銃口のマリアージュ | ナノ





やたらと動き辛い衣装に身を包み、照明の眩しい舞台に立つ。
暗闇の中うっすら見える客の目線を一身に集め、先程までぎこちなかった体が滑らかに動く。

――――見られてる。

自分の一挙手一投足が大衆の目前に晒されていることが隠しようのない興奮となり、脳内でアドレナリンがガンガン出されるのがわかる。

ライトが最もよく当たる前中央。舞踏会を模した舞台、軽やかでいて優雅な音楽。
華やかなドレスをめかしこんだ白くて華奢な手を取り、その甲にそっとキスを落とした。
桜色に染まる頬を見つめふわりと微笑むと、会場のあちらこちらから溜め息とも感嘆ともつかぬ息が漏れるのが聞こえる。



これだから、やめられないんだ。










乙女よ大志を抱け










「じゃあ席発表すんぞー」


担任が黒板に書き出した座席表と手元のくじを見比べながら、影山はぼんやりと机に肘を着いていた。
宮城県立烏野高校に入学して早2ヶ月と少し。衣替えも済み定期テストの後には夏休みも控えた6月、クラスの中のグループはとっくに固まり、そういう意味ではこの席替えはさぞ大事なイベントなんだろう。

勝手のよかった窓際一番後ろとお別れかと思えば若干名残惜しいが、そこまで悲観することでもない。
表に数字が書かれる度に手を取り合って歓喜の声をあげるクラスメイトを後ろから見つめながら、影山は大きな欠伸をした。

IHでの青城戦を期に部員の士気はかつてないほど上がっている。
さっさと部活に行きたい、影山はその一心で黒板を見つめ、チャイムと同時に教室を出られるように鞄を掴んだ。


「ほい、机移動した奴から帰っていいからな」


廊下側一番前の席まで番号をふり終え、帰りの挨拶もそこそこに皆ガタガタと音を立てながら席を替え始める。

影山の引いた紙片の先端の数字を表から探す―――あった。窓から2番目の後ろ。今の隣だ。
立ち上がって鞄を机の上に置き、それごと隣の位置に動く。
2回連続で当てられにくい席だなんて、中々ツイてるじゃないか。

移動したら帰っていいという言葉にならい、影山は部活に行こうとエナメルを担ぐ。
そのまま一直線に後ろのドアを目指して体を反転させた時、背後から聞いた事があるような声がした。


「おー、隣は飛雄ちゃんかあ」


飛雄ちゃん。
そんな呼び方をするのは、あの人だけだと思っていた。
つい最近敗れた宿敵で、総合力県No.1の実力を持つ――――。


「これからよろしくね」


振り返ると、影山の隣の席に座っている人間が影山に向かって手を振っている。
窓際の席、影山の以前の席を引き当てた人物だ。

地毛なのか、赤みがかった髪の毛はさっぱりとしていてとても爽やかな印象を受ける。柔らかで甘い笑顔、やや高い声。
わかりやすく『整った』顔立ちをしたそいつに、影山は眉根を寄せた。

新しいクラスになって2ヶ月も経てば、流石の影山とてクラスメイトの顔と名前くらいは一致する(女子はややおぼろげだが)。
しかし、何故だか生理的にムカつく笑みを浮かべた目の前の男に、影山は覚えがなかった。
はて、1限目の体育の時間、こいつはいただろうか。


「…マミ、席離れちゃった…近くが良かったのに……」


今度はちゃんと名前のわかる女子生徒がそいつの元へ駆け寄ってきて、しゅんとした様子で言った。
教室内で堂々とそんな事を言えるのだから、2人は恋人同士か何か。
となると、影山はよっぽどクラスの恋愛事情に疎いという事になる。


「大丈夫、これからはマミの可愛らしい後ろ姿を毎日見られるんだから、私は嬉しいよ」


その男は歯の浮くような台詞を詰まる事なく言い切り、マミという女生徒の手の甲にキスをした。
あまりに恥じらいがない行動に影山は驚いて固まる。


「ん?どうしたの飛雄ちゃん」

「……ちゃん付けすんな」


ばいばーい、と朗らかな笑顔と共にマミへ手を振るそいつは、影山の視線に気付くと笑顔のまま首をかしげた。


「あれ、飛雄ちゃんって言われるの嫌なの」

「嫌だ」

「おかしいなあ、こう呼んでたのに」


兄貴やっぱ嫌われてんじゃん、と呟いたのを、影山は聞き逃さなかった。

兄貴?


「……お前、名前なんだ」

「え、嘘、名前わかってなかったの?!飛雄ちゃんてばひどい!いけず!」


このしゃべり方、会話のノリ。
駄目だ、益々一人の男を連想してしまう。


「クラスメイトの及川葵!飛雄ちゃんのお隣になったんだから、名前くらいは覚えてよ?」

「………及川?」


白いサマーニットを着た葵は勢いよく立ち上がり、びしっと影山を指差した。
その指先を見て、葵の顔を見て、また指先を見る。

及川、及川、及川。

いや、まさか。だってここは烏野で、あの人は青葉城西の生徒で。
及川なんて別に珍しい名字でも無いんだし、きっと雰囲気が似てるだけの―――。


「飛雄ちゃん知ってるでしょ、青城の及川徹。あれうちのバカ兄貴」


―――人間なんかじゃなかった。
あれだ、もうあの人の家にはこのノリが遺伝してるに決まってる。
こんなに強烈な存在を何故知らなかったのかと、影山は大してクラスメイトと関わってこなかった2ヶ月を恨んだ。


「いや、兄貴って、及川さんに弟がいるなんて」

「はぁ?飛雄ちゃん何言ってんの」


それはこっちの台詞だ、と影山が言い返そうとする前に、葵の唇が動く。


私は、妹だけど。


仁王立ちで構える葵の体を上から見ていくと、サマーニットから覗く制服に気が付いた。
学校指定の、スカート。

ああ、通りで体育の時に居た覚えがないわけだ、男女が隣の席替えで隣になるわけだ。

辻褄が合い納得するも頭ではうまく処理できなかったらしく、およそクラスメイトの女の子に言うべきではない言葉が影山の口から飛び出した。


「お前、女なのかよ!!!!」


どこか得意げに頷いた葵は再び笑顔を作ると、影山に手を差し出した。


「ふっふー…改めてよろしくね、王様?」


大王様の妹ならなんだろう、姫か。
いや、こいつは姫と言うより王子だな、なんてあながち外れてない事を考えながら、影山は呆然としていた。


王様と王子、はたしてどちらが上?


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