「なのにこうやって、俺の手を剥がそうとするみてぇに牙向けやがる」
「……え?」
そう呟いた兄の手が、俺の胸倉からそっと手を離した。その手は迷うことなく煙草を掴み、すぐ取り出して火をつけた。
「本当はてめぇだって俺に謝って欲しいんだろ?」
「そ、な……あたり、まえ」
兄を見上げたまま言葉を発せば、兄の目から怒りが嘘のように消えていった。
「その当たり前を、てめぇは今までしてこなかったんだろうが」
「……」
なにかがグッと心の奥を掴んできた。苦しいはずなのに、本当は痛いはずなのに、でもそれを止めて欲しいとは言えない。
言いたくないんだ。その痛みから解放されてしまえば、きっと俺は寂しいと泣いてしまう。どんなに愚かなことでも、寂しいと泣いてしまう。
求めるように兄を見つめれば、それ以上のなにかを秘めた目が俺を見つめ返した。
「だから俺はてめぇを殴った。そんなてめぇが嫌いだからな」
「……」
「言え。てめぇが思っていることを全部。俺に吐き出してぶつけろ。小出しになんかしてねぇでさっさと牙を向きだしてこい」
「……そ」
そんな、こと。
できないようにしたのは、お前だ。
我慢して堪えて、ことが終わることをひたすらに待つよう仕向けたのはお前だ。お前と親父だ。
だから俺は悔しくて、謝ってもらおうと必死に生きて。なのになんで、なんでアンタがそれを言うんだ。
言うんだよ。
「ふざっ、けんな……っ」
「ふざけてこんなことするほど、俺も暇じゃねぇよ」
「だったら! だったらてめぇが謝れよ! 俺にとやかく言ってないで謝れよ!」
いきり立った脳内が、思考を置き去りに命令を下してくる。
俺は兄の胸倉を掴みながら叫んだ。まるで情けない震えた声で、叫んだ。
ちっとも怯まない兄の顔にすら感情が湧きあがるが、それをどうにかしようとは今、思わない。
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