兵助視点


もともと二人の世界で生きているような人たちだった。
お互いがいつでも一番で、子どもは相手の二の次だった。
そもそも、子どももあまり好きではなかったようだ。そんな、親だった。
二人と同じ寝床で寝た覚えもほとんどない。
共働きだったせいか、俺は三郎次が生まれるまでずっと一人でいたのを良く覚えている。
母親はもちろん家事をするが、それは主に父親のためのものだった。
俺がその場にいると一緒にご飯を出したり、洗濯物を洗ってくれたりと世話を焼いてくれるけれど、でも俺だけのためだけに焼いてくれる世話はほとんどなかったように、思う。
よく、母親の弟の土井先生が様子を見に来て、母親に怒りながら俺の世話を焼いてくれた。
誕生日にプレゼントを贈るのは稀で、参観日や三者面談は、両方が休みを取れなければ来てはくれなかった。
それは弟達が生まれてからも、父と母の気まぐれは治るはずもなく。
気が向けば出される料理や家事に、下の二人はそれをたいそう喜んでいた。
そう、多分、それでも俺達の親だったのだ。

そんな両親が事故で死んでしまった。

交通事故。聞かされたのはそれだけだった。
高校生の俺は土井先生からの連絡で授業を抜け出し病院へ駆けつけた。
伊助も三郎次も伊助の担任になった土井先生もいたけれど、両親は息を吹き返したりはしなかった。
「兵助」
土井先生の声も良く聞こえない。
俺達家族は、あっという間に三人だけになってしまった。


それから二人の葬式までは嵐のように日々が過ぎた。
わーわー叫んでいるうちに、日々が過ぎる。
遺体の処理も、葬式の手配も、俺達のこれからも、全部土井先生が手配してくれた。
未成年の俺には書類すら満足にかけないから、俺はただ、こうするけどいいか、という土井先生の確認にわかったような振りをして頷くだけだった。涙は一滴も流れやしなかった。
高校の制服の冬服は重くて好きではなかったけれど、言われるがままに。
母親の方の祖父は、幸い多少のお金を持っている人らしく、俺達兄弟はそのまま学校に通い続けることができるらしい。
もっとも、俺は葬式の日に初めてお会いしたから、そんな手続きをしてくれたのは土井先生だった。
遺影を選んで、額に入れて、参拝客をさばいて、俺は何をやっているんだろうと思った。
何の感情も沸かない。
両親がいなくなった喪失感も、なにからなにまでしてくれる土井先生への感謝も、俺のこれからへの覚悟も。
何も、どうも、考えられない。

葬式の日は雨だった。
誰かが買ってきてくれたビニール傘を差しながら、両親が焼かれて出た黒い煙を眺めていた。
こんなもんなのか。人が死ぬというのは、こういうものなのか。
薄く開いた口から何もこぼれず、横に並んで立っているはずの弟達の気配も、俺は全然感じられなかった。
伊助が、俺の制服の袖を引っ張るまで。
「…どうした、伊助」
久しぶりに弟に口を聞いた気がした。
俺が嵐のように日々を送っている間、俺を見上げているこの子ども達はどうしていたのだったか。
全く思い出せない。この子達は、悲しんだだろうか、両親の死に。
小学生の伊助に中学生の三郎次。二人は一つの傘を一緒に使っていた。
土井先生は、どこに行ったのだろう。
「お母さんとお父さん、もう帰って来ないの」
小さくつぶやいた伊助の目の下には隈ができている。
伊助は、こんな声をしていただろうか。
横にいた三郎次がびくりと肩を動かして、珍しいものでも見るように伊助を見ていた。
三郎次の目の下にも隈ができている。
なんて小さい二人だろう。何でこんなに顔色が悪いんだろう。
両親が、いなくなったから?
「うん。そうだな、帰って来ない」
俺の声も疲れてるようだ。もしかしたら、俺の目の下にも隈ができているのかも。
雨がやまない。俺のブレザーは濡れている。
俺の抑揚のない明け透けの答えにも、伊助は瞬き一つせず受け入れて、代わりに別の質問をぶつけてきた。
「へーすけ、兄ちゃんも、帰って来ない?」
「…」
質問の意味がわからなくて、口をあけて止まってしまった。
彼には、俺がここにいないように見えるのだろうか。
何も言えないでいる俺に、焦れたように伊助が言葉をつむぐ。
表情は変わらないのに。雨だってやんでいない。
「へーすけ兄ちゃんも、伊助から、はなれるの?」
「いすけ!!」
大きい声を出してたしなめたのは三郎次だった。
三郎次の声を聞いたのもいったいいつ振りだろう。
最初に涙を流しているのは三郎次だ。
傘を差しているのに、三郎次の頬にずっと水が流れている。
学ランの肩が小刻みに震えて、悔しそうに伊助を睨んでいる。
彼の傘を持つ手が震えて、伊助に雨がかかる。
ぎり、と唇を噛んだ三郎次が、搾り出すように声を出した。
俺はそれを口をあけて黙ってみることしかできていない。
「…よけいな、こと、いうな…」
「…でも」
「…でもじゃない、だろ…俺が…」
伊助の遮りも首を振って終わらせた三郎次は言いよどむ。
喉の奥から声を出そうとする三郎次に、俺は目以外の機能が停止したように感じた。
三郎次の手が、ゆっくり俺の袖を掴んだままの伊助の手に伸びて、掴んだ。
ずっと小刻みに震える三郎次の手は、それでも、伊助の手から俺の袖を離す事に成功して、そのまま強く握りこむ。
はじかれたように伊助が三郎次を見る。
長い眉がハの字に歪む。唇も、隈のある目も、悲しそうに歪む。
三郎次がか細い息を吐いて、言いよどんだ言葉を細く吐いた。
「…俺が…なんとかするから…」

体中に低い電子のドラム音が心臓の鼓動のように響いて、気づいたら俺は傘を投げ出して、二人を抱きしめていた。
二人の身長にあわせて膝立ちになったから、地面に着いた膝はびっしょびしょになったけれど、傘を差していないので全身濡れてしまった俺にはもはやどうでもいいことだった。
抱きついたときの衝撃が強かったのか、三郎次の持っていた傘もどこかへ行ってしまって、三人ともずぶぬれだ。
二人に回した腕の中で、二人分の呼吸が聞こえる。
俺の呼吸も。ちゃんと、三人分。三人は、ちゃんと生きている。
「…ごめん」
はぁ、と吐く様に言うと、びくりと肩を跳ねさせた三郎次が慌てたように首を振った。
伊助が腕を伸ばして、俺の腕を強く掴んだ。
俺は泣いていた。
「ごめん」
もう一度言うと、兵助兄ちゃんは悪くない、と呼吸音のような三郎次の声が聞こえた。
伊助の力が強くなる。
涙が口の中に入ってきた。でもそんなの今さらだ。
「…守るよ」
二人を囲う腕を強くする。
三郎次が耐えられないとばかりに、俺の肩に頭を乗せた。
伊助が耳元でひっくひっくとしゃっくりをあげる。
二人が愛しくて仕方がない。
「…俺が、守るよ」
泣き声が三人分になる。
多分、あの黒い煙ももう終わってしまった。
「俺達は、三人だけど家族だから」
びしゃびしゃと足音がする。多分土井先生だ。
三人で雨に濡れて引っ付いて、いつまでも一緒だと誓う。
この二人をいつまでも、
「俺が、守るよ」
ずっとだ。
二人に聞こえるように言うと、伊助がセキを切ったように大声で泣き出した。
俺も久々に声を出して泣いた。
三郎次と伊助が腕の中にいる。


「俺達は三人で家族だ」


家族になる












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だめな両親とだめな兵助。
ここから 始まる。


土井先生愛が止まらなくてすみません…
 宮上  110926





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