現パロ だめな伊作と甘やかす食満と六年







「おい、伊作」
げしり、と畳に顔をつけてうつ伏せで死んだように動かない男の腹をゆっくり蹴り上げた。
寝返りを打つように転がすと、おとなしくそのままこちらを向いた伊作が面倒そうに目を開けた。
「…留さん。おはようございます」
「はいおはよう。まぁ今は夜だがな」
つうかお前俺帰ったら鍵閉めろっつったろ。
はぁ、とため息をついて、申し訳程度大きさのテーブルに買ってきたコンビニの袋を置いた。ガサリと音がする。
このテーブルも、俺が家から持ってきてやったものだ。
この部屋には文字通り何もない。
テレビも冷蔵庫も、布団も、食べ物も。
唯一あるのは脱ぎ散らかした伊作の服コレクションだけ。それだってもう、随分他の服を着ているのを見ていない。
六畳一間のこの部屋は、さしずめ牢屋のようだと思えた。伊作本人は、これを自分の家だと呼んでいた。
そんなのは認めない。俺は。
「腹減っただろ。パン買ってきた。あと飲み物」
「…ありがとうね、わざわざ。」
そういいつつも、寝転んだまま動きもしない伊作にため息をついて、もう一度蹴り上げた。
「お礼はいいから動けよ、阿呆」
「ああ、痛い痛い。でもおなかは減っていないよ、留さん、昨日も持ってきてくれたじゃないか」
「人間は普通毎日食事をとるんだよ。ほら、さっさと起き上がって食え。小平太呼ぶぞ」
「…食べるよ」
小平太は力技なんだもん、さすがに僕、もう二度と食事するために肋骨なんて折りたくない。そう言って怠惰そうに起き上がる。
昨日別れてからきっと何もしていなかったんだろう、何も変わっていなかった。
家にずっといるくせに、こいつの目の下には隈がある。文次郎よりも不健康そうで、痛々しかった。
寝てるくせに、寝てないんだろうなと思う。随分前に、布団がないせいだといって持ってきてやったが、いつの間にかなくなっていた。
畳のにおいが遠のくのが嫌だといっていたが、嘘に決まっている。
「留さん、最近調子どう?」
ガサガサパンの袋を開けて、そこで一仕事したと一休みする伊作に目をやりながら、「別に、普通」と答えた。
一緒に買ってきたサワーを開ける。ビールよりはこういう甘いものの方が俺は好きだ。
「つうか、昨日も聞いてたぞそれ。興味ねえなら聞くなよ、傷つくわ」
「あれー?そうだっけ。まぁ、ほんと、バイト帰りにわざわざご苦労さんだよ。」
「…思ってもないこと言うなよ。小平太呼ぶぞ」
「やめてよそれぇ、何の脅しなの」
パンをひとかじりして、あーあおなかいっぱい、と言った伊作に舌打ちして足を伸ばしてまた蹴り上げた。
この男は、本当にどうしようもない。
俺が忙しくてここにこれなくても、また畳に顔をつけて日がなうつぶせのままじっとしているに違いない。
何もしないから、水道代も電気代もかからない。
きっとこのまま白骨化して、そんでそれをニュースで知るんだ。あぁ、ぞっとしねぇ。腹が立つ。
「痛いよーもう。だいたい僕ちっとも動いてないんだからおなかへってないんだもん。留さん帰ったら食べるよ」
「嘘つくな。人間は生きてるだけで腹が減るんだよ…つうか俺来なくても、明日は長次が来るからな」
「…えぇ…長次かー…ないはずの良心が痛むんだよ、長次のじっと見るあの目線…」
「いいじゃねえか、ほだされろ」
「それ、家から出ろってこと?」
にっこり笑ってこっちをみる伊作にため息をついた。
ぼさぼさの茶色い髪を乱暴になでる。
そんなこと言ってほしくないくせに。
「…アホ伊作」
「あはは」
おとなしくなでられた伊作は声だけで笑って、天井を見上げた。
完全にパンから手を離して、そのままばたんと後ろに倒れる。ゴト、と頭がぶつかる音がしたけれど、痛がっていないので大丈夫だろう。
「あ、そういえば文次郎が今日昼に電話掛けてきた」
「…お前、ケータイまだ使えんのか」
とめられてるって言ってなかったっけ、と俺用の肉まんにかじりつく。
伊作は起き上がらないまま、ああーと情けない声を出した。
「なんか仙蔵がくれた。毎月払ってくれるって」
「…はぁ」
方眉を上げて驚く。あいつそんなやつだったか?まぁどうせ電話もメールもほとんどつかわねぇだろうからたいした金額じゃないだろうが、でも驚いた。
仙蔵は、ここには誰かと一緒じゃなければこないから。あまり、この伊作の様を目に捉えたくないのかと思っていた。
「仙蔵が」
「そう、仙蔵が。あ、それで文次郎なんだけど」
「あぁ。」
「何日だったか忘れたけど、ご飯持っていくって言われた。文次郎が何食べたいって言うから、何でもいいって言ったら、『じゃあ、食満の食いたいもんでも聞いとけ』って」
「あ?なんで俺」
自慢じゃないが、俺と反りが昔から合わない。
まぁいい年になったし、そんなあからさまに嫌がられねぇし、俺も嫌がらねぇが、だからと言ってお前の食べたいものを作ってやるだなんて。
「さぁ。」
興味がなさそうに答える伊作を尻目に頭をひねる。
あ、思い出した。
「あ、わかった。あれだ、こないだみんなで文次郎の作ったのって、小平太リクエストのモツ鍋だった。そうか、次俺か」
「文次郎はまめだよねぇ」
くつくつ笑う伊作に、ここに鍋セットを一式持ち寄ったことを思い出す。
今だ六人で集まると、騒がしく、どたばたで、楽しい。まぁその回数もだんだん減ってきてしまった。
それだからますます、この部屋の男は堕落していく。
俺たちはそれを止められない。とめる術を知らない。
「…楽しみだな」
「なにが?」
「お好み焼き」
言うと、あ、お好み焼きにするの?と薄い笑い声がした。
こいつこのまま寝るきなんじゃねぇの。
「楽しみだろ?」
「そうだねー」
嘘ばっかりだな、と思う。この男は。
ここに何も執着なんかないって言う。なのに生きている。
ずっとこの牢獄みたいな部屋で、ただ、息をしている。
次第に薄れていく畳のにおいとともに、この男の生存感も薄れていく。
俺たちは、俺は、その息の根を止めたくないからここへ来る。生きつなぐえさをやる。
それがこいつにとっていいのか悪いのかわからない。
こいつが何をしたいのかわからない。せめられない。
生きていてほしい、生きてくれたらいい。
こいつの社会が俺たちだけになってしまった今でもそう思う。
次第にゆっくりになっていく、後ろに倒れこんだ男に声を掛けた。
「伊作、寝るのか?」
「…ん、んー…留さん、帰ってもいいよ…」
「ああ」
帰らない。こいつが無事に、生きつなぐえさを食べるまで。













いいから黙って食べてくれ






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だめ伊作とだめ六年

全く心の底からだめな伊作と馬鹿な六年


宮上 101122
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