花環のワルツ | ナノ




及川徹という一人の人間の人生をグラフに表すとするならば、高校3年生の頃が数値の頂点に立つだろう。

恵まれた体格とセンス、筋力、ゲームメイクの能力、冷静さと柔軟な思考、加えてルックス。
強豪校のセッターとして、また県内でも指折りの選手として、徹は有名であったし尊敬されていた。

全国の舞台に立つことの出来なかった悔しさをバネに、卒業後もバレーボールを続けるつもりでいた。
幸い高校時代の功績を高く評価されいくつか推薦を貰っていたし、本人さえ望めば東京の大学でもう一度全国を目指すことも充分可能な所にいた。
しかし、一人また一人と進路を期にバレーを離れていくチームメイトを見て、無性に泣きたくなってしまったのだ。
これで終わりか、と。
濃密すぎる程濃かった及川徹の3年間と青葉城西の3年間は、こうもあっさりと幕を引くものなのか、と。


そう考えたとき、徹は自らの限界を悟った気がした。
才能の限界。持つ者と持たざる者の間には、天と地どころか太陽と海溝ぐらいの差がある。
徹は残念ながら後者であり、その道で生きていこうという幼い頃からの淡い目標は高校卒業と同時にあっさりと崩れ去った。
バレーのスポーツ推薦を断り自力で合格した大学は幼馴染みである岩泉も入学した学校だったが、競技バレーをやめた徹と岩泉の間にうっすらとした亀裂が入った。

阿吽の呼吸とまで称された唯一無二の親友は競技バレーを続け、一方徹は好きな時にゆるゆると練習するというのが目的のバレーサークルに入り、その基本理念に基づいたお気楽バレーを楽しんでいる。
後悔はしていない。
なんだかんだ言ってまだ続けているのだから競技自体を嫌いになった訳ではないが、やはり潮時だったのだろう。
あのまま続けてプロになれるのかと言われたらなれなかっただろうし、世の中には化け物と言われるような天才がゴロゴロいる。
己の引き際を心得、絞り出した徹の結論を誰が責めることができようか。


人間諦めが肝心だよ、と笑う徹が胸の内で血の涙を流していることには、誰も、気付かない。







埃を乗せた睫毛たち







「徹君って、なんでも出来てすごいね」


小学校2年生くらいの時、隣の席の女の子の代わりに折り紙をやってあげたら、そう言われたのを徹は今でも覚えている。
授業のプリントを解き終わるのはいつもクラスで一番だったし、運動会が近付けば必ずリレーのアンカーに選ばれた。
手先も器用で細かい作業も得意だったため、確かに満遍なくなんでもこなせる子供だったのだ。

そこに生まれ持った見た目が加わり、また柔らかい物腰は女子からの絶大な支持を得た。
能力のパラメーターを見ることが出来たなら、多分全ての項目がそこそこ取れている筈だ。
だから見る人が見れば徹も充分恵まれている側の人種である。
何かの一点特化型よりはバランスよく物事をこなせ、社会に出る分にはそちらの方が良いのは明白だ。

テレビを点けた時にたまたまあっていたバレーボールの大会を見て、徹は唐突にはまりこんだ。
りんごが木から落ちるように、花がいつかは朽ちるように、及川徹の生涯にバレーという競技が深く絡むのは必然とも思えた。
その衝撃は、今思えば恋に似ていたのだろう。
つまるところ一目惚れだったのだ。

以後10年近くに渡り、彼はバレーボールに魅せられ続ける事になる。





転機が訪れたのは徹が15才の頃だ。
現れた影山飛雄という名の天才に対して、徹はかつて無いほどの焦燥感を覚えた。
同年代の牛島に対するものとは違う、自らのポジションにも大きく関わる存在。仲間であるはずの影山をどうやったって好意的に見ることが出来ず、一時期は顔を見ることさえ嫌だった。

もっと、もっと、練習をしないと。
あいつが1時間ボールを触っているなら、俺はその2倍、3倍はプレーをしていないと、この天才はいつの日か必ず届かない場所に行く。
それは新入部員である影山のトスを初めて見たときからの予感で、瞬く間に確信に変わったものだった。


『オーバーワークだぞ!!』


岩泉の注意がなければ、今の自分はどうなっていたのだろうかと時々考える。

並の練習では到底敵うわけがないのだ、オーバーだろうとなんだろうと、無理をしてでも頑張らなければ差は広がるだけだ。
そんなことを当時は本気で考えていたし、その為なら体を痛めてしまってもしょうがないと心のどこかで納得していた。


『怪我したら元も子もねぇんだボケ!』


―――だって、勝たないと元も子もない。
自分の上げたトス、信頼できるチームメイトが打ったスパイクは気が付くと背後にあった。
『食われる』と、直感する程の威圧的なオーラと共に、重すぎるボールが自チームのコートに叩きつけられる。

前にも進めず、後ろからは追いかけられ、八方塞がりもいいところだ。
それでもバレーを楽しめたのは、青城というチームで最高の仲間とプレー出来たからだろう。
春の高校バレー、試合終了のホイッスルを聞いたその瞬間、今まで絶え間なく引っ張られ続けていた緊張の糸がブチンと切れた。
この手でトスを出しこのメンバーで全国に行きたかったという思いも勿論強く残ったが、それ以上に言葉に出来ない充足感に満たされた。
努力だけではどうにもならない事があると今一度知らしめられ他時、徹は今度こそ諦めた。


「―――才能なんてものが、なくなればいいのに」


傍観者のような口調の裏に秘められた思いは、きっと本人以外知ることは出来ないだろう。

誰に向けてか嘲るような笑いを残して、徹は「大嫌いだ」と嘯いた。


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