仁さんの一言により場がカシストからビルの外へ変わるが、ほとんどの人間が興味本位で外に出た。
俺もそわそわとしていれば、仁さんは「いざとなりゃ止めろ」なんて送り出してくれた。ごめんなさい、仁さん。
「さて、どうして欲しい? 言えよ、てめぇの望む通りの怪我負わせてやる」
「……じゃあ、アンタの腕を折って欲しい、かな?」
外に出ても二人の頭が冷えることはない。俺は怒りを宿した隆二さんに声をかけるが、彼は「危ないから」とだけ言って、その背に俺を隠すことしかしなかった。
握りつづけたタオルが、嫌になるほど白くて眩暈がする。
志狼の言葉を聞いた兄貴が、おもむろに笑った。
「右腕」
そしてそう呟いたかと思えば、一瞬で間合いを詰めて志狼に拳を向けたのである。
すかさず志狼がそれを避ければ、兄貴は避けられた手で志狼の後頭部を鷲掴み、なんの躊躇いもなく顔面に膝を入れやがった。志狼の口や鼻から血が飛び出て、地面を赤く染める。
どこかで女の子が叫んだ。それでも場が納まることはない。むしろ、より空気が弾んだ。
夏の暑さのせいではない汗が、じっとりとタオルを濡らす。
衝撃で動けない志狼の頭から手を離した兄貴は、地面に転がる志狼の背中を踏みつぶす。獰猛な獣の口角は、上がっている。
「おら、良い声で鳴けよ?」
「――っ!」
ニヤリとあくどい笑みを浮かべた獣は、獲物の右腕を掴む。そのまま無理に上へ引っ張れば――ゴキンッ! 当然、間接はいともたやすく外れてしまう。
ふと自分の手を見れば、情けないことに震えていた。
「――あっ、ぐ……っ!」
「あー? 聞こえねぇよ、おら、もっと出せんだろうがっ!」
「――かはっ!」
尋常じゃない。腕の方向が、尋常じゃない。違う、そうじゃない、腕もそうだけど、兄貴が……兄貴が、俺の知らない兄貴が……まともじゃない。
ヒュッと喉の奥で音がした。膝が笑って目が霞む。俺の知らない兄貴が、そこにはいた。
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