三木ヱ門視点  3のろと会計委員会















その日は、珍しく調子がでないようだった。


左門は、徹夜続きになると誰より、それこそ一年生より早く船を漕ぎ出す。
いつもの、僕は寝ていないという到底信じられない呪文を吐きながら頭をぐらぐら揺らす。
きっと規則正しい時間枠の生活を躾られていたんだろうな、と思う。
そのかわりと言っては何だが、左門はなかなか計算が上手い。
上手いというか、早くて正確だ。
潮江先輩には流石に劣るが、徹夜が出来ていれば私より量をこなす。間違いもない。字も綺麗で読みやすい。
船を漕いでいる間もそれは健在して、頭が関係ない方向へ向いていても、それこそひっくり返って手が紙から離れない限り、きっちり計算は合っている。字も揺らがない。
私と潮江先輩はよくそれをみて器用なものだと息を巻いていた。


その日の左門は調子が悪いようだった。
いつもはスパンと戸を全開に開けて入ってくるのも、俯きがちに小さな声で挨拶をして入ってきた。
左門は渡された量に頷いたものの、計算がいつもの三倍は遅く、一年生と同じように筆を動かしている。
いつもは団蔵の軽口に真っ先にのるくせに、曖昧に笑うだけで、出来たと潮江先輩に持ってきた予算帳は間違いだらけだった。
潮江先輩が片眉を上げて、低い声を出した。
「左門」
それに、ゆっくり顔を上げた左門は、空気のような声で何ですか、と言った。
潮江先輩が、あぁー…と言いよどんで私をみる。
やめてくださいこんな時だけ私を頼るの。
結局、何が言いたいのかわかりません、と言う顔をしている私に忌々しそうな目線をよこした後、左門に予算帳を返した。
「間違いだらけだ、バカたれ。」
「…え、あ、すみません」
それを大人しく受け取って、またのろのろ解き始める左門に、潮江先輩が困ったように頭をかいた。
団蔵と左吉もいい加減気になるのか、顔を見合わせている。
しかし本人から何も言わないので、どうしようも無いかと諦めてまた算盤を弾く作業にうつる。
みんなで黙々と算盤を弾いていると、気になってチラチラ覗いていてのだろう、団蔵の控えめな声が聞こえた。
「左門先輩、そこ三でなく五だと思いますけど…」
「え?…あ、すまん」
団蔵の声に目線をやると、左門は書き直していたが、隣に座った団蔵がますます焦った声を出した。
「いや、先輩!だから五ですって!六になってます六に!」
「え?あ?なんだ?」
「あーっそっちじゃないです先輩!ここの、この六を…だから、いやいやそっちじゃないです!いやいやいや!!」
あわあわして自分の筆を止める団蔵と、何を言われているかまだよくわかってない左門に、そろそろ本格的にやばいなと立ち上がると、左吉も困ったように口を開いたり閉じたりしていた。
「おい、お前達ちょっと落ちつ」


「筆おけぇぇええ」


大きい声を出したのは潮江先輩で、大きく肩を揺らして振り返ったのはその他全員だ。
先輩は、筆を置いて胡座をかいたまま腕組みしている。
片手に持っていた筆を反射のように置くと、左吉も左門も習うように置いて、正座をした。
しなければならない気がした。
潮江先輩は私達がそうしたのをみてまた口を開いた。
「会計委員会法度!」
「「「か、会計委員会法度ぉ…」」」
「腑抜けた状態で会計をするべからず!」
「「「ふぬけたじょうたいでかいけいをするべからずぅ…」」」
はっきり言い切る先輩の言葉を復唱して言うと、先輩が満足そうに強く頷いて、立ち上がる。
「と言うことだ、左門。わかるな?」
左門を先輩が覗き込むと、ぽかんと呆けていた左門が顔を上げる。
「…はぁ…え?」
「わかったら、今日はもういいから帰れ。三木ヱ門、送ってやれ」
「はい。」
左門を無理やり立たせた先輩に返事をすると、黙ってみていた団蔵が不満の声をあげる。
それを左吉が慌てて咎めた。
「ええ!左門先輩だけずるいですよ!」
「だ、団蔵!馬鹿!やめろ!」
その二人をじろりとみた先輩は、深めのため息をついて、肩をすくめる。
「…わかってる。お前達ももういい、三木ヱ門も左門を送ったら帰っていい。そのかわり、明日はきちっとしろよ」
「はい!やったー!」
「はい!」
「わかりました、ほら左門。聞いてたか、帰るぞ」
喜ぶ団蔵と左吉を横目に先輩から左門を引き取るが俯いたままで左門は何も言わない。
そんな左門に息をついた先輩が、頼むわ、と私の肩を叩いた。
そのまま先輩が振り返って、団蔵と左吉を呼ぶ。
「おら、帰るぞー」
「はい!」
「はーい!」
元気に返事をした2人を廊下に出すと、じゃあ明日、と先輩がいい戸に手をかけると、横から団蔵と左吉が顔をだした。
「三木ヱ門先輩、左門先輩、お休みなさい」
「あぁ、おやすみ」
手を上げると、一年は興味がなくなったのか、潮江先輩の手をとって廊下を歩いていった。
「先輩先輩、上級生のお風呂って下級生のより広いって本当ですか?」
「あぁ。広いぞ、入ったこと無いのか?」
「無いですよ〜!いいなー!」
「じゃあ今日入るか」
「え、ほんとですか!入りたい!やったな、左吉」
「うん!」


……ほら、帰るぞ。
ぐい、と腕を取ると左門が薄く頷いて、軽く顔を上げた。
眉間にしわを寄せたまま、左門の癖に小さく口をあけて、また薄い声をだした。
「せんぱい」
「…なんだ?」
「僕を、部屋まで連れて行ってください」
…やっぱり今日は調子が悪いらしい。
そんなこと言う左門が気持ち悪くて、不自然で、口が開いてしまった。
それでもやっぱり私は先輩なので、こくんと頷いた。
「わかった」
いつもは腕を引いて連れて帰る廊下も、思わず隣に並んだまま歩いていく。
うつむいたままの左門に、どうしたらいいのかわからなくて、あーとかうーとか言って、それから、諦めた。
何を言ったところで、私にはもう左門はなにも言わないだろうと思った。







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