銃口のマリアージュ | ナノ




「って言っても…」

「私たちも迷子中なんだよね……」


みちるをやすやすと抱え上げ歩き始めた所までは良かったが、三歩と進まない内に葵の足は止まった。
当然の結果である。
そもそも自分たちがどうやって帰ったらいいかすらわかっていないのに、人探しなんて出来るわけがない。

だからと言って「やっぱり自力で探してね」と言う事も無理だ。
つまるところ、どうにかしてみちるの両親を見つけなければならないという訳だ。


「……お前、抱っこするの慣れてるな」


影山は子供を抱いた事など人生で数えるほどしかないが、それでも8つの人間がそこそこの重量であることくらいは常識として知っている。
にも関わらず目の前の葵はやけに軽々と抱えているのを見ると、そうでもないのだろうか?


「うち親戚に小さい子多いからさ、昔っから子守は私の仕事なんだよね」


兄貴は一年中バレーやっててちっとも手伝ってくれないし。

唇を尖らせ不満そうに言った葵を見ながら影山は、確かに及川さんが赤ん坊をあやしている姿は想像できないな、と思った。
彼はどちらかと言うと遊ばれる側だろう。とても世話ができるタイプには見えない。


「まあでも、ずっとこの姿勢じゃさすがに疲れるか。みちるちゃん、自分で歩ける?」


小さな顔がこくんと頷いて、葵はえらいえらいとみちるの頭を撫でてから、その小柄な体を下ろした。
みちるは自らの足で立つときょろきょろと周りを見渡し、葵の手を掴んだ。


「………?」

「飛雄ちゃん、手、手」


そして影山の顔を見上げながら何か物欲しそうな表情を浮かべるみちるに、彼は首を傾げる。
すると見かねた葵が小声でアドバイスを送り、ようやく理解した影山は手のひらを服で拭いてから、恐る恐る手を出した。

みちるは嬉しそうに笑い、小さな指を影山の大きな手にきゅ、と絡めてくる。
影山と葵でみちるを挟む形となり、3人仲良く手を繋ぎながら、脱迷子に向けての一歩目がスタートした。










プラスチック属性の祈り








「みちるちゃんは、どうしてお父さんに会いに来たの?」


影山たちが泊まっている宿泊施設は、山の途中にある。とりあえずその山を降りてみようという話になり、葵、影山、みちるの3人は手を繋いだまま坂道を下り始めた。
下はすぐそこが駅なので、下りてみるのが1番手っ取り早いだろう。

葵の質問にみちるは可愛らしい顔を少し傾げて、そして寂しそうに口を開いた。


「……あのね、ママとパパはリコンしちゃったんだって。そしたらパパはお家からいなくなって、みちるはパパと会えなくなったの」


思いがけない理由に、影山と葵は驚いたように顔を見合わせる。



「だけど悲しいからママに、パパに会いたいって言ったら『パパはお仕事中だから、遠くからこっそり見ようね』って」


ぽかんと口を開けたままの影山は、隣でなるほどと頷く彼女の方に目をやった。


「……つまり迷子ってことか」

「うん、どうして今の話を聞いてその最初の結論に戻っちゃうのかな。迷子は迷子でも複雑な事情があるんだよ」


まったくもう、飛雄ちゃんは。
呆れたとばかりにため息をつき肩をすくめた葵はしゃがみこむとみちるの目線に顔を下げて、優しく微笑んだ。
高い位置で綺麗に二つ結びがされた頭に手を乗せ、ぽんぽんとあやすように撫でる。


「みちるちゃんは、パパに会いたいんだ?」

「うん。みちる、パパのこともママの事も好き!」

「そっかあ。じゃあ、頑張って探さないとね」


影山は二人の会話を聞きながら、自らの右手を見た。ごつごつとしてでかい高校生男子の手に比べると、余りにも小さく細い手のひらが、影山の指を離すまいと握っている。
まだこんなに小さな子供の内に両親が離婚するというのは、心にどれほどの負担がかかるのだろうか。

うん!と嬉しそうに笑ったみちるを見て、影山はほんの少しだけ繋いだ右手に力を込めた。
俺はこいつみたいな言葉はかけてやれないけど、精一杯協力しよう。
その気持ちが伝わったのか、みちるは目をぱちくりと瞬かせ、やがて満面の笑みで影山の手を握り返した。









「さて、駅に着いた訳ですがどうしましょうか」

「清々しいまでにノープランだな」


時刻は午前7時になるかならないかと言った所で、日はすっかり昇っている。
平日という事もあり駅は人の出入りが激しく、みちるを含めた3人は少し離れた場所から行き交う人々を見ていた。


「ふむ……どうしたものか」

「迷子放送でもかけるか」

「飛雄ちゃん、迷子放送はデパートの中とかでしかかけられないんだよ」

「? 俺は昔、街中で母親に選挙カーから名前呼ばれたぞ」

「んん〜?なんだろうそれお母さんが広報活動中の選挙カーをハイジャックか何かしたのかな?」


忘れもしない、影山飛雄が5歳の頃の思い出だ。お陰ですぐに母親を見つけることが出来たが、今考えると政治家が愛想笑いをしながらぺこぺこ頭を下げていたから、よほど恐ろしい脅し方をされていたのだろう。
中々にアグレッシブな母親である。


「よし、とりあえず私は交番に行って届けが出てないか聞いてみるね」

「俺はどうしたらいい?」

「飛雄ちゃんはそこのベンチに座って、みちるちゃんと待っててね」

「?!」


葵はビシッと設置されているベンチを指さすと、「じゃ、飛雄ちゃんよろしく」と言い残して人混みに消えていった。

取り残された影山は呆然としながら、盗み見るようにして自分の右側に目をやる。そこにいたみちるは葵に手を振った後、心配そうに影山を見上げた。




さあ、どうしたものか。
ベンチに二人仲良く座ったまでは良かったが、いかんせんまだ子供が苦手な影山に、みちると二人きりという状況は拷問に等しい。
雑踏の中の沈黙はどうしようもない重圧となり、影山に襲いかかった。


「……の、のの、喉、渇いた、っか、」


どれくらいそうやってお互い黙っていたか。
口火を切ったのは影山の方で、異常なほどつっかかりながらも「喉渇いたか」と聞いた。
みちるは何と言ったかわからなかったのか、ぽかんとした表情で彼を見つめたが、やがて空気を読んだようにこくんと首肯する。

立ち上がった影山はみちるに「ここにいろよ」としどろもどろに注意してから、自動販売機を探して人々の流れの中に飛び込んだ。


「………やべ、何がいるか聞くの忘れた」


見つけた自販機の前で、ぼそりと呟く。
ポケットに入っていた小銭は140円、ジュースを一本買うのが精々だ。チョイスを失敗するわけにはいかない。

なんだ、今時の小学生って何を飲むんだ?!

普段自分がヨーグルトとスポーツドリンクと水しか買わない為、他人の、ましてや幼い子供の好みなどわからなかった。
指はCCレモンとコーラの間を行ったり来たりしてからふとオロナミンCに彷徨い、炭酸ではないのかとお〜いお茶に行く。眉根を寄せてたっぷり悩んだ後、最終的にQooのリンゴを買うことにした。
お金を入れてボタンを押すと、ガコンという聞きなれた音と共にペットボトルが落ちてくる。それを拾い上げてベンチに戻ろうと体の向きを変える。
ベンチが見えみちるが影山に気が付いた、その時。


黒ずくめの格好をした見るからに怪しい人物が、みちるの体を抱き上げた。


「んなっ?!」


黒い帽子に黒い上着、黒いズボン。ちらりと見えた顔はサングラスとマスクをしており、怪しさ満天である。
影山は咄嗟に走り出すと勢いよく踏み切って、その不審者の背中めがけて飛び蹴りを繰り出した、が。


「はいストップ」


唐突に割り込んできた人影に遮られ、体勢を崩した彼は無様にもコンクリートに転がる。強かに打った腰をさすりながら見上げると、いつの間にか戻って来ていた葵が仁王立ちで影山の前に立ちはだかっていた。


「お前っ、今その子が連れ去られそうに、」

「あー、ごめん。その人すごく怪しく見えるけど、みちるちゃんのお母さんなんだ」

「は?」


慌ててみちるの方を見ると、帽子とマスクとサングラスを外した女性が涙目で彼女に頬ずりしており、しきりに「よかった」と繰り返している。


「お母さんもやっぱり交番に行ってたみたいで、おまわりさんに呼び戻してもらったの」

「いやでもなんであんな格好」

「こっそりお父さんを見るつもりだって言ってたでしょ?変装らしいよ」


なるほど、と影山が納得すると、みちるを抱きかかえた母親が2人の元に寄ってきた。確かにみちるに似ている。


「本当に、ありがとうございます!なんてお礼を言ったらいいか……」

「あ、イエ、俺はそんな大層なことしてないんで」


そこまで言ったところで、影山は短く悩んでからみちるの母親に切り出してみた。


「……あの、部外者が言うことじゃないと思うんスけど、……なんで離婚なんかしちゃったんですか。その、みちる…ちゃんを見てると、この子の為には絶対なってないというか、あー…」


影山はそこまで言うと言葉に詰まり、髪の毛をがしがしと掻いて「スミマセン、なんか」と謝る。しかし母親は首を振って、困ったように笑った。


「いえ、いいのよ。……そうね、それはわかってるの。だけどもう話し合うことも出来ないから……」

「話し合うのは出来ますよ」


葵はそう言うと、ほら、と走ってくる人影を指した。
やけにラフな格好をしたその男は母親とみちるの姿を見つけると一瞬気まずそうに足を止め、しかし意を決してこちらに向かってくる。

その父親と思しき男に見覚えがあるような気がして、影山は目を細めた。遠目であるためはっきりとは見えないが、どうもよく見ているような気がする。


「……ん?あれって………」

「おっ、飛雄ちゃん気付いた?みちるちゃんのお父さんはハゲ田なんだ、実は」

「はあ?!」


刷毛田敏夫、毎度お馴染み影山と葵のクラスの英語担任だ。
みちるが名乗る時に一瞬旧姓の「刷毛田」と言おうとしたことから推測し、交番で連絡をしたらしい。なんというか用意周到な奴だ。


「及川……お前、何でこんな所に、」

「まあまあ細かい事は置いておいて、今は夫婦二人で冷静に話でもしててくださいよ」


「パパっ」と刷毛田に飛びついたみちるを見ると、葵の話は本当なのだろう。
独身なのは知っていたが、まさかバツイチで子供がいるとは考えもしなかった。いや、それにしても年の差がありすぎるだろう。刷毛田はどう見ても50歳超えているが、母親の方ははるかに若く見える。
「愛に年の差は関係ないんじゃない?」と影山の思考を読んだかのように葵は笑った。

やがて二人は話を終え、母親は帰ることになった。葵と影山がみちるに別れを告げると、彼女はててて、と走り寄って来て、花のような笑顔を咲かせて言った。


「お姉ちゃんとお兄ちゃん、ありがとう!パパとママがちゃんとお話して、月に一回はパパと遊んでいいって言ってもらえたの!」

「そっか、良かったね」

「うん!……ねえ、お兄ちゃん」


ちょいちょい、とみちるに手招きされた影山は、クエスチョンマークを浮かべてしゃがむ。すると彼女は影山の耳元に口を寄せ、内緒話をするように囁いた。


「お兄ちゃんとお姉ちゃんは、コイビト同士なの?」


なんと、と影山は絶句する。


「……いや、ちげえよ。俺とあいつは……」


まただ。
自分と葵の関係を言葉で表そうとすると、影山はいつも言葉を失う。
他人というのは軽すぎるし、友人かと言われるとまた違和感がある。しかし愛だ恋だを問われるのはまったく違う。友達以上恋人未満、いや、むしろ恋人以上友達未満か?


「飛雄ちゃんと私は、心の友と書いて心友だよ!」

「うおっ、お前どこから出てきたんだよ」

「もう、水臭いなあ飛雄ちゃん。こそこそ話なんて葵さん傷ついちゃうよ?」

「うるせえ、誰が心友だ」

「だからあ、私と飛雄ちゃんに決まってるじゃん」


にやにやと笑う葵に影山が「バカじゃねえのか」とドン引いた反応を見せると、一部始終を見ていたみちるは「お兄ちゃんとお姉ちゃんは、やっぱり仲良しだね!」と朗らかに言った。

2人はみちるの言葉に顔を見合わせると嘆息し、そして小さく笑った。


「「まあ、それは認める」」


じゃあ帰るぞ、宿泊施設に戻った影山と葵がこってりみっちり説教を受けるのは、それからまた数十分が経った後の話である。


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