銃口のマリアージュ | ナノ




「第一回、テストに向けてどうにかしてもらおうの回 in及川家〜」


葵の声と共に、二人分のまばらな拍手がそこそこ広い部屋に響いた。
勝手に出された折り畳み式の机とその周りに座った妹と後輩の姿を見て、徹は口をあんぐりと開けたまま静止する。

土曜日の昼過ぎ、珍しく部活が午前で終わり午後は家でゴロゴロとでもしようかと帰ってくると、自分のでも父のでもない男物の靴が玄関にあった。
まさか妹が彼氏を連れ込んでいるのかと慌てて確認するも部屋にはおらず、おかしいなと自室のドアを開けると。

そこには目を疑うような光景が広がっていたのだ。


「うス、お邪魔してます」

「ねーお兄ちゃん、まんべんなくわからないんだけどどうしたらいいかな」


さほど大きくない机に広げられた教科書、自分のベッドにもたれ掛かり単語を見ている生意気な後輩。
どこから突っ込んでいいのかわからず、徹は頭に手をやった。



「……………とりあえず、言い訳を聞こうか」














Tのプライド














「つまり、次のテストで赤点を回避しないと、二人とも部活に支障が出ると。だから勉強会を開くことにした、こういうわけだね」

「大体そんな感じっす」

「我が妹よ、何故兄の部屋でやっている?」

「だって私の部屋だと漫画とか多すぎるんだもん」


飛雄ちゃんこの問題わかる?
わからん。
せめて見てから答えてよ!

悪びれる素振りも見せずに淡々と勉強を進める1年二人を見ながら、徹は溜め息をつく。
居ないからという理由で勝手に部屋に上がり込む愛しの妹も然り、また先輩の部屋であるのにくつろいだ様子の影山もまた然り。
この子らの辞書に遠慮という文字はないのか、と思い、ああ無いなと妙な納得が生まれた。
とりあえず鞄を床に置き勉強机の椅子を引き座ると、自由に勉強しているそれぞれを見る。

葵は教科書の英文をまず訳すのに苦戦しているようで、影山はテスト範囲の単語をまともに発音できていないようだった。
確かにこれでは赤点回避は難しいだろう。


「…………何で俺なの」

「だってほら、一応3年生なんだし」

「及川さん中学の頃から成績よかったっすよね」

「そりゃ青城の推薦とらなきゃだったからね」


先ほどから一切進んでいる気配のない葵のノートをちらりと見てから、徹は長いため息を吐いた。
そう言えば昔から勉強はからっきしだったなと、今さらのように思い出して、妹の背後からひょいと教科書を取る。


「で、どこがわかんないの」

「お兄様本当に教えてくれるの?!」

「宇宙一可愛い妹の頼みだからね。兄が一肌脱いでやらねば!」

「……及川さん俺もお願いしま、」

「飛雄は一人で勉強してなさい。あと葵の半径5メートルに近付くなって言ったよね」


ぴしゃりと言い放たれぐ、と言葉を詰まらせた影山を尻目に、徹は英文をぶつぶつと訳していく。
あらかた意味を把握したのか数十秒で教科書から目を離すと、シャーペンとノートを握り締めた葵に改めて問いかけた。


「……よし。葵、どの問題が解けな」
「全部!!」


食い気味の返答に表情を曇らせて、妙にキラキラとした瞳の妹を見つめる。
高校に入学して最初の定期テスト、勿論中学の頃よりレベルは上がっているが、そこまで鬼みたいな問題は出ないはずだ。
そもそも入試に合格したのだから、よっぽどどこかで躓いてない限り全部わからないなんてことはあり得ない。

あり得ない、と思っていたのに。


「………ねえ葵ちゃん、授業中いつも何してるの」

「え…あー………その…」

「こいつ教科書も出さないでずっと喋ってますよ」

「あっ、ばらしやがったな飛雄ちゃん!いつも寝てるくせに!」


単語帳をパラパラと捲りながら代わりに答えた影山に葵が勢いよく振り返ると、その背後で徹は二人を冷たく見下ろした。


「二人とも、一番最近やった英語の小テストの点を教えなさい」


ガチトーンで吐かれた大王様の有無を言わせない言葉に、1年二人は押し黙る。

おい、何で及川さん怒ってんだよ!
し、知らないって!飛雄ちゃんが勝手に部屋に居るからじゃない?
は?!お前がいいって言ったから俺は、
私のせいにしないでよ!お前の兄貴なら頭いいだろって、言い出したのは飛雄ちゃんだし!

忙しなく目で会話する影山と葵に威圧感しか感じさせない視線が降り注がれる。
よほど酷い点数なんだろうな、とわかってはいるが、こればかりは知っておかないと教えようもない。
勉強が苦手な後輩と妹を助けてやろうと徹が考え始めているのは、元来の世話好き体質のせいだろうか。

重く長い沈黙は唐突に、そして同時に破られた。


「……飛雄ちゃんは9点だった」

「……こいつは11点でしたよ」

「「お前が言うな!」」


お互いにお互いを売り点数を暴露しあった二人はいがみ合うように顔を合わせ、それからはたと徹の存在を思い出したように口をつぐんだ。


「……何点満点?」

「「……………ろ、60点満点」」


気まずそうに目をそらした馬鹿二人の想像よりもずっと酷い状況に、徹は素早く時計を見る。
定期テストの日付は、妹の行事を見逃してたまるかと常にチェックしてある予定表にて確認済みだ。
現段階で相当絶望的なようだけど、目的が高得点ではなく赤点回避ならなんとかならなくもない。

教科書をバンッと机に叩き付けた音に肩を跳ねさせた二人を真正面から見据えて、徹はにやりと笑った。
その笑顔が、目の前の二人に「恐ろしい」と映ることを知った上で。


「この及川さんに勉強を教えてもらえる事に感謝しなよ?おバカな1年コンビ」

「お、お兄ちゃん、私にはやさしく教えて頂けると……」

「葵、兄は心を鬼にして、今だけシスコンを解除するね」

「……あっ、俺急用思い出したんで帰りま、」

「そうはいかないよ飛雄ちゃん。ここに私とスパルタ兄貴を残していくなんて許さない」

「ここお前ん家だろーが!」


どこから出したのか、ハリセンを片手に伊達眼鏡を装着した徹が、地獄の閻魔も逃げ出す絶対零度の微笑みを浮かべて、ガタガタと震える葵と影山に死刑宣告をした。



「―――君達、俺が作った小テストで全教科満点が取れるようになるまで、夕飯にありつけると思わないでね?」



『赤点回避しねえと遠征出れねえ…』
『奇遇だね、私も練習に参加できないんだ』

『……及川さんって、頭よかったよな?』


影山は自分の提案した一言を、葵は頷いてしまった自分を恨みながら、頭上からの圧力に負けてこくんと頷いた。











「……お邪魔、しましたー……」

「あ……うん……お疲れー…」


玄関に立って力なく挨拶をした影山に、これまた力なく返事をした葵。徹のスパルタ勉強会をみっちり8時間受けて、精神的にも体力的にも色々と限界が来ていた。


「……身体中の穴という穴から単語が出ていくような気がする…」

「はは…私は今なら教科書の全文言えるよ……間違いなくね…」

「飛雄、家帰ってもちゃんと復習しないと忘れるからね」

「うぃっす……あざした………」

「さて、じゃあ葵は俺ともう3周くらい問題集解こうか」

「えっ、ちょ、ま……いやあああああ」

「…………………お邪魔しました」


ずるずると廊下の奥に引っ張られていく戦友を見送ってから、影山はそっと玄関のドアを開ける。
外はもう暗く、時計は9時前を差していた。

IHであれだけ悔しい思いをさせられた相手と普通に話して、まして勉強まで教えてもらうなんて考えもしなかった。

「これで赤点取りやがったら、どうなるかわかってるよね」
背筋も凍る大王様の言葉が頭の中で反芻されて、忘れないうちに早く帰ろうと、影山は及川家を後にした。




結果。












影山飛雄 英語:38点


及川葵 英語:42点


赤点ライン:40点




影山飛雄の命日が確定した。


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