嘘じゃない。本当よ、気付いてはいたの。ただどうしようもなく不思議な感覚にぬるま湯のように浸かっていて、わたしは真実を見たくなかった。形に出来ない現状にわたしは自惚れていただけで、煙たい追憶がわたしを囲んでいた。ごめんなさい。気付いていました、わたし。あなたの、こと。




どれだけ鼻を噛めばこのくしゃみは止まってくれるの。むずむず、むずむず。風邪を引いているわけでも無い。羽毛のベッドから降りて大きな鏡が置いてある部屋へと向かった。途中廊下でザクロっぽい髭が生えた印象的なおとこのひとを見かけた。おいブルーベル、裸で彷徨くな。野性的で煩い男だ。説明はそれだけで十分。早足に切り替えて大股で歩いた。途中足の爪に塗りたくった汚い紅色が見えたけれど、やっぱり気にしない。
大きな鏡で自分の鼻を見た。

「にゅ‥やっぱり鼻が赤い。レディーには不似合いな顔だわ」

自慢の水色の髪がボサボサだ。ベッドで寝ていただけで、こんなにも変わるものかしら。おまけに体に痣や傷が沢山あって、まぶたがうまく開いてくれない。うん?何だかわたしの体、汚れている?


自惚れるな。
自分だけが不幸だと嘆くな。
僕を信じるな。
君の天使でも悪魔でも導く者でもないことを心に留めろ。
世界を模索し続けろ。
死ぬことを諦めて生きることを諦めるな。

決して、諦めるな。






そうだ。

「びゃ‥く、らん‥‥‥」



トン。
一本の指らしき冷たいものが私の髪を掻き分けて首にたどり着いた。いる。気配も無く誰かがわたしの後ろに立っている。寒気がした。悪寒がした。白く暗い世界に一人放り込まれた気持ちになった。こわくはない。だけど小刻みに震えている体、わたし、どうして。
そのままツー‥と背骨をなぞられた。ああ、ああそうだ。わたしは、この人をよく知っている。この指一本でさえも。

白く冷たい手がわたしの赤い首を触った。

110330

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