今日の会計室に、左門はまだ来ていないようだった。
団蔵と左吉が意味のなさそうな小競り合いを横目に、どかりと座って帳簿に目を通す潮江先輩のよこへ座る。
「おはようございます」
「お、ああ。」
先輩が頷いた。
「左門はまだですか」
「そのようだな」
ふう、と先輩が目を閉じて息を吐くと、団蔵が声を上げた。
「左門先輩くるんですかねー」
「来るだろう?」
佐吉が不思議そうに首をかしげると、団蔵が肩をすくめる。
「だって、昨日調子悪そうだったじゃないかよー」
僕あんな左門先輩初めて見たぜ?と言う団蔵に、ああー、と眉間にしわを寄せた左吉が首を揺らした。
その反応に気をよくしたのか、団蔵が潮江先輩に尋ねた。
「潮江先輩どう思います?」
「…さぁな。」
ばっさり言い切った先輩に、つまらなそうに口を尖らせた団蔵だったが、別にそこまでこだわる話じゃなかったのか、私に話題を変えて振ってくる。
「あ、三木ヱ門先輩、僕たち昨日上級生のお風呂入ったんですよ!」
「へぇ。左吉もか?」
「あ、はい!広かったです!」
「よかったな。潮江先輩に連れて行ってもらったのか?」
「そうです!ね!先輩!」
「ああ。お前らいつも風呂であんなはしゃぐのか?」
困ったように頬杖をついた先輩に、後輩二人がきゃっきゃと騒ぐ。
「違います!でももうすげー広かったから!泳げちゃいましたね!風呂!端から端まで!」
「ぼ、僕は団蔵につられて…!三人以外誰もいなかったし…」
「あんな早い時間は誰もいねぇよ」
「えー!下級生のところは半分は入り終わってますよあんな時間!」
団蔵が驚いて高い声を上げると、障子の向こうから、やけにはっきしりた声と、人の気配。
「失礼しまーす」
誰だろう、とおしゃべりがとまる。
す、と戸が開くのを委員全員で見ていると、現れたのは富松と次屋だった。
「こんにちは」
「あ、あぁ」
けろっとした顔で次屋が言うので、思わず反射的に返す。何をしに来たのだろうか。と言うか左門は。
そんな疑問も気がつかれないまま、富松が肩越しに後ろに声を掛けた。
「ほら、左門。来たぞ」
「…」
それでも返事を返さないまま沈黙が降りる。富松がもう一度声を掛けた。
「さーもーん」
「…」
「…おい。お前が言ったんだろうが、案内しろって…ったく、三之助」
「はいよ」
富松が次屋に合図をすると、なんでもないように、ぐいっと何かを掴んだ次屋が前に出したのは、困った顔をした左門だった。
前に出されて、私たちの顔を見た左門は、一瞬ひるんだ顔をして、うつむく。
それに苦笑した富松がとん、と左門の背中を押した。
いっぽ動いた左門は、部屋の中へ入る。
「左門」
「がんばれよー」
それぞれに応援された左門が振り返る。
「ありがとう、作兵衛、三之助」
小さい声で言った左門に、二人がにっこり笑ってそれぞれ乱暴に左門の頭を撫で回した。わ、と小さく嬉しそうにこぼすのにかまわず撫で回すので、左門のきれいな髪がぐしゃぐしゃになってしまった。
「じゃあ、左門のこと、お願いしますー」
「またあとでな、左門」
そうしてぱたん、と戸が閉まり、部屋には会計委員だけがいる。
気まずそうな顔をした左門に、私たちも黙ったまま気まずそうに目線をやると、覚悟をしたのか、真剣な顔をした左門が、潮江先輩の前までゆっくり歩いて、立ち止まった。
先輩は、私たちとは裏腹に迎え撃つような顔で、もう眉間にしわがよっていた。
まぁ、あれだ。一言で言うと、怖い。
「潮江先輩」
それでも左門は口を開いたので先輩も返す。
「どうした」
「…昨日は、ご迷惑をお掛けして、すみませんでした!」
「…」
「きょ、今日は、昨日の分まで頑張りますっ!!」
がばり、と下げた左門の頭はしゃべるごとに沈んでいって、潮江先輩に言ってるのか床に言ってるのかわからないくらいだ。
そのうち、先輩が一つ息をついた。
ほっ、と空気が和む。
先輩の手が、下げたままの左門の頭に伸びた。
「わかれば、よし。」
途端、左門ががばりと下げた時と同じような勢いで顔を上げて、「うおっ」と驚く先輩の腰にしがみついた。
あんまりにも急だったのか左門の勢いが強すぎたのか、そのまま2人でゆらっとふらついてどしーん、と倒れこむ。
「おい!左門!」
「せんぱいぃぃ!がんばりますぅ!」
「わかった!わかったから!」
こっちからはもう先輩と左門の足しかみえなくて、それでも嬉しそうに笑う左門と困ってる先輩が想像できてしまって、思わず笑う。
みると、後輩二人も楽しそうにケタケタ笑っていて、団蔵は我慢できなくなったのか、倒れこんでいる二人に飛び掛って行った。
「僕もまぜてくださーい!」
「おお!だんぞうかー!」
「だんぞうですー!」
「やめろお前らー!」
先輩があんまりにも困りきった声で叫ぶもんだから、そわそわしている左吉の手を引いて私たちも飛び掛ることにした。
「先輩!私たちもまぜてください!そらいけ左吉!」
「失礼しますううう!!」
「さきちかー!」
「さきちですー!」
「あはははぎゃー!!」
「ばかたれー!!」

一通りぐちゃぐちゃになって、いい加減どうしようもなくなった先輩が全員に拳骨を落とすまで私たちは笑い転げていた。
「ほら、委員会を始めるぞ!全員席に着け!」
「はぁーい」
それぞれに頭をこすりながら自分の位置に戻ると私の目の前は左門で、頭をさすりながら帳簿を眺める左門をじっと見ていると目が合った。
左門は私の目に一瞬驚いた顔をして、それから照れたように笑って小さく言う。
「昨日は、部屋まで連れて行ってくださってありがとうございました、田村」
「…先輩をつけろ先輩を」

調子はもう、よくなっているようだった。





どっちだって居場所






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左門の3ろと会計

左門の、保護者たち(3ろ)と幼稚園(会計委員会)。



宮上 101130
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