A sweet battlefield | ナノ




 喧嘩しても一緒のベッドで眠る。
 二人の間で、それはいつしか暗黙の了解になっていた。
 


 暗い部屋。光源といえば、ブラインドの隙間から射す僅かな月明かりだけ。
 キングサイズのベッドの端と端で、二人はお互いに背を向けて横になっていた。
 臨也が購入したベッドは大の男二人が寝ても十分余裕があるものだったので、こうすれば、もうお互いの身体が触れることもなかった。
 正直、静雄はもう少し狭いものでもいいと思っていたのだが、臨也が『やっぱり大きいのに越したことはないでしょ?』と言うので、ここの家主である男の意見に従ったのだ。
 それに、どうして狭いものでも良いのか、もっと突っ込まれて聞かれるのは避けたかった。
 なぜか? それは、察してくれ、と言うよりない。
 一つヒントを与えるならば、その理由を聞いたら、今静雄と同じベッドで寝ている男はたちまち上機嫌になって、もう彼の口癖のようになっているお決まりの台詞『シズちゃん、可愛い!』が飛び出すことであろう。



 それにしても、気まずい。
 静雄は先程から眠ろうと努力はしているのだが、眠気なんてさっぱりやってきそうになかった。それどころか、どんどん目が冴えてきた気がする。
 ため息でも吐きたい気分だが、この妙な緊張感を持った空間の中では、それも躊躇ってしまう。もちろん、身じろぎするのなんて以ての外だ。
 内心深い息を吐き、軽く項垂れる。
 それから、背後の喧嘩相手の様子を探ろうと耳を澄ましてみた。
 どうなのだろう。呼吸は安定しているように思えるが、だからといってもう寝てしまったのだろうか。
 
 (つうか、さっきから全然動いてねえよなぁ……?)
 
 しかし、聴覚だけを頼りにするのも早計だと、少し頭を後ろに向けて横目で注意深く観察してみる。
 もはや静雄の脳内では、ここは戦場で、さしずめ平和島静雄と折原臨也は静かな森に潜む敵兵同士のようなものだった。
 極々小さな明かりの中でも、大分前から静雄は目を開けっぱなしにしていたので、闇にも慣れてきて、大体なら物を把握できるようになっていた。その中で、彼は慎重に戦局を判断する。
 さて、やはりどうやら敵に動きは見られない。
 頭を捻りつつも、静雄は恐らく臨也は寝てしまったのだろうと結論付けた。
 喧嘩相手が寝てしまったのならば、この変な空気もちょっとはマシになるだろう。
 そう思い、ほっとしたのも束の間、今度はあの緊張感の中無神経にもさっさと寝てしまった男に段々腹が立ってきた。
 
 (んだよ、良く眠れるよな……ったく、ノミ蟲はお気楽なもんだよな!――ノミだから人間様の生活に疲れちまったのか?)  
 などと、些か失礼なことを考えながら、もう寝てしまった相手に気遣うこともあるまいと思い切り寝返りを打ってやった。
 ふう。ようやく一息吐けた静雄は、張りつめた神経や頭を労わるように二、三度瞬きを繰り返す。
 そして、寝返りを打ったおかげで否が応でも目に入る無神経男の姿。
 その姿にまた怒りの感情が蘇ってきたが、すでに眠ってしまった相手に一人で苛々してるのも馬鹿馬鹿しい。
 ため息を吐くと、先程までのピリピリした雰囲気はどこへやら、なんだか間の抜けた気分になってしまった。 
 この闇の中でも、一際黒い臨也の後頭部。それをなんとなくぼんやりと眺めながら、思う。
 
 (なんであんなつまんねー喧嘩でこんなことになっちまったんだか……)
 
 原因は、至極くだらないことだったと思う。それについカッとなってしまった静雄に、いつもならまともに取り合わない臨也も今日は虫の居所が悪かったのか、意地悪く言い返してきたものだから――結果、収拾がつかなくなりこの有様だ。
 
 (はぁ、どうしたもんか……。それより、コイツ本当に寝ちまったのかよ?)
 
 思わず、頭で考えるより先に手が臨也に伸びる。その手がもう少しで臨也の肩にかかろうとしたとき。

「……もう寝ちゃった?」
「〜〜ッ!」
 
 (び、びっくりした……ッ!)
 
 寸でのところで上げそうになった悲鳴を、無理やり喉の奥に押し込めた静雄。同時に、伸ばしていた手も慌てて引っ込める。
 
 (くそっ、ノミ蟲の野郎〜! 狸寝入りかよ!?)
 
 もう寝たのだろうと自分が勝手に判断したくせに、驚いた腹いせにか八つ当たりのような怒りを臨也にぶつけたくなった。

「シズちゃん……?」
 
 また独り言のように呟いた臨也が、動く気配。
 まずい。こちらを向かれては困る。静雄は決して焦らぬよう、でもなるべく急いで、できるだけ自然に元の位置に戻ろうとした。
 だが、ほんの少し遅かった。
 静雄が戻ろうとした瞬間、後ろを振り返った臨也とばっちり目が合ってしまう。

「………………」
「………………」
 
 お互い何の言葉を発することもできず、暫し顔を見合わせる。
 先に動いたのは、静雄の方だった。数回目を瞬かせた後、殊更ゆっくりと身体を反転させようとする。
 その思いがけない静雄の行動に、臨也は何もできず茫然としていたが、やがてその身体が反転しきろうかという頃。

「あ、待ってッ!」
 
 ようやく声を絞り出した臨也の手が静雄の身体に触れる。
 その手に反応を示しはしたが、そのまま静雄は臨也に背を向ける格好となった。
 臨也は少し逡巡した後、中途半端にかかっていた手をしっかりと静雄の胸に回し、そっと彼の身体を包み込む。

「……ごめんね、シズちゃん」
 
 抱き締め直すようにぎゅっと力を込めても、静雄は抵抗しなかった。
 そんな静雄に、なんだか何もかも許されたような気持ちになって、臨也は堪らなくなった。
 ほんのりと温かい静雄の身体。ベッドに入る直前まで喧嘩していたというのに、妙にその体温に安心してしまう。
 同時に、この温もりをこんな些細な喧嘩一つで失いたくないと強く思った。
 常日頃から思っているが、臨也はやはり静雄が好きなのだ。誰よりも。何よりも。
 ようやく手に入れたこの身体を手放す気など臨也にはさらさらなかった。
 だが、いつまで経っても静雄からうんともすんとも返答が得られないので、やはりまだ怒っているのかと不安になってくる。

「シズちゃん、まだ、怒ってる……?」
 
 恐る恐る臨也が尋ねると、少し間を置いた後、

「……怒ってねぇ」
 
 静かな声だった。

「……そっか。良かった。本当にごめんね」
 
 たぶん、静雄はもうそんなに怒ってない。声を聞いてそれは解った。だけど、まだ完全に安心できなくて臨也はまた謝罪の言葉を口にする。
 今度は、先程よりもっと間隔が開いた。それに、臨也がまた不安感に苛まれそうになった寸前。

「ッ、あ〜……の、な?」
 
 急に静雄が唸った。
 驚いて、反射的に静雄の身体から腕が離れそうになると、行かせないとばかりに静雄の手が臨也のそれに重なる。

「! シズちゃ――」
「このままでいろ」
「……うん」
 
 臨也が神妙に頷くと、静雄は暫しどう切り出したものか、口ごもる。

「――あのな、その……そんな謝んじゃねーよ……」
「えっ?」
「つーか、別に元々んな怒ってたわけじゃねーし……手前にそんな謝られっとむず痒いっつうか……」
 
 ゆっくりと、自分の気持ちを考え考え喋る。こうやって口に出して伝えるのは得意な方ではないけれど、それでも言いたい、言わなければならない想いがある。

「だからな、その……俺も、悪かった……ごめん……」
 
 段々小さくなる語尾。だけど、臨也にはちゃんと静雄の心が届いていた。

「ねえシズちゃん、こっち向いて?」
 
 自然、意識せずとも声音が柔らかくなってしまう。
 静雄はどうしようかちょっと考えた後、臨也の腕の中、ぎこちなく身体を反転させた。
 おずおずと臨也の顔を見ると、目を細めて静雄を見つめる男がそこにいた。
 途端に静雄は堪らなく恥ずかしくなった。かあっと顔が赤くなる。
 その余りに愛らしい表情に、臨也の口から思わず口癖の一部が零れ出た。

「ふふっ、かぁわいい」
「ばかか、誰が……ッ」
「もちろん、君のことだよ? 俺の可愛いシズちゃん?」
 
 内緒話を打ち明けるかのように、静雄の耳に向かって囁きかける臨也。少し弾んだ蕩けるようなテノール。
 その甘い響きに、静雄の顔がますます紅潮し、耳まで赤く染まる。
 桜色に色づいた頬に誘われ、臨也は、ちゅ、と頬にキスを落とす。

「っ、にすんだよ……」
「だぁって、めちゃくちゃ可愛いかったんだもん」 
 
 つん、と見た目に反して柔らかい頬を突っつく。

「馬鹿だろ、手前」
 
 ふい、と顔を背け、悪態を吐く静雄。だが、その声はちょっと上擦っている。
 もちろん、それに気がつかない臨也ではない。
 
 (ああもう! やっぱり、シズちゃん可愛いなぁ!)
 
 衝動のまま、静雄に口づける。何度も、何度も、唇を啄む。ちょっと厚めでふっくらとした感触が心地良い。つい夢中になっていると、視線を感じた。焼けるように熱を帯びている。
 ふと静雄を見下ろすと、その目が、訴えていた。
 こんなものじゃ足りない、と。
 静雄の素直な瞳に、クラクラする頭を抱えつつも、臨也は満足げに笑む。
 
 (りょーかい。俺のお姫様……?)
 
 その願ってもない訴えに応えるように、だんだん口づけを深くしていく。
 絡み合う二人の舌と、静雄の甘く掠れた喘ぎは、しばらく止みそうにない。
 まだ二人の仲直りは、始まったばかりなのだから。  



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