けれど俺は、あの扉を潜って良かったのだろうか? いや、だって記されたビルの地下へやって来て以来、ただ黙っている仮面をつけた男たちは誰一人口を開こうとはしないし、栄二のことを尋ねても微動だにしなかった。だから八割方、仕方なくこの場にいる訳だが……だからと言って扉の内側に、栄二の手掛かりがあるのだろうか。
「っ!?」
ぶつぶつと考えに耽る俺の目の前に、いつのまにやら近づいていた男が一人、入るとき同様、右手を挙げてこちらを見ていた。物音一つ立てずにまるで置物のように存在している男に心臓が跳ね上がるが、俺は大袈裟に息を吐き、座って間もないというのにまた扉を潜る。とはいえ、今度は来た時の扉ではなく、人ひとり通るには些か小さな赤い扉だ。
正方形の部屋に反し、次の小部屋は小さなランプがちょこんと置かれただけの暗い部屋。真ん中に設置された小さなテーブルには、仮面をつけてはいないが、強面の男がこちらを見みながら座っていた。
「どうぞ、お掛けになってください」
「え? あ……はい、どう、も」
どうやらこの小部屋では話して良いらしい。仮面をつけた男が来た道を戻る姿を見届け、俺は促された椅子へ腰かけた。
「私は平形(ひらかた)と申します。主人があなたのひと月を買い求めまして、交渉へ参りました」
「は? ……あ、あぁ……えーと、申し訳ないのですが、実は俺、ここへは弟を探しに来たんです。三年前に失踪したはずの弟の写真が、なぜかこの倶楽部から届いたので、なにか情報を得られないかと思いまして」
「はい、存じ上げております。房枝栄二さまのことでしょう? 以前、主人は栄二さまを軟禁されておりましたので、私も栄二さまの事はよく覚えております」
「栄二をっ!?」
突然のことに思わず立ち上がる。そんな俺を強面の男、平形さんはくすりと微笑み、ゆっくりと頷いた。
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