黒と白を帯びている倭人の目を、僕は疎ましく感じた事がある




其の壱

それならば?お前は誰なのだと。中華人民共和国の子なのか、アイヌの子なのか、と。
違う。我が一度見た所、お前は蒼碧の色を咀嚼していた。穢れ無き瞳。だが紛れもない、異国の血を証明せざるものであった。混血児。混一された稚児。
我々を忌むその子は幼き身ながらも親を亡くしたそうだった。米と味噌を盗み、鼠のような、見るに忍びない姿であった。ある朝は、寝ていた所を役人に捕まえられていたが、御慈悲を、御慈悲をと、むせび泣き叫ぶ姿を人々に多々目撃されていた。役人は人望厚き男だった。狭き心は勿論持ち合わせておらず、その場は逃がしてやったそうだ。その腰に刺さる刃を子に向ける事とは、亡き母を冒涜したようだ、と役人は後に語っている。
我はその役人も決して賢い頭脳ではないと考えていたが、所謂馬鹿という、下人のような頭の価値が低い奴なのだと感じとった。盗人とは罪人なのである。赦す事とは馬鹿の為す事だ。非情も重要な情の一つなのだから。だが、まあ子も役人も我には一切関係が無い。我は早々と記憶を消去するよう努めた。


弐、

我が異国の子を見るのは、今が二度目だ。我は今日、知人である焼き物売りの者へと迎って、先程用事を済ませた。その様子を子に見られ、近寄ってきたのである。我に金をせがむその様子は、無様で滑稽な姿である。我は並々ならぬ怠慢な金と言えども、確かにその懐に持っていのだ。あの若僧の役人にせがめ、と目で訴えたが、それは意味を為さなかった。
間近では初に見た。泥にまみれ、垢が付着している体であろうと、子そのものは噂に聞いた通りの和とかけ離れた顔立ちで、とても美しい風貌であった。ふと、子を我が勤めている主人に売れば、かなりの金に変わるかもしれないと思った。
子に親は居らず、身寄りすらも存ぜず、かなり侘びしく生活をしている。我は子に懇願しようと考えた。
子も常によからぬ目をしていたので、事情を上手く説明せずともあっさりと引き受けてくれた。競り合いも何も求めてはいないものの、張り合いが無くつまらないと思ったのは正直存じた。世の中、金の食い合いなのである。お互いに必死に金に食い食われ、散らさなければならぬ生き方をせざるを得ない。所詮、我も子と変わらぬ鼠なのである。

主人より先に唾を付けてから主人を受け入れれるよう体を造ろうと考えた我は、子を我の寝床に招き入れた。さすれば子は、最初から状況を理解していたような顔付きで、我を見ていた。
徐に衣服を脱衣させようとすれば、ふと子は、初ではない、と答えた。ならば慣れてはいるのか、と問えば首を横にした。



参、

満足感を得る事はなかった。我が満足をしてもしなくても特に何も無いのだが、巧妙に気持ちが入らなかった。とっさに我は隣に横たわる子に問うた。これをどう思うたか、気持ちはどうだったか。子も我と同じだった。我と子が不能どうこう言っているつもりはない。否、不能ではない。だが確かに行為は終えた筈である。この居場所の無い情は、子にも我にも理解出来なかった。



泗、

主人に子を差し出した。
最後に交わした言葉と言えば、――子よ、この世の中に生まれ存じた事を恥じ入るな。という、偶々読み耽った書物から抜き取った文章を自らの言葉のごとく口へと転がせただけのものであった。口にしたと同時に情けなく思ったが、子はそんな我の何かを感じとったかのように唯、うん。と一言。まるで悟りを拓いた坊主のごとく、子の顔付きが変化していった。



伍、

突如逃げ出した子は我が主人に首をはねられた。否、殺された。
逃げ出した理由と言えば、食事と睡眠は与えられても、自由の無い生活に子は苦しんでいた、と耳にした。
我は偶々主人に用事があり、久しく顔を見ていなかった子と会わせてもらえないか問うた所だった。だが、返ってきたのは悪い返事であり、主人は皮肉な事に子が我に会う事を拒ませていた。
子が我の所へ戻るのかもしれないと、自身の下から離れるのではないかと、我自ら差し出した者であろうと、主人は恐れていたのだ。
主人の刀が子の首もとに向け振り落とす瞬間――それは我の目と鼻の先の事である。その光景は子の“最期”だと、瞬時に把握できた。

転がった首の、我を見るその瞳は死してなお、変わらず蒼碧の色を輝かせていた。我は我を責めているような感情に覆われ、吐き気を催した。否、その場で嘔吐した。
我の瞳は黒と白色なのだ。子の気持ちは我に分かる筈もなく、我も分かりたくない。



六、

赤い水面に我が映る。涙が溢れ出て、水面へと落下していった。止まらなかった。子を失った事が悲しくて涙しているわけではない。
その赤い水面の背景は群青色の空をも映す。見上げればとても美しい夜空だった。街を明るく照らす星々。いつ何時も星は人々の願いを届けまいと落下してゆく。そうして馬鹿は夢を見るのだ。



七――

一度も呼ぶ事の無かった子の名と、最期まで我を見る瞳の色を、今幾年月経っても、我はきっと生涯忘れることが出来ない。









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