純情シャングリラ | ナノ




「入るよ夕ー」


中から「おー」という返事が聞こえたので、ノブを押し下げて扉を開ける。
久方ぶりに入る夕の部屋は相変わらず散らかっていた。

ごみ箱にはポテチの袋やら漫画の包装紙やら湿布の箱やらが乱暴に突っ込まれており、汚くはないんだけどどこかごちゃごちゃしてる印象を抱かせる。
物が雑に積まれている中で、壁にかけられたオレンジ色のユニフォームと棚に置かれたバレーボールはきちんと整頓されていて、それが夕らしい。

クーラーの効いた室内は程よい温度で、火照った体に気持ちよかった。
リビングのを買い換える時にお古をもらったというテレビにはバラエティ番組がついていて、ベッドに寝転んだ夕が漫画を片手に見ている。


「夕さーん、私を部屋に呼んどいて用事はないんですかね」


私に目を向ける事なく漫画のページをめくる夕に声をかけ、多分大して使ってないであろう勉強机の椅子を引いて、逆向きに座った。
背もたれを胸の前に抱えてぐるぐる回ってみるも、夕は漫画から目を離さない。


「葵ちょっと待ってくれ、後少しだから!」

「はいはい」


悲しいくらいに汚れてない机の上には、本当に大切そうに盾が飾ってあった。

中学校生活最後の大会、千鳥山中学校バレーボール部のリベロとして、夕はベストリベロ賞を取った。
優勝することは叶わなかったけれど、高校に入ってからも『天才リベロ』なんて呼ばれてて、なんか私も嬉しかったりした。

それが花瓶割って謹慎くらったなんて聞いた時は、心臓止まるかと思ったんだっけ。


「はー、今回もアツい展開だったぜ」


輝かしい盾を見て感慨に浸っていると、背後からパタンと本を閉じる音がした。

振り返ると漫画を読み終わった夕が枕元の本棚に戻している所で、椅子を回転させ座ったまま近付く。


「で、何だったの呼んだ理由」

「おう、実はあるものを手に入れてな」


にやにやと自慢気に笑いながら、夕がベッドの脇に置いてある某大型電器店の袋に手を入れた。
不思議に思いながら夕の行動を見守っていると、やがて何かを掴んだ夕は腕を引き抜く。

その手が握っていたのは―――










完徹シャングリラ










「っ!!な、それはまさか……!」

「ふっふっふ。そう、スーパーマルオブラザーズ3だ!」


―――最近発売されたばかりのゲームだった。

あの国民的キャラクター・マルオが、お馴染みの赤い帽子を被っているイラストがパッケージの、『スーパーマルオブラザーズ』。
マルオの弟であるルイーザと共に協力してさらわれたレモン姫を助けるという、超人気ゲームだ。

何を隠そう、私と夕はこのゲームの大ファンで、新作が出る度に買ってはプレイしている。
しかし今回は予想以上に売れ行きが良く、私も売り切れと何度言われた事か。

ほとぼりが冷めるまで待とうと思っていた最新版が、今、夕の手にあるのだ。


「どうして夕が持っているの!?」

「買えたは良いけど本体の方が壊れたって言って、クラスの奴が安く譲ってくれたんだ!葵と一緒にやろうと思って」


ニシシ、と満面の笑みを浮かべる夕を見て、なんだか心が晴れるような気がした。

私が椅子から勢いよく立ち上がると、夕が一瞬ぎょっとした顔をする。
少しだけ夕の頬が赤くなった気がしたけど、特に気にせず夕のベッドの横に立った。


「よし、やろう!夕がマルオで私がルイーザね」

「…お、おう!」


変な間があったけど、追求する事もなくテレビの電源を入れる。
Wooというゲーム機のスイッチを押しコントローラーを2本接続すると、1本は夕に渡した。


「あ、そうだ葵、お前今日泊まっていけよ!」


慣れた手付きでソフトのビニールを剥がしていた夕が、突然そう言う。
私は本体の設定をいじっていた手を止めて、弾かれたように夕の方を向いた。


「え、何言ってんの?」

「だって今日お前ん家のおばさん帰ってくるの遅いんだろ。明日学校休みだしさ、泊まってけばいーじゃん」

「いやいや、それは流石に……」


新品のディスクを受け取りセットしながら、私はベッドの上の男を見る。
……まあ別に、私達の間に今さら恋愛感情とかないんだから、いいっちゃいいんだけどさ。


「第一私はどこで寝ればいいのよ」

「このベッドでいいよ。俺は床に布団敷いて寝るから」


確かもう一組はあったはず、等と具体的な案を出す夕に呆れつつ、私は心の中でなんとも言えない溜め息をついた。

今泊まってしまったら、夕は私を全く女扱いしてないって事で、それはそれで癪に触る。
どーでもいいプライドが、魅力的な提案にイエスと頷かせないでいた。

だけど、私のそんな意地をあっさり打ち砕いたのは、おばさんだった。


「葵ちゃーん、お母さん今日泊まりになりそうだから、うちに泊まっていってー」


1階から聞こえた声に夕が「な!」と嬉しそうに言って、私は結局泊まる事になったのだ。


「………っしゃあ夕!」

「おう!」

「今日はオールしてでもレモン姫を助けるよ!!打倒キュッパ!!」

「あったり前だあ!!」


コントローラー片手に夕と士気を高め、私は猛然とベッドに潜り込む。
二人でうつ伏せになって構え、オープニングを飛ばし、ステージを選択。

これは遊びじゃない。戦争だ。




「いっくぜええええええええ!!」

「ちょ、夕!キュリボーに突っ込まないでよ!」

「あ、やべ死んだ」

「うおおおおおおい!?」

「あ、もう生き返れねえ」

「待っ、今ボスの前!ボスの前だってばああああああ!!」


興奮したらコントローラーごと体が動いてしまうタイプゆえに、ベッドの上で暴れる私と夕。
私が夕の上に乗って操作するのが一番息が合うという結論になり、丑三つ時を過ぎても猛追撃は止まらず、ラスボスであるキュッパを倒した時には窓の外が明るくなり始めていた。


「……ったあ!!やったあ!!」

「よっしゃああ、キュッパ撃破ああああ!!!」


画面に踊る『GAME CLEAR』の文字に手を取り合って喜び、データをセーブしたのを確認したあと、私達はどちらともなく瞼を閉じる。

間近に夕の体温を感じながら、私はまどろみに追いやられ、深い深い眠りについた。


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