銃口のマリアージュ | ナノ




『1年障害物走、1着は3組影山くん!』

『パン食い競争1位は3組及川さん!』

『いやあ、先ほどからこの2人の圧倒的な活躍により、3組かなりいい調子で点数稼いでいってますねえ』

『容赦ないですからね。及川さんに至ってはファンの子達がコースすれすれで応援するものですから、前代未聞の警備員出動ですよ』

『そのファンにも爽やかな笑顔で答える!さすが、烏野の王子様の名は伊達じゃないですね』


放送席で好き勝手に話すアナウンス係の声など聞こえない程に、葵の周囲の人だかりは黄色い声をあげていた。
同学年の女子や地元の奥さま方にとどまらず、近所の中学生や上級生まで混ざっているのだから、その人気は底が見えない。
ひとつ競技を終えるごとに花束を受け取る為、葵の応援席には売っているのかと思うほどに花が積まれていた。


「及川先輩っ!次の種目も頑張ってくださいね!」

「うん、ありがとう。でも、君みたいな可愛い子に見られてるって考えたら、ちょっと緊張しちゃうな」

「えっ……も、もう及川さんってば!」


頬を紅潮させた女子生徒から貰った花を抱え、葵は影山の隣に戻ってきた。
またわんさかと盛られた花の量が増えていく。
水筒から飲み物を飲んでいた影山の横で、ぐったりとした様子の葵が椅子に深く腰かけた。


「あ゙ーっづいー…」

「そりゃそんだけ出ずっぱりならな」


プログラムが進行し時間が経てば経つほど、太陽は光を増していく。
降り注ぐのはもはや熱線であり、そろそろつむじの辺りから火が出始めてもおかしくないんじゃなかろうかと思った。
加えて、葵は出場できる種目にはほぼエントリーされている。
直射日光に当てられながら走るのは、正直かなり辛いのだ。


「飛雄ちゃん、私にも飲み物プリーズ」

「自分のあんだろ」

「スポドリじゃないんだもん……」


あぢー、と手で目元に影を作った葵が、右手だけ影山に向かって出す。
渋々といった様子で自身の水筒をその手に乗せると、葵は素早く蓋を外し中身を喉に流し込んだ。

間接キス、という言葉を連想したのは影山で、ごくごくと喉を上下させる葵を見ながら、全く気にしていない事に妙な不満を持つ。
いや、まあ間接キスごときで照れるような奴じゃなかったな。
影山自身も大して気にしないタイプの人間であったため、そこについては誰も突っ込むこともなく、葵は一言お礼を添えて水筒を返した。


『これより、応援合戦を行います。代表の生徒は準備を終えたら速やかに指定の位置へついてください』

「あ、やば」


差し入れでもらったアイスノンを首もとから外し、立ち上がる。
プログラムを見ていた影山は、そういや衣装に凝ってるとか言っていたな、とぼんやり思い出した。
額に垂れる汗を拭った葵は、両頬を思いきり叩き気合いを入れる。
その真剣な眼差しはどこか兄に通じる所があり、影山は隣に立った葵をまじまじと見てしまった。

……やってるの見たことねえけど、やっぱりバレー上手いのか?
運動神経だけでいうならば、かなり良いのは間違いない。それにこの間日向と勝負をしていた所を見ると、バレーがまるっきりできないという事はないだろう。
女子って体育でやるんだったか、と入学したての頃に配られたカリキュラムの記憶を手繰り寄せていると、いつの間にか隣から葵はいなくなっていた。














サテライト奮闘記














グラウンドの中央に立った応援団長の3年生が、大きく声を張り上げる。
各学年の代表一人はコスチュームではなく制服の学ランを指定されているため、他のクラス代表よりもかなり地味な格好だ。


「三ッ三ッ七びょおーし!!」


真っ青な空に吸い込まれるように響く野太い声に合わせて、太鼓が叩かれる。
心地よいリズムが、地面を揺らして伝わってきた。それと共に整列していた各クラスの代表生徒が一斉に広がり、各々技巧を凝らした衣装に応援席から歓声が上がる。

際どいミニスカートに雄叫びが、醜い女装に悲鳴が、全身タイツに爆笑が。もう太鼓の音なんてこれっぽっちも聞こえず、鼓膜が破れるんじゃないかというほどの音の嵐に、影山は思わず眉をひそめる。
そして、1年女子とおばさま方の黄色い声を受けているクラスメイトに目をやった。


「やっばい!及川さんまじやっばい!」

「駄目だ格好よすぎる。直視したら失明するわ」

「いや、私及川さんに見つめられて失明するなら本望だわ」

「確かに。この世で最後に見たのが及川さんとか、地獄に落ちても幸せかも」

「よしじゃあ思う存分見よう」

「「「そうしよう」」」


影山は隣のクラスの応援席で繰り広げられている狂気染みた会話を聞きながら、一際目立つ葵を見る。
当日のお楽しみと本人が言っていた通り、確かに異様なまでの凝りようだった。

細かい部分までは見えないが、どうやら新撰組をイメージした衣装だ。
腰には刀のようなものも提げており、かなり本格的である。最近クラスの女子がやけに血走った目でコスプレのカタログを見ていたのはこのせいか。
似合うな、と影山は一人頷いた。
英国的な王子の衣装もイメージに合うが、葵の顔立ちは純日本人なので日本的な格好もよく合っている。


「うおお、川北さん可愛すぎだろ!!」


同じクラスの男子の発した言葉を聞いて、影山は意識を4組の代表に向けた。
肌色の面積がかなり多いチアガールの衣装は、多感な男子高校生にはたまらないらしく、そこかしこから「川北さん可愛い」「川北さんにお弁当あーんしてもらいてえ」「川北さんに部活の試合応援してもらったら勝てる気がする」「黙れ万年補欠」「試合に出てから言え」など女子に負けず劣らず残念な声がする。


「なあおい影山!川北さん可愛いよな!」


影山の肩を揺らしたのは、クラスでもかなりお喋りな男子だ。
唐突に話を振られて、「ああ、まあ、」と曖昧な答えを返す。
実際問題、影山はあまり女子に対して何か意見を言った事がなかった。
テレビを見て「美人だな」と思う芸能人がいない訳でもないが、だからといって特にはまりもしない。
正直、自分が初恋を経験したかどうかでさえ怪しいのだ。他クラスの誰々が可愛いだの言われても反応に困る。

そういう意味でいうと、あいつは今までで一番よく話した女子だな。

黄色い声援を一身に受けながら応援合戦に参加する葵を見て、影山は他人事のように思った。









「とっびおちゃーん!」


額につけたはちまきを片手に、葵がクラスの席に帰ってきた。
応援合戦の次は借り物競争となっていて、代表の生徒はコスチュームを着たまま出てもいいことになっている。
毎年必ず出場者が困るようなお題ばかりが揃っており、言うなればイロモノ競技だ。


「お前、着替えないのかよ」

「え、うん。いやー、女の子達から後で写真撮らせてって言われちゃったからね」

「借り物競争出るだろ?」

「……出まーす」


流石にほぼ全ての種目に出場しているときついのか、明るい表情から一転ゾンビのような面持ちになる。
とは言え配点の低いものなので、適度に力を抜いても大して困らないと思うのだが、葵は全力で挑むだろう。

出場者泣かせとも言われる『借り物』を記した紙がコース上に設置され、いよいよ午前中最後の競技が始まろうとしていた。


12/26

[ prevnext ]

[ back ]

×