ、ラグも探したいのよね」
「ナミ、さっきのリーフレット見せて」

ナミとロビンが船にあった方がいいものをあげていく横で、私は島の案内リーフレットを広げた。二人の趣味で選ぶ家具なら間違いはないので、私は口を出さないことにする。
小さな冊子には、美味しそうな食べ物や島の綺麗な風景が沢山掲載されていた。冬島だから、温かそうな食べ物と雪景色の写真が目に付く。

「マシュマロの中にアイスクリーム?……冬島なのにアイスクリーム?」

その中の一枚。綺麗な女の人2人が幸せそうに食べ物を頬張る写真、その傍らの文字を見ながら私は思わず唸るようにして呟いた。両手に食べ物を握りしめたチョッパーがウキウキとした声をあげる。

「おれ、明日それ絶対食うんだ」
「えー、寒くない?」
「ルーシアは寒いのか?おれは寒くねェぞ。それ、すげェ甘かったらいいんだけどな」

チョッパーが胸元の食べかすを払う。暖かそうな毛皮がふわふわ揺れた。
私は温かいものの方がありがたいけど、毛皮があるチョッパーには確かにちょうどいいのかもしれない。

「明日は雪になりそう」

空を見上げるナミの言葉に 、毛皮を持ち合わせていない私はちょっとげんなりしてしまう。ただ、つられて仰ぎ見た夜空に煌めく
星々を見ていると、なにもかも許せるような気持ちになった。今ならきっと雪の中でアイスクリームも食べられる。

「お待たせしました、レディたち。と、野郎ども」

しゃがみ込んだサンジはまず、ナミとロビンと私にポトフの器を手渡した。器から湯気と美味しそうな香りが立ちのぼってくる。
雪の中、チョッパーと並んでアイスクリームを食べる妄想はあっという間にかき消えてしまった。
やっぱり温かい食べ物が嬉しい。

「熱くて美味いぜ」
「肉!あふ、肉!熱」
「あち、あちっ」
「だから熱いっつったろ!」

口から迎えに行く勢いでポトフを飲んだルフィとウソップは、さっそく舌を火傷したらしい。飲み物で舌を冷やしたあと、懸命に器にフーフーと息を吹きかけている。
ゾロに器を手渡して貰うという一手間のおかげで、人獣型のチョッパーは火傷を免れている。息を吹きかけながら、スプーンでぐるぐるとポトフを掻き混ぜているチョッパーの向こうでは、フランキーが直接器に口をつけて中身を味わう。

「美味ェな」

チョッパーは羨ましそうにフランキーを見上げてから、スプーンですくったじゃがいもを一口で頬張った。

「うま、うまっ」
「骨身にしみる温かさです。私、身はないんですけど」

自分で言った言葉にヨホヨホと笑っているブルックとは対照的に、ゾロは無言のままポトフを貪っている。ルフィとウソップは、ポトフを飲むのと夜気で舌を冷やす動作を交互に繰り返していて慌ただしい。

騒がしい男クルーを横目に、ナミとロビンと私は静かにスプーンを口に運ぶ。

「美味しい」
「本当。すごく美味しい」
「あったまるー」

私たちの様子を眺めていたサンジは満足そうに船縁に躰を預け、ようやくタバコに火をつけた。私はその姿を見ながらゆっくりとポトフを食べる。
サニー号をゆっくりと揺らす波、寄せては返すその音。ナミとロビンの小さな笑い声、肉の大きさで揉め始めるルフィとウソップとチョッパー。口の周りをベトベトにしたブルック。早々に食べ終えて、本格的にダークラムに取り掛かるゾロとフランキー。

そして私は、一服し終えたサンジを手招きした。ウキウキと近づいてきたサンジに座るよう促してから、手付かずのワイングラスから紙ナプキンの蓋を外す。

「はい。これ、サンジの」

私はようやくワイングラスを渡すことが出来た。サンジは微笑んでお礼の言葉を口にする。その唇がワイングラスに触れるのを見届けると、なんだかやり遂げたような気持ちが沸き上がってきた。

ロビンがおつまみを手際よく取り分け、サンジの前に置いた。余っていたポトフの器をナミが手渡す。お礼を言いながらサンジは幸せそうに笑み崩れた。すぐ側で、美味い美味いといいながらルフィたちがまだたくさん残っているおつまみを頬張っている。みんなが笑うのを見ていると、私も楽しくてたまらなくなる。
明日も明後日もその先も、みんなと一緒にいて、どんな事がおこるのか楽しみだ。

「ルーシア、何か面白い事書いてありそう?」

ポトフを食べ終えて再びリーフレットを眺め始めた私に、ナミが声をかけてくる。

「うーん、食べ物の事が多いよ。魚介類全般、特に大きな貝が名物だって。あと殻の柔らかいカニの唐揚げとか、白身魚のフリットとか」

そこまで言ったところでルフィが反応した。

「いいな、でけェ貝か。五メートルの貝とか食ってみてェ」
「おい、ルフィ」
「五メートルか。まずはレディにカルパッチョ、野郎共にはガーリックをきかせたパスタだな」
「おー!うまほー!!」

ウソップがツッコミを入れる前に、サンジがルフィの言葉に乗る。行き所を無くした手をひらひらさせてから、ウソップはサラミの乗ったピザを口に押し込んだ。その肩をフランキーが慰めるように叩く。
ルフィは胸の高鳴り──というか食欲を止められない様子で 両のこぶしを胸の前で握りしめた。

「よし、明日はでけェ貝捕まえよう!」
「おー!!」
「サンジさん。酒蒸しも良いんじゃないでしょうか」
「お、いいなブルック」
「ん?酒?」

ゾロが急に顔を上げ、

「おい、ルフィ。カニにしろ。蟹味噌で酒が飲みてェ」
「そりゃいい、熱燗でクッとな」

フランキーが口許でおちょこを干す動作を見せ、それにゾロが深く頷く。ルフィが首を巡らしこっちを向いた。

「ルーシア、でけェカニもいるのか?」

並んだシェフの一人が両手に一匹ずつカニを持ち、もう一人が大きな二枚貝を両手で抱えている写真を見ながら、私は首を横に振った。

「じゃあ貝だな。でけェやつが食いてェ」
「ルフィ待って。貝も五メートルはないと思う」
「探せばいいじゃねェか」
「じゃあ五メートルのカニもいるだろ。カニにしろ、ルフィ」
「いっそどっちも見つけるのはどうだ?探知機ならすぐ作れるぞ」
「五メートルのカニなら左は酢味噌……右脚はさっと焼いてレモン汁だな」
「あの、写真はどっちも人が普通に持てるくらいのだよ……」

話がどんどん大きくなる事に焦っている私の腕を、チョッパーが蹄で軽くつついてきた。

「なぁルーシア、カニの五メートルって足まで計るのか?アラバスタの『ハサミ』みたいなやつかな?」
「えっ、アラバスタのなに?ロビンわかる?」
「どっちにしても人の躰くらい二つに切れそうよね」
「だからいつも想像がコエーんだって」
「ちょっと!海軍の出入りがあるんだから騒ぎになりそうな事はダメよ!」

ナミの一喝に、サンジとブルックを除く男クルーが軽く不満の声を漏らす。その瞬間、サンジがすかさずナミの加勢に入った。

「野郎ども、ナミさんがこうおっしゃってるからには諦めろ」
「えー、食いてェじゃねぇか」
「海軍を蹴散らして食う蟹味噌か。美味さが増しそうだ」
「だから蹴散らすなって言ってるのよ!」

港に響き渡りそうなくらい騒がしいけど大丈夫かな──少し不安になりながら私は島に目を向け、煌々とした照明に照らされている不夜城、閉店作業の進むヒュッテの群を見る。
それから賑やかな甲板をもう一度見回した。

「ルフィさん。大きな魚貝は、魚人島で探す方が見つかりそうです」
「そうよ!もうすぐなんだから魚人島まで我慢して、ルフィ」

ブルックとナミの言葉にルフィが唇を尖らせる。これは絶対納得してない顔だ。その様子を見つめながら、私は残っていたワインを一息に飲み干した。

──明日は楽しみだけど、なんだかちょっとだけ不安だ。

《FIN》

2017.03.12
- 海とワインの夜 -
Written by 宮叉 乃子
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