純情シャングリラ | ナノ




「うおおおおお遅刻するうううう!」


物凄いスピードで夕が階段を駆け降りていく音を聞いて、私はぱちりと目を開けた。

そして、固まる。

え、え、え。いま、夕が出ていく前に、私に、私のほっぺに、何を致したのでございましょうか。

頭は変にすっきりしてるのに瞼が重くて、曖昧な意識の中夕の声を微かに聞いたのは数分前。
気持ちいい体温の抱き枕が消えたような消失感、再び眠気の赴くままに意識を飛ばす。
夕が何かをぼそりと呟いて、急に焦りはじめて、衣擦れの音もして、それから―――……。


「………………え、キス?」


―――頬に、何か柔らかいものが当たった。
ちゅ、という控えめなリップ音を聞き、すぐ近くから夕の元気な声がしたのも覚えてる。
じゃあ、やっぱり、もしかして、この頬に残る不思議な感触は。


「いやいやいやいや、まさか」


だって、別れてからもう1年近く経つし、一晩同じベッドでぐっすり眠れる程の仲なのに。
キスは、あれだ。
きっと勘違いか何かに決まってる。うん。

若干熱い両頬をぱしぱしと軽く叩き、自分で自分を納得させる。
時計を見るともう結構な時間で、私はベッドから這い出ると布団を整え、おばさんに挨拶をしようと1階に降りた。


「おはよーございまーす……」

「おはよう葵ちゃん、随分遅いお目覚めね。夕はさっき叫びながら出ていったわよ」


元気よく笑ったおばさんはお出掛けの格好をしていて、化粧も済ませている。


「私これから出掛けてくるから、良かったらまだ家に居てね」

「あ、はい」

「もし一旦自分の家に戻るなら、玄関から鍵とってかけてくれたら大丈夫よ。多分遅くなると思うけど、今日もご飯食べていくんでしょ?」

「その予定です!」

「じゃあ戸締まりよろしくね。誰か来ても居留守使っちゃいなさい!」


ハンドバッグを持って出ていくおばさんを玄関まで見送ったあと、私は一人でリビングに戻った。
ふむ、どうしたものか。
夕が帰ってくるのはどうせ夜だし、それまでする事がない。
勉強しろよ受験生と言われればそうだけど、提出する宿題はここに来る前に終わらせてある。

夜更かしし過ぎたせいかあまりお腹は空いてなくて、何だか手持ち無沙汰のまま夕の部屋に入った。
昨日私たちが散らかしたお菓子のゴミやゲームのビニール等を拾い、ゴミ箱に入れる。
出しっぱなしだったコントローラーをしまい、パッケージの蓋を閉める。
あらかた片付けた所でごろんとベッドに寝転がり、射し込む光に目を細めた。

何しようかな、夕のアルバムでも見てやろうかな、と考えていた私の頭に、ある1つの考えがよぎる。
夕はまだまだ帰って来ないし、この家には私しかいない。
私はベッドから飛び上がると、作戦を決行した。














物色シャングリラ














「第一回、夕のお部屋を物色してみよう〜!」


どんどんぱふぱふー!と口で言い自分で盛り上げながら、部屋をぐるりと見渡す。
ぱっと見何ら変哲のない部屋だけど、そこは高校2年の男子。
何かしら楽しい本が出てきたっておかしくはない。いやむしろ、出てこない方がおかしいはずだ。


「うふふふ、覚悟しなさい」


手をわきわきさせて笑う私は、端からすれば完全完璧不審者だろう。

しかーし、今はそんな事関係ない。

1個下の大切な大切な幼馴染みが部屋にえっちな本を隠していないかを確認する義務が、私にはあるのだ。
いや、なくてどうする!!


「河野葵…いざ尋常に、参る!」


まずは定番スポットから攻めていこうと、ベッドの下を覗いてみる。
やや埃っぽいそこには何もない。流石に、こんな安易な場所には隠さないか。

続いて本棚。木を隠すなら森の中とも言うし、と一通り見てみるが、残忍ながら漫画と月刊バリボーしかなかった。

お次は机の中である。
1年生の時の教科書(背表紙だけで判断できる、ボロボロだ)以外何にも勉強道具が入ってないのは置いておいて、怪しいものはないかと探す。
……関係ないけど、夕はテストとか大丈夫なのかな。


「…ん…これって…?」


引き出しの一番下、教科書を全て抜いたその奥に、不自然な隙間を見つけた。
指を差し込み手前に引っ張ると、ガコンと外れる音。ビンゴだ。


「2重底なんて、よく考えたもんだ」


徐々に見えてくる本に、何故だか胸が高鳴る。
やばいこれ、楽しいかも知れない。
にやにやしてしまうのを抑えきれず、私は本を引き抜いた。


「そいっ」


―――――あ、これマジだ。
表紙はほぼ全裸のおねーさん、大きくついた見出しは『禁断の緊縛プレイ!!』、それも新品じゃない。触った感じからすると、結構読み古されている。


「……夕………………」


これを読む幼馴染みの姿を想像すると、恥ずかしいとかよりもいたたまれなくなって、私は無意識のうちに夕の名前を呟いていた。

このままなかった事にして戻そうかと思ったけれど、私だってまあお年頃。
出来心と好奇心も相まって、私はそのえっちな雑誌を開いてしまった。











エロ本を見るときのお約束。
人の部屋で読まないこと、眠い時に読まないこと、読んでる途中で寝ないこと。

ちなみに私は、全部破りました。




「ただいまー。……葵、ベッドで何してんだ?」

「おー…おかえりなさい夕……寝ちゃってたよ…」

「あー、まあしょうがないだろ。って、お前何見ながら寝てんだよ。あれか、卒業アルバムとかか?」

「いんや、夕の……エ…本…」

「なんつった?ったく、クーラー効いた部屋で寝てたら風邪ひく……ぞ……」


夢うつつ状態で会話をしていると、唐突に私の顔の下から本がいなくなった。
微妙にぼやけた視界の中夕を見れば、口をあんぐり開けたまま固まっている。


「…っな、…な、なんで、おおおお前が、このっ、本読んで、」

「暇だから物色してたら見つけちゃってさあ……ふわぁ」


夕の顔がぶわあああっと面白い位に赤くなった。お風呂場の時よりもっと。
酸素が足りない金魚みたいに口をぱくぱくと開閉させる夕を見ていると、段々目が覚めてきた。
真っ赤な顔で硬直した夕。まずったかな、とフォローを考えてみる。


「こっ、これは、俺のじゃなくて、龍の奴が姉ちゃんにバレそうだから預かってくれって言って、だから、っそもそも俺はこんなんなくたって、ちゃんと好きな女が」

「ス、ストーップ。落ち着こうか夕」

「だだだだからっ、ご、誤解しないでくれっっ」

「大丈夫、大丈夫だって」


ぷるぷる震えながら弁明をする夕は見てて飽きないけど、可哀想だったので止める。
エロ本……もとい龍君―――確か元気のいい坊主君だ―――の私物を後ろ手に隠してるんだけど、うん、ちらちら裸のおねーさんが見えてた。言わないけど。

ちょっとしたパニック状態に陥っている幼馴染みに向かって、私は最大級に優しい笑顔を作る。
そして、口を開いた。





「縛るのが好きなら、私がさせてあげるからさ。18歳になるまでは買っちゃダメだよ夕」

「―――っ、だから俺のじゃないんだっつーのおおおおお!!!!」


私の大人なフォローも虚しく、夕の大絶叫は夜の住宅街を揺らす。

※そのあときちんと誤解も溶けました。
※18未満の子はエロ本買っちゃ駄目ですよ!




(ま、待てよ!私がさせてあげるって、つまり、つまり……)
(あの人の体勢凄かったな…腕と足を吊ったらかなり痛いと思うんだけど……)


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