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「犯人は、この中にいる!」


バタン、と大きな音を立てて勢いよく部室の扉を開けた葵に、赤葦を含めた梟谷学園バレー部の面々は一斉に顔を上げた。
部活を終え体育館の撤収も終わらせた夜、ぽかんと口を開いた彼らは当然の如く着替え中である。下半身パンツ一丁だった木葉は右手に持った制服のズボンを握りしめ、白いTシャツをまくりあげ今まさに脱いでいた赤葦もするすると元の位置に戻す。

部室を数秒の短い沈黙が満たしたあと、着替えの途中に突如乱入された男バレの部員達は、マフラーをぐるぐるに巻いて帰る支度も完璧なマネージャーに向かって眉をひそめた。


「「「「「「は?」」」」」」

「だーかーら、犯人はこの中にいるの!」


再度同じことを言った葵は、特に気にする様子もなく部室に足を踏み入れる。自身の格好に気付いた木葉が慌ててズボンを履くのを見ても、全くもって動じない。
壁に立て掛けてあったパイプ椅子を手に取り、葵が広げてその上に立った。必然的に赤葦達は見上げることになり、その全員が『またなんか言い始めた』とある種の諦めを持ち始める。


「なー河野、犯人って何の、」

「シャラップ木兎先輩。容疑者に質問の権利は与えていませんので」

「えっ、俺容疑者なの?!」


イエス、オフコース。一体どういうキャラクターのつもりなのかはわからないが、葵は深く首肯した。自分の顔を指差し目をぱちくりさせる木兎は上半身裸であるも、二人はお互い気にも止めていない。

そんな木兎を見て、赤葦達はようやく落ち着いて状況を確認できた。
よくよく考えれば、着替えを見られることなんて日常茶飯事じゃないか。体育館でユニフォームに着替えたり、真夏は毎日誰かしらが半裸だ。可愛らしい柄のパンツを履いていればマネージャーに笑われることもしばしある。
そう気付いた皆は落ち着きを取り戻し、何事もなかったかのように着替えを再開した。木葉は制服のズボンに履き替え、赤葦は一旦戻した服をもう一度脱ぐ。仁王立ちをしたままの葵はその様子を見下ろしながら、ふん、と息を吐いて唇を尖らせた。


「……で、今回は何をなくしたの」


明らかに聞いてほしそうな顔の葵に、周囲の連中から目配せされた赤葦が渋々尋ねる。葵がこうやって騒ぐのは割とよくあることで、事情を聞き出し丸く収めるのは毎回赤葦の役目だった。

前回は確かマフラーがないって騒いでたんだっけ、と記憶に新しい出来事を回想する。
あのときも結局は葵の鞄から見つかったし、また何かをなくしてしかすぐに見つかるパターンだろう。そんな緩い考えのもと聞いた赤葦に、葵はいつもと違う返事をした。


「違うの、今回は盗まれたの!」


ダン、と葵が椅子の上で地団駄を踏む。Pコートから覗く短いスカートを高い位置で翻されるとうっかり中が見えそうになるのだけど、冬の定番タイツによってしっかり防御されていた。


「あなたの心を?」

「猿杭先輩ふざけないでくださいよ」

「え、ごめん」


カッターシャツのボタンを止めながら軽い調子でかました猿杭に、葵から容赦のない言葉が飛ぶ。どうしてこの先輩は年下のマネージャーに睨まれているのだろうと思わなくはなかったが、赤葦はそっとスルーした。

盗まれた、とは。
訝しげに見上げた赤葦に気付き、葵は厳かな表情で話始しめる。


「そう、あれはつい2時間ほど前のこと……学校の近くにケーキ屋さんがありますよね。そこに売ったら即品切れの絶品プリンがあるの知ってますか?」

「まあ、噂なら」

「さすがこみやん先輩!そのプリンが発売されるのは第一月曜日って決まってるんですけど、ハイ木兎先輩今日は何曜日ですか?」

「ジャンプが発売されてっから月曜日!」

「ザッツライト!」


さっきからちょくちょく英語を挟んでくるのは、ルー大柴か誰かをリスペクトでもしているのだろうか。
一向に見えてこない話の主題に、痺れを切らした赤葦がカッターシャツを着ながら聞いた。


「で、そのプリンが何」

「だから、盗まれたんだってば」


葵の悔しそうな声を聞いて、赤葦は頭の中でやっと意味がわかったと頷く。ならば初めからそう説明してくれればいいものの、このマネージャーは着替え中の部室に乱入して来るような奴だ。まともな話は期待してはいけない。


「食べたんじゃなくて?」

「違います。私が少し席を離れていた間に、愛しのプリンは姿を消したんです」

「え、じゃあ部員の誰かが勝手に取ったって事か」


木葉の言葉に首を縦に振った葵は、もう一度ゆっくりと部員たちを見渡し、冒頭の台詞を高らかに言い放った。


「犯人は、この中にいる!」












バンビの刺繍












「しっかし……んなこと言われても、俺はまずそのプリンの存在すら知らないしな…」


ついに抵抗のなくなった面々は葵の前で堂々と着替えを続ける。頬を膨らませパイプ椅子を踏み台にしじっとこちらを睨む葵を見ながら、木葉が苦笑混じりに肩をすくめた。
小見と尾長以外はうんうんと同意したのを見て、葵が「ん?」と反応する。


「あれ、『絶品!地上に舞い降りた奇跡のプリン、プリンセスプリン』を知ってるの?」

「あ、はい」

「あー、そういやお前プリン好きだったな。濃厚なやつ」


納得したように言った小見の言葉に、一同が確かに、と頷いた。葵の甘党はもはやバレー部の常識だが、尾長のプリン好きもそれなりに知られている。
仲間を見つけて嬉しかったらしく、心なしか表情を明るくした葵はピッ、と尾長を指差し、


「犯人じゃないので、釈放!」

「エッ、そんな簡単に?!」

「プリン好きに悪い人はいないんですよ、木兎先輩」

「適当過ぎるでしょ」

「お黙りなさい。言っとくけど、京治も容疑者なんだからね」


容疑者が一人減った所で犯人に辿り着ける訳ではない。そろそろ学校を出ないとまずいんじゃないかと思いつつも、赤葦は諦め溜め息を吐いた。

葵に招かれ晴れて容疑を晴らした尾長は、困ったようにチラチラと赤葦の方を見る。


「まずは、アリバイの確認からね」


今日部活が始まってからついさっきまで、どこで何をしてたか、それを証明できる人はいるかを言ってください。

制服に着替え終わった赤葦は目線で先輩陣に『すみません』と謝り、それから面倒だと思いながらも口を開いた。


「普通にずっと部活してた」


「俺も!俺もずっと体育館にいた!」と木兎。
「右に同じく、証明してくれるのはここの全員」と木葉。
「右に同じく」と小見、猿杭、鷲尾。皆が口々に同意する。


「くっ……捜査は振り出しか…」

「いや、当たり前だろ」


顔を歪ませた葵に、赤葦の冷静な言葉が飛ぶ。むしろ部活が始まってから終わるまでの間に部活以外をしていたら、そっちの方が問題だ。


「そのプリンって、そんなに美味いのか?」


木兎の素朴な疑問に、葵と尾長が弾かれたように顔を上げた。


「「当たり前です!!!!」」

「お、おう」

「口どけはなめらか、なのに舌触りはどこかざらっとしていて、とにかく濃厚なんです!こだわり抜いた独自の鶏農家から新鮮な卵を取り寄せて、その日の卵の質に合わせ毎週作る量を変えてるんですよ。だからすぐに売り切れ!」

「更に何が美味しいって、甘さとほろ苦さが絶妙なバランスで共存したカラメル!あの世界中のプリンを食べてきたという伝説のプリンマニア、近藤栄助先生も唸った一品です!」


後に部員は語る。こんなに饒舌な尾長は後にも先にも見たことがなかった、と。


「え、えーと、そのコンドウなんちゃら先生ってのは、」

「近藤栄助先生!プリプリを生涯のプリンにすると公言した時は、全プリンファンが買い求めに走ったものです」

「プ、プリプリ…?」

「プリンセスプリンの略です!」


いつになく押しの強い尾長に、流石の木兎もたじろぐ。目で助けを求める主将を面倒くさそうに見た赤葦は、興奮する二人を宥めようと一歩前に出た。


「で、そのプリプリはわかったから、盗まれたっていうのはどういう状況で?」

「…プリプリは夕方発売だから、部活始まる前にダッシュで買いに行ったの。それで帰ってから食べようと思って鞄の上に置いてたら、さっきなくなってて……」

「ゆ、許せないッス!」

「うう……ありがとう……」

「他人のプリプリを奪うなんて、そいつは人間じゃありません。人の皮を被った悪魔です」

「わかってくれる人がいて嬉しいよ、面長くん!」

「尾長ッス!!」


葵と尾長がガッと手を取り合い、熱い握手を交わす。


「さーあ尾長くん、共に犯人を探そうじゃないか!」

「喜んで!」


また面倒な事になった、と赤葦含めたメンバーがげんなりした顔になった時、鷲尾がぽつりと呟いた。


「……そのプリンなら、確かさっきマネージャーが食ってたぞ」


部室を沈黙が包み込む。一秒、二秒、皆の脳内には大食いで有名なマネージャーが美味しそうにプリンを頬張る様子がありありと映し出され、一同からは「…あー」という呆れとも諦めともつかぬ声が洩れた。

米を炊けば山盛り三杯、ラーメンを頼めば大盛りに替え玉、焼き肉に行けば三人前はぺろりと食べる。加えて葵と肩を並べる程の甘党だ。
大方鞄の上に置いてあったプリンが何かの弾みで落ちるか、はたまた落ちていたのを誰かが移動したのだろう。言われてみれば彼女なら、誰のものかわからないプリンを我欲に任せて食べてもおかしくない。


「……事件解決、ですね」


赤葦の声に葵も力なく頷き、梟谷学園バレー部を騒がせたプリン事件は、同じマネージャーの犯行ということで落ち着いた。
後日二人でプリンを買いに行ったとか行かなかったとか。



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しいなぎ様、リクエストありがとうございました。

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