雨と空き教室 | ナノ
最終地点は、最後に使われたのはどれぐらいか見当もつかないくらい埃っぽい空き教室だった。
今日の追いかけっこは、ずいぶん長かったように思われる。
現に臨也と静雄の両方ともこの教室に入った瞬間から、身体に圧しかかる疲労感からだろうか、なんとなく停戦の雰囲気を漂わせていた。
静雄がふと窓の外を見ると、空は厚い灰色の雲に覆われ、そこから細かい雨が降ってきていた。
いつの間に振り出していたのだろう。
静雄は内心で舌を打つ。失敗した。今日は傘を持ってきていないのだ。
この後どうして帰ろうか思案していると、いつもはやけにうるさくてお喋りな男が、この教室に入ってきてから一言も言葉を発していないことに気がつく。しかし、だからといって、ここを出ていく様子も見られない。
そんな臨也に気まぐれに声をかけてみた。
「なあ、雨は好きか?」
「っ、驚いたね。どうしたのいきなり、そんなこと聞くなんて。というか、まさかシズちゃんの方から喋りかけてくるなんて思ってもみなかったよ」
「別に……ただの世間話だろ」
「ふーん……そうだねえ、好きか嫌いかと問われたら、別にどっちでもないね。でも普通、雨が好きだ、なんて言う人は少数派なんじゃない」
自分から話題を切り出したくせに、臨也の返答を聞いても静雄は返事すらしなかった。
そんな静雄に些か苛立ちを覚えたのは確かだが、こんなことは日常茶飯事のレベルだったし、今の臨也はこれぐらいのことで言い争う気分でもなかったのだ。
そこからは、二人、どちらとも口を開くこともなく、ただ静かに雨が降りつのる音を聞く。
一体、どれほどの時間が経過しただろう。
相変わらず、静雄は一言も喋らない。ただ一心に、降り続ける雨の行方を目で追っていた。
「ねえシズちゃん、帰らないの?」
「傘持ってねえ」
「ああ、そう」
「つうか、手前こそ帰んねーのかよ」
「――傘……忘れちゃったんだよ」
言い訳じみた台詞を零しながら、なんでこんなことを言ってしまったのかと即座に後悔した。なにしろ嘘なのだ。本当は置き傘をしてあるし、それどころか、折り畳み傘すら鞄の中に入っていた。
「へえ。じゃあ、しょうがねーな」
「そう、だね……」
臨也にしては珍しく歯切れの悪い言葉になってしまったが、静雄は気にも留めなかったようだ。
なんだか少し勝手にバツが悪くなり、続きの言葉を探す。
「雨、止まないね」
「そうだな」
「これじゃあ、いつまで経っても帰れないね」
「そうだな」
「シズちゃん、帰んないの」
「手前、もう呆けたか。さっき傘がねえっつっただろうが」
そうだ。そんなことは知っている。じゃあ、どうするの?とは、聞けなかった。
雨で湿っぽく埃まみれの教室の中、大っ嫌いなはずの静雄といるのに、なぜか彼と二人っきりの空間を、臨也は悪くないと感じてしまっていた。
静雄は、嫌いだ。大嫌いだ。こんなに嫌いになれるのは、彼しかいない。そう断言できるぐらいに。
だけど――雨は、嫌いじゃない……かもね。