銃口のマリアージュ | ナノ




『及川』という表札がある家は、影山の自宅から徒歩10分程度の場所にあった。
通学路も同じ、むしろ何故今までお互いの存在を知らなかったのか不思議なぐらいだ。


「そういや、なんで及川さんが青城なのにお前は烏野なんだ?」


インターホンを押す葵に影山が尋ねると、彼女は何言ってんだこいつと言わんばかりの視線を浴びせる。


「あんなタラシの兄貴がいるところに行ったら、私が女の子にちやほやされないじゃん」

「兄妹で取り合うなよ」

「でもまあ普通に、上が私立だから下は公立じゃないと厳しいってのが一番かな」


あ、でももう一個理由あるや。
思い出したように手を打った葵が嫌そうにで口を開くのと、及川家のドアが勢いよく開かれるのはほぼ同時だった。


「うちのバカ兄貴が気持ち悪いくらいシスコ―――」

「葵お帰り帰ってくるの遅くない?!夜道変な人に尾けられなかった?声かけられなかった?襲われなかった?葵の部活は応援してるしこんな人気者の妹を持ててお兄ちゃんは地獄に落ちてもいいくらい幸せなんだけど葵には勿論天国に行ってほし……」

「…うス」


必死の形相の徹と無表情の影山の目が合う。
酸素不足の金魚みたいに口をぱくぱくと開閉させ、葵と影山の顔を交互に見比べた徹が呆けた声を出した。


「な、なんで飛雄がいんの?」

「家が近いから送ってもらったの。てか飛雄ちゃん思いっきり引いてんですけどバカ兄貴」

「………及川さん、そんなキャラだったんですね」

「キャラじゃないよ!これは正真正銘兄から妹に捧げる惜しみ無い愛じょ、」

「はいはいありがたやありがたやー」

「冷たい葵も好き!うちの妹は宇宙一のクールビューティーだね!」


そっくりな顔をした二人のテンションの差は端から見ても歴然で、目眩がしてきそうになる。
いつか越えたいと思っていた相手の残念な姿を見てしまった影山の瞳は死んだ魚も逃げ出す程に曇っていて、絶望に近い感情が読み取れた。
そんな影山の表情を見た葵は「ありがとね飛雄ちゃん」と言って徹をぎゅうぎゅうと中に押し込む。


「ちょ、葵待って、お兄ちゃん飛雄とお話したいな!」

「…………………」

「うわ、すごく目が冷たい!役作りか何かかな?熱心な妹で感心の一言に尽きるね!」

「素だよアホ兄貴」

「オーケー、とりあえずお家に入ろうか」


やや抵抗をした葵は余計な事吹き込まないでよ、と釘を刺してから家の中に入っていった。
徹はドアを閉めると、玄関前に仁王立ちして腕を組む。
真正面から向かい合った影山は、面倒な事になったと密かにごちた。

厳かな面持ちで徹が唇を動かす。ステテコとハゲカツラを被せたら完全に昭和の頑固親父な風格が漂っていた。


「飛雄よ、そなたに聞こう―――うちの可愛い可愛い葵とは、一体どういう関係だ」

「クラスメイトっす」

「嘘つけ!ただのクラスメイトがこんな遅くに家まで送るもんか!俺なんて最近一緒に出掛けてももらえてないのに、飛雄のバーカバーカ!!!」


及川家の敷居は絶対に跨がせないからな!あと葵の半径5メートル以内に近付くな!!

隣の席だし不可能だろ、という言葉が喉の奥まで出かかったが、火に油を注ぐだけなのでやめておいた。
中学の頃から及川は言いたい事を言いたい放題言えば気が済むタイプなことは知っていたので、影山は気のない返事をして適当に頷いておく。


「………あの、俺もう帰っていいっすか」


影山に対する文句がいつの間にかうちの妹可愛い自慢にすり変わっていて、我慢できずに影山が話を切った。


「おう、帰れ帰れ!マイスイートエンジェルに近付くな!」

「じゃ、失礼します」


くるりと踵を返して、影山は歩き始める。
そして尊敬していた人物の見たくなかった一面をどうやって記憶から抹消しようか結構真面目に考えながら、自宅に向かった。














かぼちゃパンツとネズミ














「―――――山!影山!!」


半ば呆れたような教師の声に、影山はついていた頬杖から顔を離して、重い瞼を持ち上げた。
黒板の前には毎度お馴染み、英語担当の刷毛田。今日も今日とてラリホーは成功したらしい。


「お前はいつになったら丸々授業を受けるようになるんだ?!」

「あー…前向きに善処する方向で」


ふわあ、と大きな欠伸をした影山は、机の上に何もないことに気付きノートと教科書を出した。
時計を見ると授業が終わるまであと5分弱で、寝た時間を計算してからどうりで頭が冴えてるはずだと一人納得する。


「…頼むからさ…せめて教科書くらいは初めからさ…」


毎回毎回清々しいまでに居眠りをする影山に刷毛田が弱々しく懇願をするも、当の本人はまたしてもうとうとと船を漕ぎ始めていた。
頼むよ……というか細い声と授業終了を告げるチャイムが重なり、切ない顔で挨拶をした刷毛田の顔を、クラスメイトは生涯忘れないと心に誓った。







「やあ飛雄ちゃん、奇遇だね」


午前中の授業をことごとく睡眠で埋め、体力ゲージがMAXの状態で部活に向かっていた影山に、声がかけられる。
しかし近くに声の主らしき人物はおらず、影山は首を捻って止めていた足を進めた。


「ここだよ、ここ!」


影山が振り向くと、そこにはおよそ学校に相応しくない乗り物が廊下にあった。
かぼちゃのようなデザインの、可愛らしい馬車。
その謎の乗り物の前に立った燕尾服の集団は影山に恭しく頭を下げると、一人がカーテンを引く。


「やっほー、部活今から?」


この間とはまた違う派手な衣装を着込んだ葵が、ヘラヘラと手を振っていた。
人が折角見ないふりをしていたのに、まさか声をかけられるとは。誤算だった。


「……まあな。それよりそれ、なんだよ。道具?」

「あーこれね、烏野高校演劇部の伝統。部活に来るのが遅いとこれでお迎えがくるんだ」


学校の許可は取ってあるのか心配にはなったが、伝統と聞いてこの学校のシステムが心配になった。


「あ、飛雄ちゃんの事を体育館まで送ってあげる!」

「そんなこっぱずかしい事するくらいなら、東京湾に身を投げる」

「やめて!!早まらないで!!」

「ちなみに投げるのはお前だ」

「もっとやめてえええええええ!!」


馬車を模したかぼちゃはどうやら人力車の要領で進むらしく、燕尾服の人たちが引っ張るための棒に手をかける。


「送らせてくれないなら飛雄ちゃんなんて知らないもーん」


あっかんべー、と舌を出してカーテンを閉めると、巨大かぼちゃが動き出した。
……廊下をあれが通るって、かなり邪魔だな。
影山は中々なスピードを出して疾走していく演劇部の変人たちを見ながら、小さく笑う。
影山と別れてほんの10秒程度で教師に注意されていて、バツが悪そうに葵が出てきた。

説教が長いと噂の学年主任に捕まりガミガミと叱られている様子をにやにやしながら見ていると、視線をそらした葵の目と影山の目が合う。

その恨みがましげな表情に向かって影山は鼻で笑うと、上機嫌に部活へ向かった。


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