一昨年の誕生日プレゼントは牛乳で溶かして飲むチョコレート味の魔法の粉と、おやつにぼし3袋。
去年の誕生日プレゼントはクラスメイトが皆一人一本ぐんぐんヨーグルトを買ってくれて、仲のいい友達に連れられて乳絞り体験をしてきた。
そして今年、死んだ魚もびっくりなほど濁った目で待つ私が貰ったのは、巷で話題のシークレットブーツだ。黒を基調としたシンプルなデザインで、買ってきた本人いわく「最近厚底流行ってるからバレないって☆」だそうだが、バレないとかそういう問題じゃない。予想通りと言ってしまえばその通りだけど、さすがに3年連続身長に関わる物を送られると本気で凹みそうになるのだ。
部室の棚の一番上にあるタオルを取ろうと背伸びをして、腕を目一杯伸ばす。いつもこっそり使っている踏み台は運悪く貸し出し中で、悔しいが友人プレゼンツの身長盛れる靴を思い出した。
指先が籠を掠める。あと数センチで届きそうな位置にセットしたのは誰だと小さく文句を言い、それから最後に触ったのは私だと気付いた。
「はい」
後ろからにゅっと手が伸びてきて、いとも簡単に籠を取る。誰だろうかと手の主を見ると、私よりもはるかに高い位置から慌てた声が降ってきた。
「あれっ、これでいいんだよね?」
「あ、はい」
代わりに取ってくれたのは旭さんだったらしい。目的の籠を渡されて、ありがとうございますとお礼を言った。
バレー部の部員というのはどうしてこうも皆背が高いのだろう。潔子さんの隣に立ってコート内を見ているとき、何度となく抱く疑問だ。いや、クラスの男子も充分でかいから、今時の高校生はこれくらいが普通なのか。
特に月島。1年の癖に無駄に高いし、目が合う度に笑いを堪えているのがたまらなくムカつく。夕と二人でいるときなんかは「平均身長の可愛らしいカップルですね」と口元に手を当てながら言ってくるものだから、可愛くないったらありゃしない。
「ナイスブロック月島!!」
大地さんの声が響き、ボールを防いだ月島は表情を変えないまま「うス」と頷いた。ああ可愛くない。もっとこう、若者らしく全身で喜びを表現すればいいのに、これが現代っ子というやつか。とは言え得点は得点なので、手元のノートに成績を記入していく。
「オラァ月島ァ!もっと喜べコノヤロー!!」
思わず顔を上げて、声の主を見てしまった。月島の背中をばしんと強く叩いたのは夕で、自分が思ったこととまんま同じことを考えていたのか、と何だか嬉しくなる。
左隣にいる潔子さんが楽しげに笑いながら「葵、顔にやけてるよ」と言ってくるものだから、私は慌てて弛んだ頬を正して「そんなことないです」と返した。
りんごになりたい夕日
「河野とノヤっさんって、付き合ってどれくらいだっけ?」
部活を終えた午後8時、Tシャツを着替える龍が不意にそう言った。「お先でーす」と部室を出ていく月島と山口に返事をしてから、葵の顔を思い浮かべる。
「あんま考えたことねえけど、半年ぐらいか?」
「かーっ、もうそんなか!」
「田中、反応がオッサン臭いぞ」
タンクトップ姿の龍の隣でジャージの上着のファスナーを上げながら、半年か、と感慨深い気持ちになる。
葵は1年のときのクラスメイトだ。バレー部のマネージャーということもあり交流も深く、お互いの気さくさもあってすぐに仲良くなった。
それがいつからだろうか、友愛だと思っていた感情は2年に上がりクラスが変わったことで恋だと気付き、気が付けば帰り道に葵の腕を掴んで「好きだ」と云っていた。夏休みを控えた7月だったと思う。
後先考えずにするりと出た言葉に葵は始めポカンとしていたが、じわりじわりと頬を朱に染め、やがてこくりと頷いた。暗闇の中でもはっきりわかるほどに耳まで赤く、消え入りそうな声で聞こえた「……よろしくお願いします」という言葉を、俺は死ぬまで忘れないだろう。いやむしろ、死んでからも忘れない。
「しかし、半年ねえ……ぶっちゃけ、どこまで進んでんだ?」
にやにや笑いを隠そうともせずかけられた質問に、一瞬脳が思考を停止した。どこまで、とな。
「…………何も?」
「「何も?!」」
「なっ、何だよお前ら!」
今の今まで呆れた顔だった力までもが驚いたように詰め寄ってきたものだから、俺は思わず足を引いた。龍の言うナニカが俺の思うものと同じであるならば、何もというのが最も正しい結論だ。
「何もってノヤっさん……手は繋いだか?」
「いや…多分繋いだことねえな」
「お互いの家に行ったり?」
「あー、ゲームしに行くことはある」
「キスは?」
「したことねえ」
「せっく」
「もうやめろ田中!!」
スパァンと派手な音を立てて、力が龍の頭を叩いた。何を言わんとしたかわかった俺が「したことねえよ」と真顔で答えれば、力は「西谷も答えんな」と溜め息を交えてたしなめられる。
にしてもなあ。
半年で何もって、おかしくねえか?
未だ首を傾げる龍の言葉を聞いて、確かにそうなのかも知れないと思ってしまった。
考えて見れば、今までそういう空気になったことが全くなかったような気がする。俺も葵も家でゲームしたり騒いだりするのが好きだからデートらしいデートをしたこともあまりないし、いつの間にかそれが一番いい距離になっていた。だから今さら手を繋いだりキスをしたりとは、頭が回らなかったのだ。
だけど言われてみれば、
「おかしいのかもな……」
「だろ?!」
鞄の中からオレンジ色のマフラーを出して、首に巻き付ける。そういやこれ、俺の誕生日に葵がくれたんだよなとふと思った。荷物をまとめて肩からかけ、俺は深く息を吸う。
「よし、帰る!」
「おお、じゃあなー」
決意と共に部室のドアを開けると、12月特有の冷たい風が強く吹き込んできた。紺色の空には満天の星が輝いており、もう冬だということを実感する。ジャージのポケットに手を突っ込みマフラーに口許をうずめて一歩外に出た時、視界の端に人影が見えた。
「うおっ、葵」
制服の上からPコートを着た葵が、ドアの隣に座り込んでいる。前に立って手を掴んでやれば立ち上がり、スカートをパンパンと払った。
「外で待ってたら風邪引くぞ!中に入ればいいのに」
ほら、鼻真っ赤にしやがって。
いつから待っていたのかは知らないが、マフラーをぐるぐるに巻いた葵の鼻と頬は寒さに当てられて赤くなっていた。自分より幾らか低い位置にあるそこをごしごしと擦れば眉根を寄せてむずがり、帰ろと小さく呟く。その大人しさに若干不思議に思ったが、特に気にせず頷いた。
「あー、ざみぃー」
街灯がぽつぽつと照らす夜道を、二人並んで歩く。溢した声は白い息に変わり、宵闇が淡い膜に包まれた。
肩が触れる距離にいる葵は俺の話に曖昧な相槌を打つだけで、何故か驚くほど静かである。腹でも痛いのかと思って尋ねても首を振り、ついには立ち止まってしまった。俯いているため表情も見えない。本格的に心配になって覗き込むと、風にかき消されてしまいそうな声が夜風の隙間を縫うように聞こえてきた。
「……、したいの?」
「え?」
「夕もキ、キスした…いの、」
葵の言葉に思考回路が仕事をやめる。カチ、カチ、カチ、とスリーカウントを取って頭の中で龍の話と繋がり、外で聞いていたのかと納得するまで時間がかかった。
寒さの為か、それとも別の理由があるのか。微かに震える葵は告白をしたあの日のように、髪の毛の間から見え隠れする耳は縁まで真っ赤だ。
あの会話を聞かれていたのかという思いと目の前の葵に影響されて、俺の顔もじわりと熱くなるのを感じる。誤魔化すように頬を掻いて、視線を斜め下に向けながら答えた。
「…まあ、したい、な」
「………っ」
しんと静まり返った道に、葵が息を飲む音が聞こえる。胸の前で握られた手に力が入るのがわかった。
OKか?!これは、OKって意味なのか?!
暴れる心を静めて近付けば、葵の肩がびくりと跳ね上がった。向かい合って立つと葵の方が俺よりも低く、ああやっぱり可愛いな、なんて一人で悶える。
喉から一気に水分が失われ、カラカラに渇いていた。どくんどくんと力強く脈を打つ心臓をどうにかこうにか抑えて肩に手を置いて固定する。切り揃えられた前髪から覗く伏し目がちな目がそっと俺を見上げ、その長い睫毛を揺らした。辺りから物音は全く聞こえず、緊張感が場を満たしていく。
「顔、上げられるか?」
発した声は自分のものじゃないような気がした。ゆっくり、夜空にも似た黒髪が揺れ、きつく閉じられた瞳が見える。小刻みに動く睫毛、寒さのせいではない赤い頬、やたらと目に入ってくる唇。
短く息を吸い込んで触れると、唇から漏れた息は白く闇に溶けていく。柔らかくて、いい匂いがして、頭の芯がぼーっとしていくようだ。
「…………葵、」
真っ赤に熟れた頬から熱が移る。どちらかからか零れた白い吐息は音もなく消え、星空は頭上で爛々と輝いていた。
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日和様、リクエストありがとうございました。
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