銃口のマリアージュ | ナノ




女子力―――それは世間一般的に『女の子らしい』とされる基準となる能力。

料理が出来る、裁縫が出来る、家事に精通している、マナーがちゃんとしている、絆創膏等を持ち歩いている、気が利く、優しい、物腰が柔らかいなど、その例は挙げ始めればキリがない。


「飛雄ちゃん!私って女子力低い?!」


朝教室に入った影山に開口一番そう叫んできたのは、『烏野の王子様』と名高い及川葵であった。
普段からあまり女子と接触しない影山でも、これだけ毎日のようにテレビや雑誌で女子力女子力と謳われていれば意味くらい知っている。
今朝のニュースであっていた『この夏の女子力コーデ』なるものを思い出しながら、影山は葵をまじまじと見つめた。


「………低いというか、皆無?」


裾がひらりと広がった水色ギンガムチェックの涼しげなワンピースは、正直似合いそうにない。
影山に悪気は一切なく、思った事をそのまま口にしただけだった。
しかし葵はベルサイユの薔薇もびっくりなショックを受け、唇をわなわなと震わせる。


「嘘…でしょ……?この完璧女子及川葵にいったい何が足りないの…?」

「だから、女らしさだろ」


鞄を机の上に起きながら影山が淡々と言うと、葵が机を叩いて立ち上がった。


「意義あり!そもそも女子力なんてものは女子に産まれた時点で、」

「あ、葵おはよう!」

「おはよう!あれ、何か良い匂いがするね」

「わ、わかる?葵が好きって言ってたからシャンプーをお花の匂いのやつに変えてみたんだけど、変かな…?」

「ああ、どうりでいきなり目の前にお花畑が広がったように感じた訳だよ。…でも悔しいな、君みたいな綺麗な花もいつかは摘まれてしまうのかと思うと。美しい花をこの腕の中で独り占めしたいと思うのは、私の我が儘かな……」

「葵……!」


話している途中にゆるく巻かれた髪の毛を一筋取りそっと口付ける葵を見ながら、影山は日常茶飯事とばかりに小さく息を吐く。
よくもまあ朝から、そんな流暢に喋れるもんだ。


「……さて、話を戻そう飛雄ちゃん。そもそも女子力というのは、」

「男子力なら腐るほど持ってるみたいだし、いいんじゃねえの」


男子力っつーか王子力?

影山なら口が裂けても言えないような言葉の数々がポンポンと飛び出てくるんだから、天性の王子様である。


「くっ……まあ嬉しいからいいや」

「なんだったんだよ」


王子力というワードを気に入ったらしく、葵は満足気に席についた。
チャイムが鳴り、担任が教室に入ってくる。


「さて、頑張りますか」


女子力――というよりは、好かれる人間の条件みたいなものの中に『いつも前向き』というのがあった。
何かで見た知識をゆるりと回想しながら、影山は隣の葵の声を聞く。

毎朝呟かれる気合いの一言が密かに影山の気合いも高めていることは、葵も、そして影山自身も知らないことだった。














アダムの副作用














「やーーっと終わった」


HRが終わりクラスメイトがガタガタと席を立っている中、葵が座った姿勢で伸びをする。
既に着替えた影山が鞄を背負い椅子から立ち上がると、葵も「私も部活行こっと」と立ち上がった。

ドアの方に体を向けた影山の横をぱたぱたと通り過ぎ、彼女が振り返る。


「……なんだよ」

「ちょっと飛雄ちゃーん、隣人にさよならの挨拶くらいしたまえよ」

「どうしたんだ急に」

「いやさ、女子たるもの常に笑顔で挨拶ってね」


ばっと開かれた雑誌には、見開き1ページの女子力の掟という特集が組まれていた。
そこには確かに太字で、挨拶を忘れるべからずと書かれている。

……まあしなかった俺も悪いけど、それって女子力以前の問題だろ。
影山は釈然としない表情で、心の中でぼやいた。


「つか何で俺が女子力を気にしなきゃならねえんだよ」

「だって一人じゃ守れる自信無いし」


けろっと言い放った葵に影山はこめかみに青筋を薄く立て、雑誌を開いた体勢の葵に歩み寄る。


「っちょ、痛い痛い痛い痛い!アイアンクローはやめてって!!」

「だ、れ、が、お前の女子力向上に協力するって?」

「私より握力が1弱い飛雄ちゃんに決まって…る訳ないからやめてくださいお願いします脳みそ潰れる!!」


ギブギブ、と影山の腕を3回叩いたのと同時に、葵のこめかみは込められていたものすごい力から解放された。

若干涙目の葵が恨みがましく影山を睨むと、お前が悪いと更に睨み返される。
相当痛かったのか掴まれていた部分をさすっている葵は影山に向かって舌を思いきりだして、あっかんべえをした。


「女子に暴力ふるうなんてサイテーだよ!飛雄ちゃんのバーカ!!」

「勝手に言ってろ。………おい、待て」


踵を返してずんずんと教室を出ようとした葵の背中を、影山が引き留める。
「何?!」と振り向いた葵の右足を指差した影山は、平然と言い放った。


「今日ずっと気になってたけど、お前足ひねってるだろ」

「え?」

「右足首庇いながら歩いている。癖になるからやめた方がいいぞ」


テーピングあるから、しとけ。
鞄から救急セットを取り出した影山が葵を手で呼び寄せる。
驚いたように目を見開いた葵はおっかなびっくりしながら影山に近付き、促されるままに椅子に右足を置いた。

普段巻き慣れているので、影山の手付きは鮮やかなものだった。
ものの数十秒で足首を固定し、葵がぐるぐると回して特に問題がないことを確認するとすぐに鞄にしまう。


「あ、ありがと」

「おう。でもどんな激しい事するか知らねえけど、捻挫は放っといても悪化するから気を付けろよ」

「……昨日の殺陣でぐきってやっちゃったんだよね。治るかなって思ってたんだけど正直結構痛かった」

「まあ運動部じゃないならマネージャーとかもいないしな。あ、あんまり無理したら意味ねえから」


ファスナーを上げて注意をする影山に半ば唖然とした様子で頷いた葵は、ぼそりと呟いた。


「…………飛雄ちゃん、女子力たけー…」

「は?」

「いやいや、まさか他人の不調にここまで敏感でしたとは。気も利くし応急処置もできるなんて、女子の鑑っすよ。マジリスペクトですわ」

「テーピングくらいバスケ部だろうが野球部だろうが出来るだろ」


葵は馬鹿にしているのか本心なのかよくわからない声色で、影山を褒める。
変なむず痒さから逃れるために影山は鞄を担いで足早に教室から出ていった。




その後葵がこの話を色々な所で言いふらし、尾ひれが付いて付いて付きまくった結果、『影山はホモで花嫁修行の為に健気にも料理の練習をしている』等という話がまことしやかに噂されるようになった。

それを耳にした影山が怒りに任せて渾身のアイアンクローを葵にくらわせるのは、それから少しあとのお話。


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