「最初、転校してきたときは見た目もあって、すぐイジメの的になってたけど、いくら殴っても蹴ってもうんともすんとも言わないから、みーんな飽きて次のやつに標的を変えた。
俺はさ、そんなトラのこと、最初は気持ち悪いって思ってたんだよね。
だってさぁ、殴っても蹴られてもなにも言わないんだよ? 反応しないんだよ?
だからさ、からかってやろーって、友達になろうって俺から声をかけた」
知らなかった雄樹の本心を聞いて、少なくとも衝撃を受けるが、それほど苦しくはない。
雄樹が指先でコップをつついた。
「でも、そうして一緒に過ごすうちに、いつのまにか俺の方が夢中になってたんだ。
絶対自分には喧嘩で勝てないって分かってるから、変に気を張ることもなかった。恰好つける必要もなかった。
そしたら、トラのいない日常が考えられなくなった」
「……」
「別にさ、なにかしてくれたわけじゃないんだよ。
ただ一緒にいて、話を聞いてくれて、アホなことする俺に突っ込みいれて、馬鹿だなぁって笑ってくれる。一緒になって馬鹿なこともしてくれる。
そんな普通なことしかしてないのに、俺はトラに夢中になった。
俺ねぇ、普通ってものからかけ離れてるって自分でも自覚してるから、普通ってもんがよく分かんないんだけどさ、でも、思うんだよね。
……多分この世で、人にしてあげる一番難しいことは、普通にしてあげることだって」
ふいに雄樹が俺を見る。
その真剣な眼差しに一瞬怯むが、にへっと力の入らない笑みを浮かべれば、呆れたような疲れたような、なんとも言えない笑顔を雄樹が浮かべた。
「でもさぁ、トラちゃんのこと知れば知るほど、普通じゃないって気づかされてくんだよね。
普段は喧嘩なんて絶対しませんって顔してるくせに、人のためには怒るし、あの玲央さん相手にちょっと格好悪い姿でも向かっていくし、本当、俺よりアホだと思う」
「うぐ……っ」
「だからトラちゃんも俺と一緒なんだなって、思った。普通であるトラちゃんも、普通じゃない俺も、みんな一緒なんだって」
「……雄樹」
へへっ。いつものような笑みを浮かべた雄樹に微笑み返せば、俺の心は単純だから一瞬で舞い上がる。
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