「あははっ! なにそれ! なにそれー! トラちゃんウケる! マジ可愛いー!」
「はは、律儀すぎんだろ。つーか言ってやれ、逆に兄貴があそこにいて迷惑だろって。追い出せって言ってやれ」
「仁さん、なにさりげなくうちの妨害しようとしてんだよ」
ぽかんとする俺をよそに、三人はそれはそれは面白そうに笑っている。
間違ったことをしたのだろうか? でも身内が世話になってるときって、この挨拶が常識なんじゃ……?
口を開けたまま呆然としている俺の頭に、江藤先輩の筋張った手が乗った。
「こちらこそ、いつもお世話してます」
なんて、微笑みながら言われてしまえば理解した。
あぁ、そうか。別にいいんだ。挨拶とか常識とか、そんなの関係なくてもいいんだ。
だって、この人は今、受け入れてくれた。
「……」
「ん? どうした、急に顔赤くして」
「……江藤先輩、男前すぎる」
「そうか? 俺はお前のほうが男前だと思うけど」
なんだ、これ。無性に恥ずかしい、そのくせ嬉しくて嬉しくて、たまらない。
この人は寛大だとか、そんな二文字の言葉じゃ表現しきれないくらい広い。
個々それぞれの常識を尊重して、認めてくれる。受け入れてくれる。
それがどれほど他人にとって嬉しいことか、分かっているのだろうか。
「う、わ、わー、なんか……やばい、です」
「おーおー、照れてろ照れてろ。可愛いから飽きねぇし」
「可愛い!? それは間違った使い方だと思う!」
「間違ってねぇよ。俺の目が正しい」
引かない江藤先輩の言葉に笑えば、頭に乗った彼の手が無遠慮に撫でまわしてくる。
仁さんとは違う撫でかたに嬉しい発見をしたなんて感動しつつ、俺は確かに、この高校での先輩ができたことを感得した。
← →
しおりを挟む /
戻る