暴君こへ滝  滝夜叉丸視点 暴力描写アリ












名前がわからない



体育倉庫の中。
薄暗い倉庫はただでさえ沈んでいる私の気持ちに輪をかけた。
委員会と称して午後中走らされて私の自慢の横髪もへたれてしまっている。
最後に先輩がいきなり言い出した『弾丸蹴り放題砲弾大会in体育委員会』のせいで大量に出した砲弾を倉庫に直しているのは私と七松先輩だけだ。
下級生は砲弾など蹴れるはずもないのに、やれやれと先輩がはやしたてるもんだから、三之助が足の甲を痛めた。
これ以上けが人を増やすと私の苦労が増える一方なので、金吾としろに付き添いをさせて保健室に行かせた。
私もあんなもの蹴り飛ばせないのに。いや蹴り飛ばせたらもう負けな気がする。人間として。
その理屈でいくとあの人はもう人間じゃない。人間なんて認めるか。
ふぅ、とため息をつくとほこりが舞う。この倉庫もいい加減掃除しなければならない。
最後の一つを元の位置に戻す。
今日の夕飯は何だろうか、時間が間に合えばいいのだけど。
伸びをして、後ろで控えている先輩を振り返った。
先輩は手伝ってはくれなかったから。(出せと言ったのはご自分なのに)
「七松先輩、終わりました。」
「そうか」
柱にもたれかかった先輩の顔は後ろに月が控えているので陰になって見えなかった。
けれどこちらをじっと見ている。
いったいなんだと言うのか。
まさか、とちらりと思うがまだあれに対しての対処法が出来上がっていないので考えないようにする。
普段は何も変わらないのだ。現に今までだって何もなかった。今日は何もないままで終われるかもしれないではないか。
「…先輩?」
首をかしげると、思い切り頬を張られた。
吹っ飛んで戸棚にあたり、直したはずの砲弾が一つ、私が倒れた横に音を立てて落ちた。
右頬が痛い。平手のはずなのに、この痛みは尋常ではなかった。
あぁ、きたな。と思う。
これは発作みたいなものなのだろう、彼の。そうとしか思えない。理由だって毎度変わるのだ。
ごほっ…と咳き込むとのどが変な音を立てた。一発でこれか、6年生に、私はまだ遠い。
「…どうしたのですか」
「…」
声をかけたが、答えてはくれず、先輩は私の横に落ちている砲弾を片手で拾い上げた。
私はまだ倒れたままだ。
呆然と見上げると、先輩はこちらを見下ろして砲弾を弄んでいる。
顔はまだ暗くてよく見えないままだ。
「…滝」
「はい」
答えざまに、どすん、と砲弾が私の腹に落とされる。
息がつまり、腹を隠すようにして体を丸めた。
目の前がちかちかする。頭が回らない、肋骨あたりいってしまっただろうか。
苦しくて咳き込むこともできない。
「前髪が、ひしゃげていたよ」
「…」
言い方はとてもやわらかいのに、まとう空気は何だろう。
冷たい、氷のようだと思う。冬のほうがよっぽど暖かいに違いない。
だいたい前髪をこんな風にさせたのはあなたではないかとはいえない。言えるはずがない。
「すみま、せん」
ごほっごほっ、咳き込みながら謝り顔を上げると、にゅ、と顔を近づけられた。
表情が一切抜け落ちている。今だけは、いけドンが愛しいものに感じるような気がした。
どっちにしろこの人のものであるのだけれど。
方頬がむりやりあがり、引きつった笑みを浮かべたかと思うと、肩を蹴り上げられた。
どしんと後ろにぶっ倒れ、髪留めがぶちりと音を立てて切れる。私の自慢の髪が中に舞うのが見えて、それから私の上にまたがった先輩が見えた。
月は奇妙な私たちを見下ろしていた。

ごいん、と鈍い音が響く。
どこを殴られたのかわからない、強烈な痛みが体中を走る。
結局殴られたのは鼻だったと気がついたのは鼻から血がたれてきたときだった。
先輩が私を殴った手のこぶしに血がこびりついている。
あれは私のものだろうか、それとも。
私の上からどかない先輩に、痛いともやめてくださいとも私はいえない。そんなこと考えもつかなかった。
できるだけ逆らわない、呼ばれたら返事をする、痛がるそぶりをしない、早く時が過ぎることをひたすら待つ。
そうすればいつもの先輩が戻ってくる。いつもより少しやさしい、私を抱き上げる大きな手は、先輩と私との間での唯一の優しいものだと思う。それだけを願う、離れるなんておもっても見ないことだ。
首を持ち上げると口の中が血だらけになったので思わず横を向いてぺっと吐き出した。
どす黒い色の私の血は確かに私の中で唯一汚いものなのかもしれない。
口の端を伝う血をぬぐうこともできなくて、先輩を見上げると、その口の端を指でなぞって、それからあごに噛み付かれた。
「いっー!!」
いっそ獣だと思う。こんな風に遠慮も何もなく噛みつかれて、あごが割れそうだ。きっと噛み跡も残ることだろう。
満足したのかあごを離した先輩は立ち上がり、私の胸倉をつかんで私も立たせた。
もうどこが痛くてどこが痛くないのかわからない。
相変わらず口の中は血の味がするし、腹は何かが渦巻いている気がする。
「滝」
「…はい」
返事をした声はどこまでも弱く、諦めに満ちていると自分でも思った。
早く終わってほしい。先輩は、きっとまた私を運んでくれるだろう。抱き上げるのだろう。大丈夫、私は美しいのだから。
先輩が突き上げた足が横っ腹に直撃し、倉庫の壁まで吹っ飛んだ。
ガシャン、と大きい音をたてて倉庫の中のものが揺らぐ。
私の視界も揺らぐ。ほこりが舞う。掃除はいつにしようか。
がは、と口をあけるとさっき吐き出したはずの血が口から出てしまった。
めまいがする。
崩れ落ちた私を拾い上げた先輩は大きく振りかぶって、そのまま私のこめかみを殴りつけた。
こぶしは重く、空気が震える音がした。
どこに吹っ飛んだかわからない。目の上をやられたのだろうか、目が開かない。
痛みで体中が動かない。早く終わってほしい。体中が熱い。
記憶が揺らぐ、大きく笑う先輩は私をなんと言っていたのだっけ。
私の髪をきれいだと言ってくれたのは先輩ではなかったか、気をつかういいやつだと豪快に笑ったのは、自信を持てるように努力しろと私に諭したのは、今、私を殴りつけているのは。
もう一度、腹に衝撃。痛いのかなんなのか良くわからない。早く終わってくれ。早く、早く早く早く早く

「滝」

私を呼ぶのは誰だろう、返事をしなければ。私は大丈夫です。なぜならこの滝夜叉丸、忍術学園一の

記憶が混同する。七松先輩はどこですか、あの人は私を探してはいないですか。体中痛いのです。
大丈夫、怪我はたいしたことはありません、少し大げさに血が流れているだけで、確かに痛いけれど、でもそれはいつしか終わるのです。
砲弾を直さなければならないんです。下級生は先に返しました。三之助の怪我が大事にならなければよいのだが。早く終われ早く早く早く
ああ、先輩は私を呼ばなかっただろうか。

「はい、七松先輩」



返事をしたけれど、彼に届いたかどうかは目が見えなくて良くわからなかった。
今日は満月だったかしら。

















----------
DVこへ滝をリベンジしたかった。

宮上 100520

戻る
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -