short | ナノ




夕と喧嘩をした。
ものすごくくだらない理由でものすごい大喧嘩をした。

どれくらいくだらないかと言うと、弟が小学校の自由研究で作った「ガリガリ君の当たり棒そっくりの字が写せる判子」よりもくだらない。最近益々生意気になってきた弟のドヤ顔を思い出すとつむじを名古屋撃ち並に連打してやりたくなるけど、それを加味しても喧嘩の理由の方がくだらない。


「いやでも、あれはあっちが悪い……訳がないよなあ」


加えて非がこちらにあるとわかっているから、イライラと罪悪感は積もりに積もって、私はお湯の入ったペットボトルをお腹に押し当てた。
先生は今出ていて保健室には私一人しかいないのを良いことに、ぶつぶつと誰に言う訳でもない言い訳を垂れ流す。


「だってさ、女の子だしさ、しょうがないじゃないですか」


つまり、こういう事だ。

夕に遊びに行こうと誘われたのだけど、生理痛でそんなことを考えられる余裕がなかった+イライラも相まってきつくあたってしまった=口論。

2日目でかなり重め、しかも昨日の喧嘩が気がかりで薬を飲むのも忘れてしまった。
その結果6限目の途中で耐えられなくなり、こうして保健室で休んでいると言うわけだ。


「…………いたい……」


暖めているお陰でいくらかマシにはなったけれど、子宮は依然としてズキズキと痛む。
第一、高校生のうちに子供なんて産まないんだから、生理が来るのは二十歳越えてからでいいと思うのは私だけか。
毎月毎月こんな辛い思いをするのに子供を産まない人だっているんだし、生理なんて赤ちゃん欲しい人だけ来ればいいと思う。


「…私もう結婚出来んのか…」


先月誕生日を迎えたので、私は今17歳という法律上じゃバリバリ結婚していい年齢だ。
あ、でも夕がまだ18じゃないから結婚はまだまだ先だな……


「っな、なんてね!!」


特に意識することもなく結婚相手の顔が夕だった事に気付いて、私はぶんぶんと首を振った。














やっと地球が丸くなったね














2年連続同じクラスになった夕とは去年の夏から付き合っているから、もうかれこれ1年になる。
初めて会った時の印象なんてもう覚えてなくて、いつの間にか隣に居るのが当たり前になっていた存在。
数え切れないくらい喧嘩もしたけどその度にお互いに謝って、正直私達の絆はキン肉マンの二の腕もびっくりの太さだと思う。

それでもやっぱり仲違いをしたままなのは辛いし、夕の笑顔が見れない事は悲しいのでありまして。
波で来る疼痛に体を丸めながら、私は唸ったり体勢を変えたりと試行錯誤を繰り返す。
病は気からと言うけれど、実際確かにそうだ。悪いことをしたなという罪悪感やら何やらが心の中でぐちゃぐちゃに入り交じって、お腹の痛みに拍車をかける。


「あー……夕好きだー……」


人間好きな事について考えていると辛いことが和らぐらしい。

付き合って最初のデートは、もう屋台が閉まり始めた夏祭りのラスト10分だった。

2回目は映画。私がジブリの最新作で夕がアクション、互いに一歩も譲らず相当激しいバトルを繰り広げたのを覚えている。確かその時はどっちも二人で見て、帰るのが遅くなりすぎてお母さんに怒られたんだっけ。

クリスマスには雪だるまとかまくら作り。
かまくらは二人でギリギリ入れるか位のサイズで、中に居る間に崩れちゃって二人して雪まみれになった。
世のカップル達みたいにオシャレなディナーなんて空気は微塵もなかったけど、息ができなくなるほど大爆笑をした良い思い出だ。

お花見に行こうが遊園地に行こうが水族館に行こうが夕の家だろうが私の家だろうが、彼と居るといつだって笑いが絶えなかった。


「………夕ー……夕さーん…会いたいー…」


あれ、私今日声聞いたっけ?ちゃんと顔会わせたっけ?
何だかぎくしゃくした空気のまま時間が過ぎ去ってしまって、同じクラスの筈なのにどうしようもなく夕が遠い。

駄目だ。ぽろりと雫が頬を伝った。
情緒不安定なのはわかってる。それでも涙が止まらなくて、じくじくと痛むお腹を抱えた。


「………夕…」

「しっつれいしまーす!!!」


ガラガラピシャンッ!と勢いよく開いた扉の向こうからしたのは、聞きたかった声。
HRが終わってすぐに来たのか、鞄を肩にかけた夕がそこに居た。
保健室をきょろきょろと見回した夕は私を見つけると、一直線に近づいてくる。


「え、え、ちょ、夕?!」

「葵、すまねえ!俺が悪かった!!」

残像が見える勢いで頭を下げられて、突然の出来事に私は狼狽えた。
驚きで涙も痛みもどこかにふっとんだみたいだ。


「その、お前が今そーゆーのだって知らなくて、無神経な態度取っちまった。体大丈夫か?」

「あ、うんまあ……夕の顔見たら治った」

「そうか!なら良かった!」


不思議。さっきまであんなに痛かったお腹が嘘みたいに楽になった。
私の返事に本当に嬉しそうに笑った夕につられて、私も思わず笑顔になる。
それから夕が困ったように頬を掻いた。


「それでさ、その、許してくれねーかな」

「………どーしよっかなー」

「え?!」


私はこっそりポケットに手を入れて、渡すタイミングを切り出せずにいた紙を抜く。
後ろ手に隠したチラシには大きな花火の写真と「夏祭り」の文字。今年最後のお祭りの日付は明日だ。


「一緒に行ってくれたら、許してあげましょう」


1年前、花火が上がっている中夕に告白されたあの日と同じ祭りが、今年も開催される。
ポケットの中でぐしゃぐしゃになってしまったカラフルなチラシが夕の頭に当たるまであと数秒。
丸まった紙を握り締めて、私は投球のモーションに入った。



刺繍様提出



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