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*玲央side**


「語ればキリがないけれど、小虎くんの生活は本当に酷いものだった。唯一救いがあるとすれば、背中以外には外傷が残らなかったことだけど……そんなもの、本当は救いにもなりゃしない」

「……」

「君たちの叔父さんが小虎くんを発見したとき、彼は父親の死体の前でなにを食べていたと思う? 自分の胃液が沁み込んだ畳だ。嘔吐物じゃないっ、嘔吐するものさえ食べることもできずに、彼は……っ」

「……っ」


ついに目を瞑ってしまった。男の激情に触れ、言葉の真実に恐れ、ついに目を瞑ってしまった。


「理不尽な理由で殴られ、血を吐いたって許してもらうこともなく、気を失ったって延々と続く暴力の恐ろしさが君に分かるか? 体を放棄して、永遠にも似た苦痛から逃げる小虎くんの苦しみが、君に分かるのかっ!」

「……」

「小虎くんに暴力をふるっていた君が今さら兄貴面だなんて……本当に、笑えるよ」


俯くことだけは絶対にしたくない。
この男の言葉は切り捨てることのできない過去ではあっても、いくら否定されようとも、俺が頭を下げて許しを乞うのはただ一人。
けれど、そのたった一人すら見ることが恐ろしいなんて、本当に都合の良い罪悪感だと自分でも笑えてくる。


「……幼児退行した小虎くんが過ごしてきた日常を僕に打ち明け、僕をお兄ちゃんだと認識した彼はまた元に戻った。けれど、背中を人前に晒すとふたたび幼児退行したんだ。多分、一番傷の深い背中は小虎くんにとって最も恐怖が色濃く残っているのだろうね。
十六歳の小虎くんはね、そうなることを教えるとちゃんと理解したよ。なんだかひどく困った笑顔を浮かべて、迷惑かけてすみませんってね……」

「……」

「そんなこと、謝って欲しかったんじゃないだ……僕は、小虎くんにそんなことを言わせたかったんじゃない」


我慢しかできない弟。自分を犠牲にする弟。
据え付けられた恐怖心と精神操作の奥底で笑うクソッたれの声が聞こえてくる。

そんなクソッたれを睨みつけながら、小虎を殴っていたのはお前だと指をさす自分自身が、背中に貼りついている。




 


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