純情シャングリラ | ナノ




昔の事を思い出すと、いつでも隣には一人の女の子がいた。

いつから一緒にいるのかわからないし、第一印象も覚えてない。
だけど、物心つくずっと前から、少女は俺の手を引いていた。

俺より少し背の高い、ひとつ上の幼馴染み。


色素の薄い明るい髪色がよく似合っていて、ショートカットはサラサラ揺れて、そんでもってオレンジ色がとても合う。

真夏の空の眩しさを全身に受け止めたような、誰もが思わず笑顔になってしまうような、本当に素敵な――――。


『……っ、おやすみぃ…夕……っ』


薄く開いた窓の向こうから聞こえてきた泣き声に気付いていながら、俺は黙ってベッドに突っ伏していた。


泣くな、泣かないでくれ。


今すぐあちら側のベランダに翔び移って抱き締めたい衝動を必死で抑え込み、ただただ啜り泣く声から意識をそらす。

いつだって太陽みたいな笑顔を浮かべる彼女を泣かしているのは一体誰だ?

別れようと言ったのはあっちなのに、何で葵が泣いてるんだ。


『……わからねぇよ、畜生…』


シーツを固く握り締め、ベッドの上でくぐもった声をあげる。

窓の外から入ってきた風が蒸し暑い部屋の中を少しだけ涼しくさせ、俺の体にやんわりと吹いた。


戻るんだ。

戻ってしまうんだ。


温かくて穏やかで和やかな、ぬるま湯のようなただの幼馴染みの関係に。


『…良い人なんて、いるわけねーだろ』


泣き出す一歩手前の笑みを思い出して、握った拳を降り下ろした。

スプリングの効いたベッドに手は跳ね、虚しい感覚が腕全体に伝わってくる。


幼馴染みじゃ嫌だ。

だけど、だけどそれを彼女が望むなら。


俺は、いつも通りの日常を演じよう。
今までと変わらない『幼馴染み』であり続けよう。

………だって、葵は。


――――――世界一綺麗な笑顔を見せてくれる、俺にとっての太陽なんだから。












青空シャングリラ












「「えっ?!西谷さん彼女いるんですか?!」」

「ブフォッ」


烏野高校の体育館に、翔陽と影山の大声が響き渡った。

あまりの衝撃に口に含んでいたスポーツドリンクを吹いてしまう。(隣の龍も吹いていた)


「んなっ、何だよいきなり」

「ノヤっさん、彼女いたのか?!」


むせながら返事をすると、同じくむせていた龍まで俺の肩を掴んで揺さぶり始めた。
更に今の声を聞き付けた他の部員までわらわらと寄ってきて、いよいよ収集がつかなくなっていく。


「いねぇよ、彼女なんていないいない!」

「えっ、でも菅原さんが、昨日西谷さんと可愛い女の子が歩いてるの見たって」

「西谷〜、お前も隅に置けないな」

「いや、まじでいないんですってば!昨日とか言われて、も……」


慌てて否定しながら、昨日という言葉で思い出した。
そういや昨日は葵と買い物に行ったんだった。


「…幼馴染みですって」

「えー、うっそだぁ」

「なに、何の話?」

「おお旭、西谷の彼女について話してたんだよ」

「菅原さん、だから違うんです!旭さんも真に受けないでください!」


にやにやとした笑みを浮かべながら菅原さんがこちらを見てくる。
駄目だ、どうしたら信じてもらえるんだろうか。


「だから、昨日のは幼馴――……」

「ああ、西谷の元カノか」


……ぽん、と。

俺がどうにかこうにか誤魔化していた事実を、旭さんはいとも簡単に口にした。


「「「「「元カノ?」」」」」


食い付いてきた部員を一瞥して、隠し通すことの不可能さを悟る。
そして、諦めた。


「………3年の河野葵です。俺の幼馴染みで……昔付き合ってました」


今はもうただの幼馴染みですけどね、と自虐気味の言葉を足し、飲みかけのスポーツドリンクを喉に流し込む。


「旭…河野って、あの?」

「ああ……たぶんそれだ」


コソコソ話をするように耳打ちし合う二人ははー、とかほー、とか意味不明な頷き方をしつつ、にこりと俺に笑いかけてきた。




河野葵は、有名だ。

成績優秀スポーツ万能、絵に描いたような文武両道の完璧人間で、加えて目を引くルックスに取っつきやすい性格。

男女共に人気があり、彼女の周りにはいつだって人がいる。

俺からしてみれば葵は昔から皆に好かれていたので珍しい事ではないのだけど、他人からしてみればすごいんだろう。


更に目を輝かせて詰め寄ってきた1年コンビの質問攻めからどう逃げようか考えていると、救世主の声が聞こえてきた。


「ほら集合ー。続き始めるぞ」


ハイ!と返事をすれば皆の関心はそっちに向かったようで、俺から離れていく。

ほっと安心すると大地さんに促され、固まっていたメンバーはそれぞれ立ち上がった。

さて、今日も頑張って行こうじゃないか。



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