作法 卒業ネタ 綾部視点




音が鳴らないよう、気配を悟られないよう、廊下を歩く。
私は髪を揺らし、通いなれた作法室に向かう。
仙蔵先輩が卒業する。
引き継ぎ作業も終わり、あとは卒業式を明日に控えているだけ。
まだ実感がわかないなとぼんやり戸の前に立つと、中から藤内と先輩の声がした。
やはり、実感がわかない。
先輩は先輩のまま、いつまでも変わらないで委員長を務めている感じがするのだ。
藤内と二人で、私のつくる穴の心配をして。自信があるように、見下ろして、笑う。

「失礼します。綾部喜八郎です。」
「…ああ、入れ」
少しの沈黙の後、先輩の応答があった。
戸を開けると藤内が膝を立て、立ち上がる。
先輩と藤内は、二人だと静かに話すことが多い。
「では、僕はこれで」
「ああ、また明日、藤内」
「………はい、仙蔵先輩」
唇をゆるく噛んだ藤内が、先輩に頭を下げ、私にも失礼しますと声をかけ静かに戸を閉めた。
律儀な後輩だ。
僕の、大切な後輩の一人。

「喜八郎、座りなさい」
「はい」
奥に控える先輩に向き合うように座ると、目を細められた。
手元には藤内の飲みかけの湯飲みと、飲み干した先輩の湯飲み。
先輩の湯飲みは模様が少ない。私はそれを使う先輩の手を眺めているのが好きだった。
骨骨しい指が、先輩の深い色の湯飲みに映えて、私の居場所を教えてくれる気がしていたから。
息をのんで、背筋を伸ばす。正座には自信がある。
先輩と目を合わせると、まだ目を細めて笑っている。
それを意識にとどめながら、指をついて頭を垂れた。
髪が流れて、額をつけてる畳に落ちた。
畳の色さえぼやける近さに目を閉じて、先輩の薄い気配だけ感じて、声を出す。
部屋の中の空気が変わる前に、緊張で、声が震えだしてしまう前に。
「立花仙蔵先輩。作法委員長の任、ご苦労様でございました。」
「…」
「先輩が就任されましてから、おそばで先輩のお仕事を拝見し、勉強いたしました。次は、」
「…」
「…次は、」
声が詰まる。
何度心の中で練習したかしれないのに、いつも、心の中でさえ私はここで言えなくなってしまう。
文だって全部自分で考えたのに、きりりとした顔で言い切ってやって、ひょうひょうとした先輩を出し抜いてやろうって
先輩は私の言葉を待っている。気配で、わかる。顔は上げられない。さらに強くまぶたを閉じる。
「…つぎは、次は私が、役目を引き継ぎます。…どうか、どうかわたし、に」
もう何を言ってるのかわからない。
だって言いたくない。ほんとは思ってない。ずっとこのまま、安心できる居場所があるまま。
先輩に使ったことのない言葉遣い、言いたいことを素直に言えた性格ではないけれど。
もうこれ以上は、言葉に
「…綾部喜八郎。」
先輩の声に、体が震える。
顔なんて上げられるわけがない。穴を、掘りに行きたい。とても狭くて一人しか入ることができないような深い深い穴を。
「…はい」
「お前に、作法委員長代理の就任を引き継ぐ。」
「…はい」
顔をあげると、にっこり微笑まれた。
涙はでなかった。泣かないと決めたから。
ゆがんだ私を認めてくれてありがとう、先輩。いかないで。
「…この、湯飲みもお前が使いなさい」
「…はい」
「よろしく頼むよ、これから」
優しく笑う先輩に、心が崩れてしまった。言わなきゃならないこともまだいっぱいあったはずなのに、もう全部投げ出したくなった。
少し開いた戸から入る風に乗って梅の香りがした。
もう、枯れてしまうから。先輩がいなくなってしまうから。
「はい、先輩。」
「なんだ?」
「いかないで」
「………。ははは!」
驚いた先輩は、それからカラカラ笑い出し、腹を抱えてしまった。
部屋中に先輩の笑い声が響く。
おかしいな、なんで笑うんだろう。
首をかしげて、胡坐をかいた。
お礼とか、就任の儀式とか、もうそんなのは投げ出して、最後まで言いたいことを言えばいいや。
どうせ何言ったって、先輩は行ってしまうんだろう?
「ははは…」
「なんで笑うんですか」
「なんでって…喜八郎、」
「はい」
「作法委員は、楽しいか?」
そう聞く理由がわからなかったけれど、嬉しそうな先輩の声に誘われるまま頷いた。
「はい。居心地がいいです」
「ははは、そうか、そうか」
私の答えに満足したのか、何度も何度も頷きながらまた笑い出す。
終わりがないなと悟った私は、先輩に手を伸ばして、袖をつかんだ。
ねえ先輩。
「先輩、いかないでください」

「ああ…困ったなぁ」
そういった先輩は、ほんとに困った顔をして、あと少しだけ、悲しそうだった。








いかないで














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「文次郎、後輩はかわいいなぁ」
「腹ただしいが本当にそう思う」
「お?」
どうやら会計委員も涙のお別れだった様子


なにが書きたかったか忘れてしまった作法卒業ネタ
綾部のキャラがどう頑張ってもわからないので作法委員会大好きっこにしました。

宮上 120402



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