銃口のマリアージュ | ナノ



バスに揺られること2時間と少し、烏野高校1年の団体は無事、お世話になる宿泊施設に辿り着いた。通算14敗目となる影山の手札に残ったジョーカーを見て、班のメンバーはくすくすと笑いながらトランプのケースを渡す。呆然とする影山は震える手でカードをまとめ、状況を把握できないままにバスを降りた。
班長である芽衣子を筆頭に、葵班は一列に並ぶ。大浴場と食堂、バーベキュー場に加えて娯楽室までついているらしい建物の前にはずらりと烏野の生徒たちが集まり、各々キャリーケースを抱えて立っていた。

施設の長の挨拶に始まり注意事項などの簡単な会もすませ、1組から順に中へと入っていく。


「……飛雄ちゃん、班会議の後は話し合いだからね」

「なんのだよ」

「香川くんと芽衣子ちゃんの恋のキューピッド作戦立てるの!」


忘れないでよ、と強く念を押す葵に力なく頷き、飛雄は未だに握っているトランプケースを見た。透明のプラスチックの向こうには皮肉にもジョーカーがいて、地面に叩きつけたい衝動と必死で闘う。

『暇だから、トランプでもやらない?』

バスが走り始めてすぐ、いそいそと鞄の中からトランプを取り出した葵の顔を思い出して、影山は殺意が芽生えるのを感じた。あいつがあのときあんなことを言わなければ、俺は奇跡の連敗をすることはなかったのに、と。
後ろに立つ葵に向かって振り向き、強くにらむ。「えっなに、なんでそんな睨んでんの?!なにほんとなにしたっけ私?!」と白々しくも慌てる葵に影山は露骨に舌打ちをして、何事もなかったかのように前を向いた。まだ後ろがうるさいのは無視一択である。

しかし正直な所、5戦目くらいからの記憶は影山も定かではなかった。やってもやっても必ず大敗することに心が考えるのを放棄したのか、ほぼ無心でカードを引いていたような気がする。
あまりに皆が影山の手元にあるジョーカーを引かないため、一時は本気でイカサマの可能性も疑った。ライアーゲーム的なノリで、こいつらは俺を貶めようとしてるんじゃないかと考えたが、生憎そんなものは見つからない。
結局影山の連敗記録は更新されたまま目的地に到着し、苦い思い出だけが残ったというわけだ。


「うーす、じゃあ3組移動しろ〜」


クラス内で最も早くメンバーが決まったため、影山たちは一班だった。担任の指示を受け、列となって前進する。
前の香川が影山の方を見ながら「頼んだぞ!」と懇願する表情を見せた。


部屋は1クラス2つで、男女で分かれる大部屋となっている。どうやら施設は貸し切りらしく、この学校はどうしてこんなに行事への力の入れ具合がすごいんだろうと影山は素直に驚く。


「男子は梅の間?」

「おう、そっちは?」

「うちらは藤の間ですね」


班会議は夕食のあと、どちらの部屋でやってもいいことになっている。学校から配られたスケジュールでは風呂の時間までは自由に過ごしてよく、その後食堂に集まるとのことだ。
お風呂が終ったら娯楽室で待ち合わせね、と葵が不適な笑みを浮かべて、影山と香川、葵と芽衣子のペアに分かれた。














アントワネットシンドローム














「くらえっ、ババ抜き弱いのをイカサマのせいとか言うんじゃないよサーブ!!」

「なんの、それ以外に14連敗はおかしいだろリターン!」

「見切った!純粋なる飛雄ちゃんの実力だからねスマッシュ!」

「このっ、俺は絶対に認めないからなスマッシュ返し!!」


カコンカコンカコンカコンと規則正しい音を立てて行われるボールの応酬に、周囲のギャラリーたちは口をつぐんで見守る他なかった。娯楽室に大きく陣取る卓球台には長身の浴衣姿が2人、ラケットを片手に激しいラリーを続けている。



入浴を終えて約束通り娯楽室に来た影山と香川を待っていたのは、同じく貸し出しの浴衣を着た葵と芽衣子だった。
「松島さん麗しくね!?なあ影山!?」と騒ぐ香川を放り、影山は淡々と葵に近付く。浴衣のデザイン女物ではないような気もしてしまったが、この際どうだっていいだろう。「及川さんの浴衣姿見れたし死んでもいいや」と不穏な呟きを残す葵ファンにも目もくれず、何をするために呼んだのかと訴える影山に、葵が何かを投げた。
ぱしん、とそれを片手で受け止めた影山は、驚いたように手の中を見る。意味深な笑みをたたえた葵は顎で卓球台を指した。
さながら、決闘を申し込む白手袋といったところか。影山は渡されたラケットを握り締めて、受けて立つとばかりににやりと口角を上げた。


影山の渾身のスマッシュが葵側の陣地の角にクリーンヒットし、オレンジ色のボールが軽やかな音と共に床に落ちる。
長い長いラリーを制したのは影山で、トランプでは負け続きだった彼に軍配が上がり、ギャラリーからは拍手が起きた。いつの間に集まっていたのか影山は全く気付いていなかったが、葵関連でこの手のことには慣れてしまい気にした様子もない。


「……ふ…ふふ……この私を倒すとは飛雄ちゃん、中々腕を上げたね…」

「上げたも何も、闘ったの初めてじゃねえか」

「だがしかし、私の後ろにはまだ卓球四天王の三人が残っている……あいつらは、私のように甘くはないぞ…」

「誰だよ卓球四天王。つーかお前演劇部だろうが」

「次回『タッキュー!!』、影山飛雄VS卓球四天王!乞うご期待!」

「何に対しての次回予告だ!それからタッキューじゃない、ハイキューだ!!」


台にもたれ掛かるようにして「…さ…らば……」と血を吐く演技をする葵に、影山はわざとらしく溜め息を吐いた。こいつが何かを真面目にやっている姿を、俺は一度でも見たことがあるだろうか。

壁にかかっている時計を見るとそろそろ夕食の時間が近付いてきており、二人の試合を観戦していた生徒たちも食堂への移動を始めた。死んだふりを続ける葵の手からラケットを抜き元の位置に戻すと、のそのそと自称四天王が立ち上がる。


「及川さん影山くん、私たち先に席についておくわね」

「まっ、松島さん、俺も!」


娯楽室を出ていく芽衣子の後を追うように香川も離れ、瞬く間に影山と葵は二人になった。胡散臭い演技をようやくやめた葵は好機とばかりに声を潜め、楽しげなトーンで影山の耳元で話す。
「ご飯の時間、芽衣子ちゃんと香川くんをお向かいにしてあげよう」、影山は葵の提案に頷き、菅原の話を思い浮かべた。

『建物の裏は毎年告白者が絶えない、超人気スポットだよ』

この自然教室には、香川の恋が懸かっている。「飛雄ちゃんと私は話を盛り上げつつ、二人の会話が弾むように仕向けよう」やたらと簡単に言われた難題に影山は一瞬言葉を詰まらせたが、なるようになるかと深く首肯した。










「え、飛雄ちゃん人参好きなの?しょうがないなあ、はい」


葵のプレートから影山のプレートに、綺麗にオレンジを残した人参が移動した。
茶色い箸に挟まれたそいつは単身で影山の元に乗り込み、あたかも始めからいましたよという顔で堂々と主張する。


「お前がパセリ好きって気付いてやれなくて悪かったな。ほらやるよ」


緑色でもしゃもしゃしたパセリは人参と入れ替わるように葵のプレートに移り住み、元からいたパセリの隣にそっと座った。
長机のどの皿を見ても一様に残っているそれはどこか哀愁を漂わせており、なんだか無下には出来ない空気を醸し出している。

増えたパセリをきっと睨んだ葵は、しかし先にしたのは自分であるため文句も言えず、黙って口に入れた。これは本当に食用なのかと疑うような強い味が、舌の上で暴れる。耐えるように握られた箸がスッと伸びてきて、影山のプレートからウィンナーを取った。パセリと戦う葵の口の中に入り、もぐもぐと咀嚼される。


「あっテメ、メイン食いやがってふざけんな!」

「へ?飛雄はんウィンナー嫌いなんでひょ?」


口にウィンナーを詰めたまま飄々と言う葵のプレートを確認するも、時既に遅し。先手を打たれた、とメインディッシュの消え去った皿を忌々しげに見た。


「二人とも行儀が悪い」

「だってこいつが」

「だって飛雄ちゃんが」

「言い訳しない、自分の分は自分で食べなさい。人に押し付けない!」


眼鏡の奥の切れ長の瞳を光らせた芽衣子は、実に綺麗な仕草で夕飯を食べ進めていく。香川は箸を持ったままその姿に見惚れており、とてもじゃないが会話が弾む感じではなかった。
元はと言えば葵が作戦を無視して嫌いなおかずを押し付けたのが原因なのだが、本人は気付かないふりをしている。

嫌そうに人参を口に押し込む影山、淡々と食事をする芽衣子、ちらちらと彼女を覗き見る香川と順番に目をやり、葵は自分のことを棚にあげて「駄目だこりゃ」と息を吐いた。



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