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「あ……」


その声につられるように前を見れば、やはりそこには以前会った、目の見えないあの女性がいたのである。
相変わらず手すりに捕まったまま、どこかへ向かおうとする彼女は近づいてきた看護師に笑いながら、でも少し困ったように謝罪の言葉を告げていた。

ふと、隣にいる志狼を見て、俺はギョッとした。


「し、志狼……大丈夫か?」

「……」


今にも倒れそうなほど顔は青白く、心なしか震えている肩が弱々しい。
なによりも、拒絶を訴えているような開ききった両目が、じっと食い入るようにあの女性を見つめていたのである。

夏だというのに暑さも忘れ、俺は少しだけ後ずさる。
ザリッという、靴底が擦れる音に気づいた志狼がこちらを見た。


「…………」

「…………」


お互い、なにも言えなかった。
かける言葉も見つからないし、陽気に笑う勇気もない。
ただ、この妙な空気だけは壊さなくてはと口を開いた瞬間――。


「君! 前も来てくれた子よね?」

「……え?」


女性を捕まえていた看護師が、俺のほうへ近寄ってきたのである。
軽快な足取りで俺のもとへたどり着いた看護師は、そのまま俺の手を取ると女性のほうへ歩き出す。


「梶原さん、ほら、このあいだ梶原さんが捕まえてたピチピチの若い子よ〜」

「あらマリちゃん、そんな言葉使うと歳に見られるわよ?」


余計なお世話ですー。マリちゃんと呼ばれた看護師は女性の前に来た俺の手を離し、相手してあげてちょうだいね、と耳打ちをすると、少し嬉しそうに向こうへ行ってしまった。
ふと志狼の姿を探せば、驚いたことにちゃんと後ろのほうにいた。


「あの、お久しぶりです」

「……この声、あら、えぇと……そういえば私たち、自己紹介もしてなかったわね」

「あ、小虎です。朝日向小虎と申します」

「そう、小虎くん……。私は梶原佐代子(かじわらさよこ)よ。お久しぶり、小虎くん」


ふわり。目元に寄るしわの温かみを見て、じんわりと染みるなにかに頬が緩む。




 


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