トトロじゃなくて | ナノ




半年付き合った彼氏に振られた。
私の誕生日にデートをドタキャンされて、更にその日知らない女の子と歩いているのを私の友達が見て、問い詰めたらあっさり切られた。
『ぶっちゃけ、あっちが本命だから』
別れよ、たった4文字の言葉で私の半年間の想いは葬り去られてしまい、その身勝手さに呆れて声も出なかった。
確かに初めの頃こそあった純粋な気持ちはとうに失せていて、潮時だったのかもしれない。
だけど泣いて泣いて泣いて現在のコンディションは清々しいまでに最悪だから、私はあいつのことが好きだったのだ。
少なくとも、涙が出てくるくらいには。




「おはよ、早いね……って、うお」


組んでいた腕に伏せていた顔を上げると、汗を軽くぬぐいながら教室に入ってきた及川と目があった。
朝練がかなり早く終わったらしく2番乗りでやって来たので、教室にはまだ私と及川しかいない。

昨日の夜泣きすぎて安眠なんてできる筈もなく、今朝は6時に目が覚めてしまったのだ。
腫れぼったい目を鏡の向こうに見ながら、あーこれで学校行くのやだなー、なんて考えてたら、いつの間にか教室にいた。時刻はまだ7時半をようやく回った程度で、思惑通り誰にも会わなかったのはいいものの、机に突っ伏して悲観に暮れていたというわけだ。


「……おはよう及川、今日もイケメンだね」

「え、何ありがとう。どうしたの?」

「…………女は辛いよ」

「会話のキャッチボールを切実に願おう」


ちゃー、ちゃらららー、と宙を見つめたまま寅さんのテーマソングを口ずさみ始めた私から、及川がぎょっとした様子で距離を取る。
起きてから幾分時間が経ったのでそこそこましにはなっているだろうけど、今の私の顔はゾンビみたいに違いない。
「まじで顔色悪いけど、大丈夫?体調悪いの?」と、後ずさったはずの及川が今度は近付いてきた。
心配そうに私を見て、それから私の隣の席に座る。違う人の席だけど、まあ誰も来てないからいっか。

頬杖をついて、訝しげな表情の及川を見る。
癖のある柔らかい髪の毛、大きな瞳、通った鼻筋に薄い唇とくれば、女子の皆さんがキャーキャー黄色い声を上げるのも頷ける整った顔立ちの完成だ。
こんだけ容姿に恵まれてんなら、さぞ人生楽しかろうに。
加えてバレー部のキャプテンで常に県の4強に入っていると聞くし、神様は人類への能力パラメーターの割り振りをサボったんじゃないだろうか。


「ほんとどうしたの?そんなに睨まれるような事したっけ俺」

「………ねー及川、私って魅力ないのかなあ」


はあ、と溜め息と共に出たのは卑屈な言葉だった。

可愛いげがない、女らしくない、振られた男に言われた事を思い出して落ち込むなんて、我ながら女々しすぎて嫌気が差してくる。
更に畳み掛けるように『これ、あんたの彼氏じゃない?』と友達に見せられた、あいつとバイト先の子とのツーショットが明瞭に浮かんできて、涙がじわりと込み上げてきた。
お互いの気持ちがお互いを指していないことなんて薄々感じていたのに、感じていたと思っていたのに。
零れそうになる涙を慌ててカーディガンの袖で拭うと、及川は黙ったまま席を立った。
そのまま教室から出ていくのを暗い視界の中で感じて、益々涙は止まらない。

彼氏に振られて傷心中の重たい女の相手は面倒くさいですかそうですか。

思考は雪だるま式にネガティブ度を増していき、私はもう一度顔を机に伏せた。
ちょっとしてから及川が戻ってきたのがわかったけど、顔は上げない。
名前を呼ばれたので仕方なく涙の溜まった目を及川に向ければ、目元にひんやりとしたものが当てられた。


「使ってないタオルだから、安心してよ」


恐る恐る手を当てると、確かにゴワゴワした感触はタオル生地だ。
水分を含んだそれは腫れた目に心地よくて、だからさっき教室から出ていったのか、とようやく合点がいく。


「……ありがと」

「どういたしまして。ああ、あとそれから、」


さっきひどい奴だと思ってごめん、と心の中で謝ると、及川が言葉を続けた。


「彼氏に振られたくらいで魅力ないなんて言わないでよ。俺もこの間振られちゃったけど、俺ってそんなに魅力ない?」


冗談めかした口調の及川の表情は、タオルに遮られたせいで見えない。
だけどきっと、あの女の子達に見せてるのとは違う悪戯っぽい笑顔を浮かべてるんだろうなと思って、私は首を横に振った。

ああ君は、なんてずるい人なんだろう。





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