雷蔵は暗い図書室までの廊下を灯り無しに歩いていた。
今日の委員会の最後にこそこそ話していたきり丸と怪士丸の会話が気になったからだ。
なんでもかんでも首を突っ込むのはどうかとも思うがやはり気になるのである。
これが同級生ならまぁいいかとほったらかしにできるがかわいい後輩である。久作もそれに耳を傾けていたし、きっと三人で何かしているんだろう。
ちょろっとみて、早く眠るように促してすぐ帰ろう、うん、と心の中で頷いた雷蔵は図書室の少し前で真っ暗の中、とん、と誰かにぶつかった。
人の気配も気にならないほど考えることに集中してしまっていた雷蔵は文字通り飛び上がって驚いたが、なんとか大声を出すのはこらえた。
ばっくんばっくんと大きく跳ねる心臓が落ち着くまで待って、驚かせてしまった、という少し困った顔をした長次に小さく声をかけた。
「先輩、どうしてここに」
「…今日の会話が…気になって…」
ただでさえ小さい声がさらに小さくなって、本当に集中しないと聞こえない声で話す長次の声を何とか聞き取った雷蔵は顔を和らげた。
「やっぱりですか?僕もです。」それに小さく頷いた長次は、図書室の戸を小さく開けた。
雷蔵は、申し訳ないと思いながらも長次の横からぐいっと顔を出し覗き込む。
図書室の奥で、ぼわっとした灯りが二つ、その周りに子供の気配が三つ。
しかし声は聞こえず、雷蔵は首をかしげた。
「寝てるんですかね?」
なら、長屋に運んであげないと。と言う雷蔵に、小さく首をかしげた長次は、そっと全部戸を引いて中に入った。
雷蔵もあわてて長次の後ろについていく。
消えそうな灯りのもとにいた三人は、机に突っ伏して眠っていた。
雷蔵はあぁー、と言ってしゃがみこむ。
きり丸を覗き込むの小さい瞼は完全に降りていて、小さな寝息が聞こえた。
「寝ちゃってますねー」
こりゃ長屋に運ばないとですねー、とちょっと心持ち楽しそうな声を出して雷蔵が長次を見ると、長次は何かをじっと見ていた。
その目線を追うと、久作が何かを下敷きにして眠っている。
よく見るときり丸の手にも握られていた。
「なんだろう…紙?」
「…本だ…」
「本?」
首をかしげた雷蔵に長次が耳打ちする。
聞き返すと、長次はきり丸の手からそっと紙を抜き取り、久作の下敷きになっているものと、横の塊を持ち上げた。
「正しくは…本だったもの…ばらばらになったのを…修復しようとしたんだろう…」
「え?本を?」
僕、そんなの頼んだっけ?と記憶をたどると、もしかして、と嫌な予感にたどり着いた。
昼の委員会に、とっても嫌な予感がする。
口に手を当てて、わぁ、と声を漏らす。
「もしかして、僕が多く渡しちゃったから、落としちゃって、それで、」
それに、小さく肩をすくめた長次に雷蔵は確信して、わあああ、と頭を抱える。
「わーっ、それで、僕が頼んだもんだから、怪士丸一人で何とかしようとしたんだ…きり丸と久作は勘がいいから気がついたんだな…どうしよう、僕、」
混乱する雷蔵をよそに、長次は久作の隣に腰を下ろすと、とんとん、と本だった紙を整えて内容をぱらぱらと読み始めた。
その音に我に返った雷蔵は、とりあえず何か三人にかけるもの持ってきます、と長次に声をかけた。
長次は短く頷いて、それから、と続けた。
「…それから、そこの棚に入ってる…本を縛る新しい紐も…」
「あ、はい!」
パタパタとできるだけ音を立てずに羽織や掛け布団を持ってきた雷蔵は三人にそっと掛け、それから「お待たせしました」と長次に紐を差し出す。
それに頷いた長次は、何枚かの紙を前に持ってきたり後ろに持っていったりと並び替えていた。
その速さに目を奪われた雷蔵は、長次にあの、とおずおず声を掛ける。
「あの、先輩、もしかしてこの本の内容覚えてます?」
それに長次は口を開かないまま雷蔵をちらりと見て、頷いた。
雷蔵は、もしかして、と口をもう一度動かす。
「も、もしかして、ここの図書室にある本の内容、全部覚えてます?」
雷蔵の声に、少し考えるように首をひねった長次は、細かく二、三度頷いた。
おそらく、まぁ大体は覚えているという意味なのだろう。その前に全部の本を読んだのか。ぞっとしない。
雷蔵はひぇーと小さく声を出した後、がっくり肩を落とした。
この先輩に追いつくのは、まだまだ先のようだ。









こんこん、と何かが机にあたる音、それからしゅるっと言う音が聞こえたときに、怪士丸はそっと目を開けた。
なにやら体が温かい。
「ん…」
声を出して、体を起こすと、「あ、起きた?怪士丸」と雷蔵の声が聞こえた。
それに驚いて瞬きを何回かして、視界がはっきりすると、雷蔵が本に紐を巻きつけてぎゅう、と縛っていた。
「せんぱ、あれ、あ、その、ほん」
「あ、これ?うん、きっちり縛っておかないとね、もう解けてばらばらになったりしないように。」
にっこり笑った雷蔵が、ほらできた、と完成した本を机に置く。
意識を失う前のばらばらの紙はどこかへいってしまっていた。いやどこかというよりも。
「えぇ?え?あれ?」
寝ぼけた頭ははっきり働かなくて、怪士丸ははてなをめいいっぱい浮かべる。
それに不思議そうな顔をした雷蔵が、もう少し寝てなよ怪士丸、と声を掛けた。
それになんとか首を振った怪士丸は、そうだ!と声をあげる。
「きり丸!きり丸ときゅーさく先輩は…」
「あぁ、あの二人は、中在家先輩が」
そういって雷蔵がきり丸と久作のいた場所に目を向けるので、怪士丸がその目線を追うと、寝ているきり丸を担ぎ上げている長次と目が合った。
「中在家先輩…」
「…起きたか」
「はい、あ、あの、僕、いや、僕たち、」
言いたいことがまとまらなくて、あわあわ口を動かす怪士丸にくすくす雷蔵が笑い、怪士丸は余計に混乱して、手が無駄に動く。そんな怪士丸をみて、目を細めた長次が机の向こう側からゆっくり手を伸ばして怪士丸の頭を何度かなでる。
ふぇ、と怪士丸が驚いた顔をしたまま固まると、長次がふ、と息をはいた。
「…よく、がんばったな…」
「…え、あ…はい…」
「ふふ、よかったね」
雷蔵がにっこり笑って、長次は手を離し、起こさないようにゆっくり久作を持ち上げた。
「…不破」
「はい、この本を元に戻したら、怪士丸。送りますね」
長次の呼びかけに、わかってますよ、と雷蔵が頷いて、出来上がった本をとって立ち上がる。
長次が頷いて図書室から出て行く背中を見送った怪士丸は、は、と気がついてあわてて立ち上がり、雷蔵が戻しに行った本棚まで走る。
「らいぞ、せんぱいっ」
「怪士丸ー、走っちゃ駄目だよ」
「あっ、すみません」
ぎくっと首を揺らして立ち止まると、またくすくす雷蔵が笑って怪士丸の方を向いた。
もう本は直し終ったようだった。
「じゃあ帰ろうかー。」
「はい、っわぁ!」
雷蔵が怪士丸をひょいと持ち上げた。
「先輩、僕、一人で歩けますっ」
「ええー抱っこさせてよ、中在家先輩ばっかりずるいよー」
「ず、ずるいって…」
唇を尖らせた雷蔵が怪士丸を抱き上げたまま図書室から出る。
怪士丸は少しの間、何とかしようともぞもぞしていたが、雷蔵が離す気がなさそうだ、と諦めた。
空はまだ真っ暗なままだった。
廊下には雷蔵、一人分の足音が響く。
怪士丸は思い切って話を切り出した。
心臓がばくばくいっている。怒られたらどうしよう。怒られるんだろうな。せめて、きり丸と久作先輩が怒られることはないように、しなければ。
「先輩…あの、ごめんなさい」
「んー?何が?」
「本、ばらばらにしてしまって…挙句直せなくって…」
「あぁ、うん」
頷く雷蔵に、怪士丸は怖くて顔を上げれなかったので、雷蔵がどんな顔をしているのかわからなかった。
「ごめんね、僕がたくさん頼みすぎちゃったせいだね」
「ち!違いますっ、僕の不注意で…!それで、だから、あの、きり丸と久作先輩は、僕を手伝ってくれたんです、だから、二人は悪くなくて、悪いのは僕一人なんです」
だからあの二人を怒らないでくださいっ!
「…ふふっ」
一生懸命伝えたいことをやっといえた怪士丸に雷蔵が耐え切れないとばかりに笑ったので、怪士丸は何か変なことを言っただろうかと首をかしげた。
「あはは、笑っちゃってごめんね、ふふ、怪士丸かわいいなー。悪いだなんて。ふふ、怒られると思ったんだ?」
「え?あ…はい…お、怒らない、ですか?」
「怒らないよ〜、ふふ。だってがんばって直そうとしたんでしょう?自分たちで。わざわざ、晩御飯の後に集まったりしてさ。最近寒いのに。」
「え、あ、はい」
「ほっぽりだしたわけじゃないしさ。よくがんばったよ、だってあと少しだったじゃない、中在家先輩もよくがんばったって言ってくれたしね」
三人はよくがんばったよー!!と言いながらぎゅーっと怪士丸を抱きしめて頬と頬をくっつけてむにむにする雷蔵に、怪士丸は混乱しながらも素直にきゃーっと喜んだ。
「確かに、黙ってたのはちょっと感心しないけど、自分でできるようにってのはいいことだよ。でもまだ製本の仕方は教えてなかったから難しかったでしょう」
そういってにっこり笑った雷蔵に、怒られない、とわかった怪士丸は眉をちょっとだけさげて笑う。
「はい、でもきり丸と久作先輩が案を出してくれて、いいところまでいったんです!」
「ふふ、うん。二人は喧嘩しなかった?」
「はい、いつもより仲良く協力しながらやってました!」
「そう、久作もきり丸も優しいもんね」
ぽんぽん、とゆっくり雷蔵が背中を叩くので、安心もあいまって、だんだん瞼が下りてくる。
怪士丸がむにむにと目をこすると、雷蔵が少し笑いながら「寝てもいいよ」といってくれる。
それにゆっくり首を振りながらも、呼吸がゆっくりになってくる。
「先輩」
「うん?」
「あの、ありがとう…ござい…まし、たっ」
「ふふふ、うん。明日、それ中在家先輩にも言ってね」
「…はい…」
明日、お礼を言わなきゃいけない人がいっぱいだなぁ、と困ったように眉を下げた怪士丸の口元は緩んでいた。







図書委員の仕事










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怪士丸と図書委員
なっげぇよ!こんなはずじゃ…
でも怪士丸と雷蔵をいっぱい書けたので満足です。
雷蔵は図書委員が大好きだと嬉しいです。

宮上 100810


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