「君は君のもので誰のものでもない、ましてや僕のものでもないんだ。わかるかい、ベル」

爽やかな秋風が身にしみる。命懸けの任務が終わり、僕は部屋で一休みし、窓を開けて風が通るようにして有意義に僕の大好きな紅茶を悠々と飲んでいた。この僕がこんなに不用心になったのは度々僕の部屋に遊びにくるベルのおかげ、いやベルせいかもしれない。あの言葉を最後にベルとずっと会っていない。いやそうではなく、避けられている気がする。任務の時だってそうだ。ベルの心情なんて僕が口出していいことではないが、極少数の同じ幹部として口を聞かない仲というのはちょっとどうかと思う。あ、レヴィとモスカは例外として。

先月、ベルが僕に告白という名の彼の想いを聴かされた。それは本当に突然の事で、普段ポーカーフェイスな僕だがそれはとてつもなく驚いた顔をしていたことだと思う。ベルと初めて出会ったのはベルが隊に入ってきた時で、(赤ん坊の僕が言える事ではないが、)凄く幼かった事を覚えてる。それから十数年の月日が立った。そのすっかり大人びた彼が、僕を女として見ていた事は今までずっと知らずにいた。僕は、ある日をキッカケに元の大人の姿へと戻った。(完全に呪いが解けたわけではないと思う、きっと短命なのであろう。)僕が思うにそこから多分、女としての僕の姿が彼の心を動かしていたのかと推理する。その彼が、まさか僕に告白だなんて。その台詞というのが、
俺はずっとお前のもんで、お前はずっと俺のもんだから
と、その後に好きだと言われた。全く自己中心的な台詞である。確かに他の奴らよりも彼とは永く一緒に居たが、だからといってその様に思われるのは心外だ。

ふと、手に持ったカップの紅茶の香りが僕の鼻をつん、と刺激した。正確には、紅茶の香りではなく、隣のベルの部屋からの匂いだった。嗅いだ事のない匂いに少し疑問を持ち僕は考える。いくら半月とはいえ今僕は避けられている状態にある。何をしているの、と尋ねてみるにしても、幾分物足りない気がする。ひとつ、話すキッカケになるとしたらやはり彼の告白の後の僕の台詞だろう。自分としては避けられる原因が分かっているので、謝る事はもちろん出来る。話しかけてみようかと迷うには時間がかからなかった。
ひょい、と自分の部屋のベランダから隣のベルの部屋へと移動する。先程よりも匂いの刺激が増して鼻が痛くなりそうだった。

「‥ベル?」

体の背中から下部分はソファーに隠れてよく見えなかったが、くるり、とこちらを向いた顔のあどけなさに僕は思わず可愛いと思ってしまった。この異臭と久しぶりの会話に彼は僕の質問に返事をしてくれるか不安ではあったが、いつまでもこの関係を続ける事は僕個人として正直キツい。ふと、彼の表情からは負のオーラがひしひしと感じられ、質問せざるを負えない状況に陥る。

「‥何してんのさ」
「別に、なんも‥?」
「何もないわけないだろ、この異臭。僕の部屋にまで届いていたよ」
「‥っ!ワ、ワリーな‥」

焦る彼は何らか隠している事はバレバレだったが、追求するのには何故か申し訳ない気がした。久しぶりの彼との会話がこんなにも愛おしく感じた僕は変なのだろうか。

器用に会話をしながらベルに近づき、ベルの足下に液体が入った薬品がいくつも転がっているのが視界に入る。異臭の原因はこれか。
僕は目についたベルの脚に驚きの念を隠せる事は難しいと瞬時に推測する。それはとても酷い傷で、何ヶ所も何ヶ所も紫斑があり、包帯は巻いてあっても微かに肉が見えている血だらけの両脚がそこにあった。この時ばかりは彼の痛覚を麻痺してくれと切実に願う。

「どうしたの‥っ、ちゃんと救護室には行ったのかい!?」
「‥覚えてないんだけど、俺が看護師さん切っちゃって」

まあ、いつものことだよな、と彼は軽く笑う。幹部にまでなれば怪我する事など殆ど無いに等しいというのに。相手は誰だ、と色々脳内で試行錯誤していた僕は思わず彼の右脚を忘れかけていた。

「一応応急手当ては自分でしたんだぜ」

何処がどう応急処置をしているのか理解しにくい無責任な発言に怒りさえ込み上げてきた僕は瞬時にスクアーロを呼び出し医者に看て貰う様に頼む。勿論ベルが意識を失わない様、彼も治療中居る事も頼んだ。他の隊員(幹部以外)も知らなかったのは今後のヴァリアーの将来に関わるのではないか、スクアーロやルッスーリアは何故彼を放っていたのだろう、と治療中のベルを待ちながら僕は空想に耽っていた。




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数時間に渡った優良な医者の治療のおかげでベルの両脚は、完治とは至るまでも、少しだが自分で動かせる様になる。

「どうして、言ってくれなかったのさ」
「ほら、俺って血ィ見たら記憶無くなんじゃん」
「‥え」
「‥もしかして、それでずっと‥、僕を避けてたのかい?」
「?、そうだけど」
「‥っ」

胸が切なくなる。何日間も自分の為に、彼が気を遣い僕を遠ざけてくれていた。辛いのは彼も熟知しているだろうに。何故だか僕の涙腺は少し緩み始めていて、今にも涙がこぼれ落ちそうになった。

「だから、もし俺のせいでマーモンが怪我でもしたら、俺‥ショックで死にそう」
「‥ていうか、マーモンが死んだら俺も後から一緒に死ぬ。絶対」

彼の言葉は、するり、とまるで暖かい風が通り過ぎたかのようだった。一番言って欲しかった言葉を、ぴたりと一言一句漏らさず言ってくれた気がした。いや、結局は言って欲しかったのだ。僕でも死は恐怖するのだから。しし、と笑う彼を見て、久しぶりに話す緊張感は疾うにほぐれていて、安堵の胸をなでおろす。ただただ、彼が僕を想ってくれているという事だけが頭の中に広がっていて。
ぽたり、と、自分の人生で一度も記憶した事のない透明の滴が、重力に従って僕の頬を伝い、流れ落ちる。何故だろう、雨でも降ってきたのだろうか。と、頭上には灰色の天井があるだけで、雲など存在するわけがないという事は勿論解りきってはいるのだ。ただこの現状に理由を付けたくて、僕とした事が、冷静に頭の中を整理出来ない。
一度は例の呪いで将来死を覚悟した僕だけど、一人では死にたくはない。どうせ死に逝く命なのだから、出来たら彼と一緒に生きて、そして一緒に死にたい。恐らく短命であろう僕の我が儘を、君はきっと泣きながら叶えてくれるのだろうね。


101024

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