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前に来たのがいつだったか忘れてしまったショッピングモールは、もうすっかりとクリスマス一色になっていた。

中に入っている雑貨屋はここぞとばかりにクリスマス限定の文字を掲げ、ケーキ屋は既にクリスマスケーキの注文を受け付けているらしい。
当日までまだ2週間あるというのに、いくらなんでも気が早いんじゃないだろうか。
しかしクリスマスを1日過ぎればすぐさま正月、バレンタイン、ホワイトデー、節分と目まぐるしく次のフェアを行うのだから、これくらい前倒しの方がちょうどいいのかもしれない。
ポップに描かれた恐らく店員の手描きであろうサンタのイラストを見ながら、国見は一人で勝手に納得した。

クリスマスなんて異教徒の行事だ、と声高に批判するほどではないが、好き好んで参加しようとは思わない。
それが毎年変わらない国見のスタンスであり、今まさにクリスマス雑貨を選んでいる葵と真逆の意見だ。
2パターンあるトナカイ柄のメモ帳を見比べる彼女に呆れ気味に溜め息をつき、国見は何度目かわからない言葉をかける。


「葵さん、もう15分経ってるんですけど」

「お待ちなさい英くん、もうちょっとで決まるから」

「待ちましたって。どっちもどっちですから、さっさと選んでくださいよ」


ダウンのポケットに手を突っ込んだまま言えば、葵は長い間唸って、右手に持っていた方を胸に押しあてた。
国見はこれに決めた、と強く頷きレジに向かう後ろ姿に目をやり、ふわぁと欠伸をする。今日も朝から部活があったため、正直体が疲れていた。

まあ、楽しんでるならいいか。

ほくほくと嬉しそうな表情を浮かべて雑貨屋の袋を抱える葵を見て、国見は眠たげな瞳をそのままに、もたれ掛かっていた柱から体を離した。














線で結ぶひと














「ほら、危ないですよ」


左右に立ち並ぶ店に慌ただしく視線を向ける葵の腕を、軽く引いて自分の方に寄せる。
紺色のコートの中の腕は想像よりもずっと細く、国見は手に込めた力を反射的に弱めた。


「ちゃんと前見てください。子供じゃないんだから」

「英くんお母さんみたーい」


くすくすと笑う葵に言葉を返そうと口を開くと、今度は国見の方が引っ張られる。
ぐい、と引き寄せられた体はぴったりと隣に寄り添い、国見は驚いたように絡めた腕の主を見た。
国見の右手を抱いて頬を刷り寄せた葵は、心底嬉しそうに彼を見上げる。


「葵さんは寒いので、英くん暖めてください」

「……満面の笑みで言われても寒そうな感じしないんですけど」


それに、と。
右腕を掴んでいる手をずらして、国見はその細い指に自らの指を絡めた。

すべやかで、柔らかくて、ほんのりと温かい。
薄く脈を打つ葵の掌は国見のものに比べて一回りは小さく、抱き締めたら腕の中にすっぽりと入ってしまうんじゃないかと思った。
国見の肩の辺りまでしかない背丈、ヒールで若干底上げしているようだから、実際はもう少し低い。


「暖かいね、英くん」

「…………そうですね」


繋がれた手をぎゅっと握った葵は頬をほのかに紅く染め、幸せそうな笑顔を浮かべた。

俺も、暖かいです。

喉の奥まで出かかった言葉をすんでの所で止めたのは、一体何か。
照れ隠しの意味も込めて、国見は繋いだ手に力を込め半歩近付いた。










「あ、あのお店可愛い」


葵が指差した先には、いかにも彼女の好きそうな別の雑貨屋があった。
入っていい?と国見に尋ねた葵は必然的に上目遣いで、どきりと胸が音を立てる。
国見がどうにか頷いたのを確認してから、カップル達で溢れる道に逆らうようにその店に向かった。




「このキャラクター英くんに似てるね」


入り口の近くにあった猫のマスコットを手に取って、葵はけらけらと笑う。
眠そうな目をした猫はサンタの帽子を被っているが、やる気のなさげな表情といい、醸し出す雰囲気といい、確かに国見に似ていた。


「似てないですよ」

「似てるって、そっくりだもん」


買おうかなあ、これ。
真剣に迷う葵の姿を見て、国見も彼女に似たやつを見つけてやろうとそのコーナーを見る。

人懐こいから犬?いやでも、たれ目な所はアライグマっぽい。歩く感じはペンギンだろうか。

気まぐれだから、猫なんか合うかも知れない。
と取ったマスコットを見れば、奇しくも葵の選んだ物と対になっていた。
サンタのコスチュームもおあつらえ向きにペアデザインで、なるほど、クリスマスのカップルに買わせる気かと、販売の意図まで読める。

葵の方もそれに気付いたようで、国見の持つマスコットを見て「買おっか」と笑顔になった。


「葵さんがオスの方買うんですか?」

男女ペアの物というのは普通、男が男物を女が女物を持つものではないのか。
あまりに当たり前のように眠たそうな猫をレジに連れていこうとする葵に確かめる。
国見の手には葵に似た猫が握られていて、値段はどちらも変わらない。


「だって、私は英くんを連れて歩きたいもん」


お似合いでしょ、と顔の横に猫を並べて国見を仰いだ葵は、いたずらっぽく微笑んだ。

似合ってないというのは癪に障るし、かと言って似合ってるというのも言いにくい。
妙なプライドに邪魔をされ、「……まあ」と曖昧な言葉を返した。


二人でレジに並び、商品をカウンターに置く。
財布を出そうとした葵を制して先にお金を払えば、サンタの帽子を乗せた店員が「素敵な彼氏さんですね」とにっこり笑った。


「私もお金払うのに」

「……俺も男なんで、これくらいは」


チリンチリン、と甲高い鈴の音と共に店を出る。
外はもうすっかりと日が落ちていて、店内との気温差にぶるりと震えた。
吹き付ける風は凍てつくような冷気をふんだんに孕んでおり、瞬く間に指先がかじかんでいくのが解る。
お互いの体温で暖を取るようにごく自然に指が絡み合い、少しでも暖まろうと身を寄せ合った。


「マスコット、どこに付けようか」

「家に置いておけばいいんじゃないですか」

「携帯にしよう。英くんも、ちゃんと付けてね?」


葵の履いたヒールが地面とぶつかって立った音が、喧騒の中でひそかに響く。繋いだ手から微かな振動が伝わってくる。

小さい体をそっと寄せてくる葵がどうしようもなく愛しく思えて、国見は自分の右側を盗み見た。
惚れた弱味というやつなのだろうか、目を奪われたその日から、国見は葵に勝ったと思えるものなど何もない。

国見の目に、大きなクリスマスツリーが見えてきた。
数百という大量の電球で装飾されたそれは異様な輝きを放っていて、訳もわからず何かに背中を押された気がした。


「…………クリスマス当日、絶対空けておいてくださいね」


その先の正月もバレンタインもホワイトデーも節分も、なんなら雛祭りもこどもの日も、どうか、どうか隣に居たい。
2つ年上の可愛らしい先輩と、いつまでも、どこまでも、何度でも。

歯切れのいい返事と一緒に頬へと押し当てられた柔らかいものの正体に気付き、国見は、クリスマスも悪くないかも知れない、と思った。


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