「そういえば名前、前は俺のこと名前で呼んどったよな」
週末、朝ご飯を終えてゆったりテレビを見ていたタイミングで、唐突に明暗がそんなことを言い出した。どんなタイミングで思い出してるんだろう。
「あぁうん。呼んでたね」
ごくっと明暗が入れてくれた温かい紅茶を飲む。じんわりと全身に温かさが広がってなんだかホッとした。確かに昔、明暗のことを"修吾"と呼んでいた時期がある。あの子の登場でそれは終わりを告げるのだけど。
「高校の時、明暗の彼女に『あたしの彼氏に馴れ馴れしくせんでな』って言われたんだよね」
多分彼女は薄々私の気持ちに気がついていたんじゃないだろうか。だからこその牽制だったに違いない。
「あー…気い強かったもんなアイツ」
「まぁ私転校生で浮いてたし目に付いたんじゃない?」
高校って転校生珍しいし、関西弁の中に標準語がいれば当然浮く。
「お前が急に明暗って呼ぶようになって少し寂しかったんやで」
「へぇー」
そうなんだ、と意外に思いながらも視線は変わらずテレビのままだった。今やってるプレゼント企画応募しようかな。だって有名ホテルのビュッフェチケットなんだもん。行きたい。
「おい」
私とテレビの間に、ぬっと明暗の顔が割り込む。
「ちょっと、応募キーワード見えない」
「邪魔扱いすな。大事な話や」
「…なに」
急に距離が縮まって少し緊張する。いざ恋人らしい空気が流れると、どうにも照れてパニクってしまう。片思い期間が長すぎた弊害だろうか。
距離を取ろうとする私の腰を普段ボールを打ち下ろしている大きな手がガシッと掴まえる。しまった。逃げそこなった。明暗は身長の分、腕も長い。
「いつまで明暗なんや」
「えぇ」
「お前も明暗になるんやろが」
「…まだ返事してないけど」
「聞こえへん」
あれから多少強引になった彼は、こうして度々私の逃げ道を潰しにかかる。
ジッと至近距離で見つめられると、どうにも弱い。なんでこんな奴好きなんだろう。
「…修吾」
「もっかい」
「っ、修吾!」
「おう」
パッと嬉しそうな顔で笑う修吾に「応募キーワード見逃したじゃん」と恨み言をぶつける。
彼は特段気にした様子もなく「そんなんいつでも連れてったるわ」と携帯でホテルビュッフェを検索し「たっか!」と金額に目を丸くしていた。
そりゃいいお値段するに決まってる。五つ星ホテルだぞ。
「まあ…年に一回くらいならええで」
「いつでも言ったじゃん」
ねぇ、修吾。未来の約束ができるってこんなに嬉しいんだね。