3のろ 現パロ バカ話


三人の通う学校の近くに、大きくて長い坂がある。
傾斜も厳しく、彼らの学校に通う生徒達はみな「度胸試しの坂」と呼んでいた。
サンフランシスコをどこか彷彿とさせるその坂は、しばしば生徒達の遊びの場となっていた。
学校からずっと下っていくと、突き当たりに道路が交差しており、それを超えると海に出る。
海水浴もできるその海は、砂浜が多少荒れてはいるものの田舎に住む学生達やカップルの場だ。

キーンコーン、とチャイムがなり、夏休み前の大きな試験が終わった直後、やっと終わったと三年ろ組みの教室も他の教室に漏れず、ざわざわそわそわと開放感と疲労感からかせわしない。
んん、と伸びをしていた作兵衛に、振り返った三之助がげんなりした顔でつぶやいた。
「…幸せに…なりたい…」
「おいおい、大丈夫かよ。顔死んでんぞ、三之助。そんなに世界史やばかったか?」
「…やばいなんてもんじゃないね、自分の名前しか自信ねぇよ」
「…そうか。名前で点もらえたらいいな。」
はぁあ、と深いため息をついた作兵衛に苦い顔をした三之助が、そういう作兵衛はどうなんだよ、と声をかけた。
「俺?俺は……あ、そういや今日担任休みだったな〜なんでだろうなぁ」
「作兵衛もだめだったんじゃーん!」
おーい!と騒ぐ三之助と作兵衛の間に、にゅ、と太い眉と大きく開いた口が飛び出した。
左門だ。
「風になりたい」
「う、わ!」
「ぎゃ!」
毎度左門の顔の近さに驚いてのけぞった二人は、左門がカバンを持ち、帰る準備万端なのに気づく。それを左門が唇を尖らせて咎めた。
「準備してないのか」
「今からするよ」
いそいそと帰る用意をしながら、先ほど左門が言った言葉について作兵衛がつついた。
「どうしたんだよ、左門。世界史がしんどかったのか?」
「世界史は5点だ。」
「言い切りやがったな」
「左門かっけー」
三之助が適当な賛辞を左門に送ったと同時に、三人の準備が整い、誰彼ともなく教室を出る。
チャイムが鳴り、テスト回収後すぐに教室を出るものもいるため、教室には三人が出ると残りほんの数人になってしまった。
日差しが暑い。夏、三人の白い半そでシャツが風に揺れた。
廊下を三人で歩く。三之助のかかとを踏み潰した上靴がず、ず、と音を立てている。
「やっぱクーラー着いてる教室から出たらあっついなー。」
「アイス買って帰るかー。」
「賛成―。でももっとがっつり食いたい」
「いいけど三之助、部活は?」
「今日は七松先輩が嫌がったから休み」
「自由だな」
のびをした作兵衛が舌打ちをする。
靴箱のある昇降口から見える空は快晴のひとことに尽きる。雲ひとつないとはまさにこのことで、空の色も薄く、学校に植えられている木の周辺からジージー蝉の声が酷く夏を表していた。
コンコン、と左門がスニーカーを履いた靴を鳴らし、先に履き替えてケータイをいじる作兵衛に声をかけた。
「作兵衛はないのか?委員会」
「ねぇよ。さすがに今日あったら嫌だな。」
ケータイから顔を離した作兵衛が思い切り顔をしかめた。
三之助のあくびが響く。
「ま、一年が嫌がってたから食満先輩はやんないだろーなー」
「相変わらず作のとこは後輩に甘いね」
三之助の言葉に、ふん、と不服そうに作兵衛が鼻を鳴らした。
「それがわかったのは、今年の一年が入ってからだ。」
「いや、作兵衛が勝手にビビってたからだと僕は思うけどね」
左門の指摘に、三之助がはは、と短く笑った。
三之助も履き終わり、三人は顔を見合わせ昇降口からでる。
とたん、容赦なく三人に浴びせられる夏の日差しに、歩みは止めないものの、三人が一様にうえー、と舌を出した。
暑いのである。いやもう熱い、と表現すべきか。
漢字がちげえよ、と一人ツッコミを頭の中でする作兵衛は、早くコンビニ入ろうぜ、と口にする。
横に並んで歩く三之助も黙って頷き、汗をぬぐった。
三人の通う学校に一番近いコンビには、冒頭に上げた「度胸試しの坂」を下っている途中にある。
俺ガリガリくん、俺はスイカバー、と買う商品の名前を挙げている作兵衛と三之助の横で黙っていた左門がふ、と門を目前に立ち止まった。
それに気がついた二人は振り返り、左門を見る。
左門は黙ったまま、自転車置き場にある自転車を見ている。
生徒は電車や徒歩で通学するが、もちろん自転車通学をする生徒もおり、そんなに広さはないものの設けてある自転車置き場には、ほとんどの生徒が帰ってしまったせいで、2,3台しかない。
しかもいったいいつからここにあるのだと疑いたくなるような古ぼけた自転車。ベルは壊れて中身が見えており、塗装は剥げ、おそらく新品のときはキレイな青色あったのであろうがもうほとんどその原形をとどめておらず、ほとんど茶色といって支障ない。
たった二歩ほど違う二人と左門の間に、ジーワジーワと蝉の鳴き声が響いた。
作兵衛は嫌な予感がしたが、黙って自転車を見る左門を眺めた。
隣に居る三之助が、声をかけない作兵衛に何かを察して恐る恐る声をかける。
「左門、どーしたの」
左門が呼び声に反応し、ジリジリ焼ける日差しの中、ゆっくりゆっくり二人に顔を向けた。
作兵衛はもう嫌な予感しかせずに、徐々に見えるキラキラした左門の瞳に後ずさる。
「な、なんだよ…」
キラキラした目を二人に向けた左門は、大きい口を更に大きくあけて、ビシ、と自転車に指をさした。
そして言うことには。
「風になれるかもしれない!!」


「ほんとにやんのかよー」
一つの自転車に三人でまたがって、今、「度胸試しの坂」のスタート地点。あとは思い切り下るだけ。
坂は平日でお昼真っ盛りの夏の日のせいか車も人もほとんど通らず、三人は車道に止まっている。
傾斜の厳しい坂のせいで、スタート地点から坂の一番下のゴール地点は見えない。
間に挟まれた作兵衛は、前で立ち漕ぎする気でいる左門に阻まれて視界が悪く、余計怖いのだ。
「やいやい言うなよ作兵衛!風になれなくても良いのか!」
ハンドルを握り、自転車を跨いだ左門が振り返る。
何せ三人で乗っているものだから顔が近く、作兵衛がのけぞると、後ろの荷台に座っている三之助の胸板に背中が当たって、結局近いままだ。
「つか、それだよ!なんだよ風になるって!」
作兵衛がうがあ!と唸る。
左門は、はぁ、とため息をついて首を振った。全く呆れた、という表情だ。
「だぁからぁ、暑いだろう?今。」
「ああ」
「風もないだろう?今日。」
「おう」
「帰り道は坂を下るしかないな?」
「そうだな」
「自転車で下ったら風吹くな?」
「…………そうだな」
嫌そうに頷く作兵衛に、左門が勝ち誇った顔で坂を指差して大声で叫んだ。
「風になれるだろ!」
「だから意味わかんねって!風になる意味!」
負けじと叫び返した作兵衛に、三之助が後ろから宥める。
「まぁまぁ作。そんな怒んなよ、確かに自転車で下った方が早いだろ?海にもいけるし」
「三之助はわかったのか風になる意味!」
「わかんないけど楽しそうじゃん」
肩をすくめて笑った三之助にうんうんと頷く左門。作兵衛は絶句して、額を押さえた。
つい先ほども似たような会話をして、まぁまぁまぁまぁとパニックになっている作兵衛をうやむやに宥めながら二人は自転車一台を引っ張り出し、二台には三之助が、サドルには作兵衛を、左門は跨いでハンドルを、それぞれ定位置に着いたのであった。
絶句する左門を尻目に、後ろの三之助が左門に声をかける。
「つかこれ左門、誰の自転車だよ」
「いやー、わからないが鍵が壊れていたし。古いし。まぁいっか、と。」
「ははっ泥棒って言うんだぜそれ」
「笑い事か!」
笑う三之助に頭突きをして、復活した作兵衛に、左門が「けど学校指定のシールも貼っていなかったし!」と言い訳を続ける。
それを全く聞かず、深く長く思いため息をついた作兵衛は、ゆるく首を振ってよし!と気合を入れた。潔いのは、作兵衛の長所であり短所でもある。
「よし!やるぞ!準備はいいか野郎ども!」
「いえっさー!」
「ういーす」
やる気の作兵衛に嬉しくなった左門が抱きつき、三之助も笑いながら抱きついた。
それに、よしよしと演技がかった口調で頷いた作兵衛は、そういや、と首をかしげる。
「左門は座らなくても良いのか?」
「ああ、ま、いいかなあと」
「いやいや。ちょっと下がるからお前もサドルの先の方に座れ、ほれ。」
ぐ、と下がった作兵衛に礼を言った左門が、サドルを握り「出発だー!」と叫ぶ。
結局どうしたって三人は悪巧みの誘惑には勝てやしないのだ。
「よし、じゃあいくかー。あ、な、ブレーキさ、しないで下りない?」
と楽しそうな声で三之助が提案すると、え、と固まる作兵衛とは裏腹にハンドルを握ったまま、ぐりんと振り返った左門がまた目をキラキラさせて頷いた。
「いいな!度胸試しだからな!な!作!」
「……えーい、やるなら徹底的に!だ!行くぞ!三之助!地面蹴れ!」
「らじゃー!」
荷台に乗ったまま三人を支えていた三之助が地面を蹴ると、ゆっくり自転車が動き出した。
おお!と三人の歓声があがり、自転車は傾斜に差し掛かる。
前輪が下りると、あとはもう早かった。
三人の体に風が当たる。暴風に近い。
シャアア、と車輪が勢いよく回る音、ゴオオ、と耳音で鳴る風。
バタバタと三人の制服が風になびき、うわああああ!と上げる三人の声。
周りの景色が勢いよく流れていく。
「わああああ!風に!なるー!」
「おええええ!風すげえええ!」
「ひゃー、速いなぁー。」
三人それぞれの感想の後、左門が嬉しそうに二人を呼んだ。
「なぁ!風になってるな!今!」
「そうだなー」
それに嬉しそうに三之助が返す。
びゅうびゅうすごい勢いで下る三人の中で、始めに我に返ったのはやはり作兵衛だった。
もう度胸試しの坂も終盤に差し掛かっている。
「おい、おい左門!」
「どうした作兵衛!」
「そろそろブレーキかけろよ、交差してるところにこのままでたら、車とぶつかるだろ!」
「まだ大丈夫だ!」
「大丈夫じゃねえよ馬鹿!ブレーキしろ!」
「で、でも作兵衛!」
「でもじゃねえ!もう、貸せ!」
「あっ」
ブレーキをかけることに不満そうな左門は首を振るが、作兵衛の頭の中ではすでに車と衝突し、三人で病院に搬送されながら相手の運転手に必死に謝っているところまで進んでいて、作兵衛は左門が握っていたハンドルを奪い取った。
思い切りブレーキを握りこむ。
カスッ、という音とともに軽い振動が作兵衛の手に伝わる。
「…?」
不思議に思った作兵衛は何度かブレーキを握りこむ作業をするが、いっこうに三人が乗った自転車は止まる気配を見せず。
真っ青になった作兵衛は何度も何度も繰り返し、カスッ、カスッ、カスッ、という音が響く。
「?作?どした?ブレーキは?」
「さ、三之助…ブレーキ…壊れてる…」
尋ねる三之助に、振り返った作兵衛が顔をわかりやすく顔を真っ青にさせ三之助に告げる。
げ!と三之助が叫び、作兵衛が放棄しかけたハンドルを握りなおした。
三之助が握ろうとも結果は同じであったのだが。
「げ!ほんとに壊れてるじゃん!どうしよ!」
「うう…左門!お前!知ってたろ!」
だから渋ったんだな!と作兵衛が怒鳴りつけると、ビクゥ!と肩を揺らした左門が、眉をハの字に下げて泣きそうな顔で振り返る。
「だ、だって…下り始めてから気づいたんだよぉ…!」
「お!ま!え!は!どうすんだ!馬鹿!」
「ごめんなさぁああ」
「もう車がほら!びゅんびゅん横切ってんじゃねえかよぉ!」
「作、作、怒ってないで、どうしようか考えないとやばいよ俺ら」
「どうったって…!三之助ぇえ!」
「いや俺に縋られたって俺だってテンパってるからねコレ」
左門と作兵衛からすがるような目線を向けられた三之助も、お手上げですとばかり首を振るしかない。
車が横切っている通りまでもうわずか。
その奥に見える海は、考えなしの三人をあざ笑うかのようにキラキラ光っている。
「ああああ、やばいこれ俺死ぬわ…お父さん、お母さん、先立つ不孝をお許しください…」
「いや!大丈夫だ!大丈夫に決まっている!真っ直ぐだ!もうそれしかない!」
「あははははははは!死にそうだー!」
どうにかして止まる方法を模索することを諦めた三人は、三人三様のテンパりのままとうとう車が横切る交差点に差し掛かってしまった。
「「「あああああああああ!」」」
車が横切り、そこに突っ込む三人が乗った古ぼけた自転車。
びゅんびゅん風をならし、ハンドルを握った左門がとにかく真っ直ぐハンドルを握る。
信号を無視して飛び出した三人に、プァーーー、と車のクラクションが響く。
ブレーキが利かない自転車は、クラクションの音にもめげず坂を下りた勢いそのままに車の間を縫って突き当りまで通り過ぎ、けたたましいクラクションの音を背に、歩道に乗り上げ、ガタガタいう自転車に「ぎゃああ」と叫びながらしがみつくように乗っている三人は、砂浜におりる階段をこれまた盛大な音を立てながら自転車のまま駆け下りて、最後の一段でとうとう左門がハンドル操作を誤り、ガシャーン!と大きな音とともに、三人は自転車から振り落とされ、「うぎゃえ!」という声とともに砂浜に投げ落とされた。
すべてが嵐のように起きたできごとで、三人はしばらく誰も口をきけなかった。
その間も馬鹿にしたようなさざ波の音は三人を包む。
やがて、おかしくなった三人は腹を抱えて笑い出した。
「あ、は…あははははははははあはははは!!」
「くくくく、はははは、あはははは、あははは!!」
「あははは!ああー!おいおい生きてるよ俺たち!」
三之助が長い手足を砂浜に投げ出したままいうと、作兵衛も大きくうなずく。
「い、生きてるなぁ!すげえよもう、なんか!」
「なぁ!すごいな!やっぱり真っ直ぐで良かったじゃないか!」
左門が自信ありげに言い、それがまたおかしくて三人で爆笑する。
磯のにおいにもおかしくて笑う作兵衛が、それでさあ、と何でもないように言い添える。
「それでさぁ、俺、左足がさ、変な方向に曲がってんだよな」
たぶん折れてるぜ、これ!
と朗らかに言うと、三之助が、笑いをこらえきれないと言う顔で俺もさぁ!と片手をあげた。
「俺もあばら何本かいったと思う、い、痛ぇもん」
「なんだ、情けないな、僕はどこも痛くないぞ!」
左門がそう言って自信ありげに上半身を起こす。
それを見た二人が爆笑し、作兵衛が左門の額に指をさした。
「おい、左門。お前おでこ触ってみろ」
「え?…あ!」
気が付いた左門の額を伝う血に、三人はまた腹がよじれるほど爆笑し、どうしようもねえな!と叫んでまた笑いあった。




俺たちは風になる!

「…言いたいことはそれだけか。」
病室に、数馬の低い声が響く。
後ろに控えた藤内は頭を抱え、孫兵は深いため息をついた。
テストがあけた次の日、藤内の携帯に三之助から、「三人そろって入院とか初めてだよ。」とメールが入り、パニックになった藤内は慌てて数馬と孫兵を呼んで、学校終わりに三人の病室を訪ねた。
病室では作兵衛のベットに包帯を巻いた三人で集まり、楽しそうに話をしていた。
元気そうながら満身創痍の三人に、こうなった理由を聞くと、返ってきた返事が今までの話である。
馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、と藤内は首を振り、三人に怒鳴りつけている数馬をあわれに思いながら眺める。
「いやでもあの時僕たちは確かに風になったんだ、数馬!」
「馬鹿じゃないの!?僕今そんな話してる!?してないよね!?話聞いてるの!?」
「いやでも数馬」
「何、三之助。弁明?」
反論する三之助をギィ!と睨みつけた数馬にも、三之助はちっともひるまずに話し始める。
「昨日のはさ、俺、思うに、羽がなかったから怪我したんだと思うんだよ」
「はぁ!?羽!?」
「あ、それは俺も思った。最後さ、羽でこう、ふわっと浮いたらもうちょっと着陸がうまくいったかもしんねーよな」
「そうそう」
「おお!凄そうだな!」
「だろ?問題は、その羽の大きさだよな」
「あと、どんな素材かとかもね」
三人が楽しそうに次回の話を、しかも実現不可能そうな話をしていて、藤内の横にたったままの孫兵が小さく「救えないな」とつぶやいた。
藤内はそれに深くうなずき、「生まれる前からやり直すしかないね」と返す。
数馬が怒りを大爆発させて、看護師から病室から追い出される3分前の出来事である。


















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三年ろ組の馬鹿な話。
一応リクエストの話なんですけど…どうでしょうか…遅い!遅すぎる!
おそらくもうみてないと思われますが…す、すみません
長い!でもすっごく楽しくかけました。
一年前くらいから書きたかった話です。久々に馬鹿すぎる三人をかけました。
リクエストありがとうございました!

宮上120304



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