作兵衛と三之助  作兵衛視点




俺は三之助をひどく怖く感じることがある。
左門と三之助と俺は特にずっと一緒にいて、二人の思考回路なんか筒抜けのはずなのに、三之助はたまにわからなくなる。
ひょうひょうとして、悪ノリが好きで、巨乳より美乳派で、友達も家族も大好きで大切にしているのに、ひとりでどこかへ行ってしまう三之助が、俺は少し怖いときが、ある。



秋も深くなってくると、空が暗くなるのはずっと早くて、長引いた委員会が終わるともう西日も力が弱まっていて、海の向こうに沈みそうになっていた。
今もたれている陸上部の部室の壁は、冷たくて寒い。
ぶっくしゅ、と派手にくしゃみを一つして、そろそろマフラーが入用かな、と考える。
兄の毎年編むマフラーは思春期の俺には恥ずかしいけれど、つけないと弟達の何で攻撃がやまないので仕方なくつけている。あくまで、仕方、なく。
ざっ、とスパイクが土にこすれる音がして顔を上げると、体操服の三之助が現れた。
「あれ、作兵衛だ」
「おっせえ、お前。他の部員帰ったぞ、馬鹿。」
「あぁ、俺、用具片付けてたんだ。」
ついでにちょっと走ってた。という三之助に、迷ってたの間違いだろ、といつもの返しをしてから着替えを促す。
「早く着替えて来いよ。帰るぞ」
「うん、え?てか作兵衛ずっと待ってたの?」
「いや。ちょうど委員会が長引いたから一緒に帰ろうと思って」
「そう、わかった。着替えてくる」
「うん」
頷く俺に、は、と白い息を吐き出した三之助は誰も部室の中へ入っていった。
こういうところも、そう。
誰もいない校庭を、ひとりで走り続けたり、そのままひとりで帰ろうとしたり。
それが怖い。
「お待たせ」
現れた三之助は、特に早かったわけでも遅かったわけでもないのに、まだ汗が髪から滴っていた。
「ばか、お前。髪ぐらい拭いて来いよ、それくらい待つんだから」
思わず手を伸ばして、三之助が肩から提げているタオルを奪い取る。
三之助は素直に頭を下げた。
「作兵衛が拭いてくれると思って」
「ばかやろう」
言うと思った。
心の中でつぶやいてガシガシと乱暴に拭いた。
こうして三之助の髪に触れるのはもう慣れた。髪を触らせてくれるのはほっとする。それは左門でも藤内でも思うけど、生きてる音がするから。心を俺に預けてくれている気がするから。
「帰ろう、作兵衛」
三之助が言う。


もうすっかり日も沈んだ。
人のいないローカル線は座席が空いているけれど、俺達はいつも座ったりしないでドアにも垂れて電車の揺れに身を任せる。
それは二駅しか乗らないって言うのと、もうひとつ。
三之助と俺は、特に会話もしないでぼんやり窓の外を眺める。
行ったことない美容院のや行きつけのラーメン屋の灯りを眺めて、三之助の顔をうかがうと、三之助も窓に頭をもたれかせて移り変わる景色を見ていた。

昔、三之助と俺と二人でこんな風に帰ったとき、三之助だけ電車から降り遅れたことがある。
俺はそのとき委員会か何かで疲れきっていて、座った瞬間に寝てしまった。
三之助が隣に座ってたのは覚えてる。でもそれだけ。
俺達のいつも降りる駅名が放送されて、扉が閉まります、といわれてあわてて飛び起きた俺は、隣にいる三之助のひざを思い切り叩き、『降りるぞ!』と叫んでエナメルかばんを引っつかんで駆け下りた。
はぁ、と汗をぬぐって、危なかったな、と声をかけようと振り返った俺は目をむいた。三之助はいなかったから。
立ちすくむ俺を尻目に、電車は動き出す。
目の前を俺達が座っていた座席が通り過ぎて、そこに、三之助はいた。
じっと外を眺めて、俺の視線なんか気づきもせずに、こちらを全く意識してない三之助を乗せた電車は瞬く間に俺の目の前を通り過ぎ、行ってしまった。
唖然としてしばらくどうしたらいいかわからなかった俺が、携帯で呼び出すことを思いついたのは、目の前に次の電車が着てからだった。俺は目を見開いたまま、実に10分間、そこでじっとしていたのだ。
案の定電話してもでない三之助をどうしたらいいかもわからない俺は、三之助と連絡のつかないことなんてしょっちゅうあるのに混乱して泣きそうになり、あろうことか左門に電話した。
泣きそうな声でわけのわからない説明をする俺に、左門は『すぐ行くからな作兵衛!』といってそのまま迷子になってしまい、左門がこなくておろおろする俺は、駅員さんに保護されてしまった。
駅員からの電話で迎えに来た兄に泣きついて、事の顛末を説明すると、心得ている兄は『大丈夫だ』と言って、いろんなところに電話をかけて、全部解決してしまった。
結局、左門は同じところをぐるぐるして近くの交番に保護されていて、三之助は、俺の兄貴と三之助の家族との捜索もむなしく一人でけろっと夜中に帰って来た。
『おろかものーっ!』
ガッツン!、ときれいな髪で自慢屋のすぐ上の兄に殴られている三之助を見て、俺はまた泣いてしまった。
俺の、目の前を通り過ぎた三之助の姿が頭から離れない。俺はそばにいたのに。まるでそばにいないみたいに。
声をかけたのに。俺の声は全く届かないみたいに。
俺達の横は、俺の横は、まるで自分の居場所ではないというかのように。おれがよこにいたのに。
そのもどかしさを俺は三之助やまわりに上手く説明できないで、殴られついでに、自分の家の玄関で正座させられてる三之助を見て泣いていた。
あんなに泣いたのは小学生以来だ。
きっと三之助はなんで怒られたのかも良くわかってないし、なんで俺が泣いたのかもわかってないんだろう。
それ以来、俺は、電車で座席に座るのを避けている。

車内アナウンスで我に返る。
もう降りる駅だ。
「三之助」
三之助の腕を掴む。呼びかける。こちらを向くまで待つ。
「う、ん?」
「降りるぞ」
そういうと同時に開いたドアから足を下ろした。三之助の腕を掴んだまま。
改札を出る。もうすっかり冬の空だ。色が濃い。
上を見上げていた俺に気がついたのか、三之助が声をかけた。
「もうすぐ冬だなぁ。」
「そうだな、星が多い」
「あぁ、ほんとだ。いいなぁ、星かー。星、みてぇなー、近くで」
ほら、また。
怖くなって足がすくんだ。目の前にいるのに。俺の目の前で空を見上げているのに、俺は三之助が怖い。
だって、電車で俺の前を通り過ぎてった日の三之助の言い分は

『雲を近くでみたくなった』

だったから。










どこにもいかないで






ここはお前の居場所じゃないのか?






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作兵衛と三之助
執着が人間にあるほうと執着が人間にはないほう


宮上 110911
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