迷子組と捕獲 | ナノ

4年→6年 3年→5年  2年→4年 1年→3年



迷子組と捕獲




放課後。大概の生徒はそれぞれの委員会に勤しむ時刻。
作兵衛も違わず、増え続ける壊れた用具をゆっくり他の委員達とともに直していたときだった。
縁側に座っていた委員達の前の草陰がガサガサと音を立てる。
現れたのは、体育委員長、平滝夜叉丸だった。
「いたぞ!体育委員!確保ーっ!!」
その声で一斉に他の草陰から飛び出した体育委員たちは、それぞれ他の用具委員に飛び掛る。
不意をとられた用具委員たちは「ぎゃー!!」と叫び、つかまっていく。
「えっ!何!?なんですか!?なにごと!?」
滝夜叉丸は驚き、とりあえずクナイを構えた作兵衛を羽交い絞めにし、また叫ぶ。
「いたぞーーーー!!!」
叫び声を聞きつけてやってきたのは会計委員長の田村三木ヱ門で、彼は屋根の上からもみ合う二人の元へ降りてきた。
「いたかっ、よくやった滝夜叉丸っ!会計委員ーっ!!」
またどこからか、会計委員たちが現れ、作兵衛を囲み、そろばんを構えた。
「うわーっ!!なにー!!」
作兵衛の混乱は極まり、思わず身をよじる。
しかし六年、しかも優秀な滝夜叉丸と三木ヱ門に囲まれてはどうしようもなく、他の用具委員たちも、それぞれ羽交い絞めにされながら固唾を呑んで見守っている。
石火矢を構えた三木ヱ門が、ゆっくり顔を上げた。
「おい、富松作兵衛。お前の後輩の用具委員はわれわれ会計委員会、体育委員会に人質に取られている。おとなしくしろよ」
「うえええ」
勝ち誇った顔で言う三木ヱ門の顔はどこか引きつっており、それは滝夜叉丸も同様である。
「いいか、これはお願いではない、命令だ、良く聞けよ。」
三木ヱ門はそう言って、息をすう。同時に、作兵衛の耳元で滝夜叉丸が息を吸ったのが、混乱したままの作兵衛の耳に届いた。
「「富松作兵衛ぇぇえええええ!!」」
「ぎゃーーーっ!!!!」
「左門が!」
「三之助が!」
「「いなくなった!!」」
「ぎゃーっごめんなさー…っえ?」


「えーとつまり」
三委員会が集まり、張り詰める緊張感の中心にいる作兵衛が困ったようにこめかみを押さえて声を出した。
「左門と三之助が委員会中にまた迷子になったから探して欲しいと」
驚いて損した、と肩をおろす作兵衛とは対照的に、滝夜叉丸と三木ヱ門は焦ったように声を張る。
「いつもならほおっておくが、今日は月末で、仕事がたまっているんだ!」
「計算し終えてないものがありすぎてとてもじゃないがゆっくり探しているひまなんかないんだ!」
「おい、いいか?これは命令だぞ!我々に協力しなければ人質がどうなるか…」
滝夜叉丸のその声に反応するように、用具委員の喜三太が「とまつせんぱーい」と情けない声をだした。
ちなみに喜三太を羽交い絞めにしているのは金吾である。しかしどうも拘束がゆるいらしく、喜三太はわりと自由に体を動かせた。
それをちらりと見た作兵衛はため息をついて首を振った。
「別にそんなことまでしなくたって手伝いますよ…全く。こっちだって仕事はたまってるって言うのに。」
「て、手伝ってくれるか!」
作兵衛が頷くのをみて、滝夜叉丸は腕をはずし、他の体育委員は用具委員たちを放す。
会計委員はため息とともにそろばんを懐に戻した。
それをみた作兵衛はもう一度ため息をついて、腕を回した。
「平太」
「あ、はい…」
「わり、そういうわけだからちょっと外す。俺がやりかけてたのはおいといていいから、生物委員のと、吉野先生のを優先で頼む」
「はい、わかりました。」
「おう、頼むな」
神妙に頷いた平太に、しっかりするようになったなぁと笑った作兵衛は「じゃあ、先輩方」と向かい合った。

「えーと、まず左門の方から行きましょう」



左門編
「お、おう」
「いなくなる前、左門なんて言って出て行きました?」
頷く三木ヱ門に、作兵衛が尋ねると、あ、それは、と団蔵が手を挙げた。
「あ、えっと、急に立ち上がって厠に行くっておっしゃった時、僕が近くにいたんですけど、1年と話し込んでて、はいってそのまま流しちゃって」
「あとから気がついた僕が案内しますって追いかけたときにはもう、いったいどこに行ったのかわからなくなっていて」
団蔵の後に続いた左吉の話に、三木ヱ門が唸って頭を抱えた。彼はそのときたまたま席をはずしていたのだ。
それにふんふん、と作兵衛が頷いた。
「どれくらい前に出て行った?」
「あ、委員会始まってから割りとすぐです…」
「そうか…」
あごに手を置いた作兵衛は少し考えるようなそぶりをした後、「こっちです」と歩き出した。
そして着いた場所は三年長屋の廊下。僕の部屋が近い、とつぶやいたのは団蔵だった。
「ここです」
といった作兵衛は、長い縄を懐から出し、おもむろに気に巻きつける。
もう一本は、先ほど結んだものより何寸か先に巻きつけた。
その行動をあぜんと見守っている三木ヱ門に一本手渡す。
「はい、先輩持っててください」
団蔵、お前はこっちな。
そういって、急に呼ばれて慌てる団蔵に縄を渡した作兵衛に、三木ヱ門が眉を寄せた顔で声をかけた。
「罠か」
「そうです」
「ええ!?」
「ええ!?」
驚く三年を尻目に、作兵衛がはぁ、とため息をついて説明を加える。
「いいですか。もう少しすると左門が左だか右からだかはわかりませんが、必ずここを通ります。そこを狙って、こう、くいっと。」
そういって縄を引く動作をする作兵衛に左吉があからさまに不安そうな顔をした。
それを代弁するかのように、三木ヱ門が首を振る。
「おい富松、いくらなんでもそれは…」
「大丈夫です。かかります。」
「な、なんでわかるんですか…?」
「行き先と、時間とで割り出した結果ですから。」
否に自信のある作兵衛に、圧倒された二人が黙ると、団蔵が不思議そうに首をかしげた。
「何で二本あるんですか?」
「あぁ、最初は一本でもかかったんだけど、あいつも動物だからな。中々学習能力があるらしく、一本目は避けれるようになったんだよ」
だから二本目はきっちり狙えよ?と真剣な顔で言う作兵衛に、団蔵も神妙そうに頷いた。
それを確認した作兵衛は、三木ヱ門に向き合った。
「じゃ、走ってくるときはどうせ音を消さないんでわかると思います。瞬間さえあわせてくれれば。大丈夫ですか?」
「あ、あぁ。助かる。」
「いえ、では次、三之助いきましょうか。」
そう言って作兵衛は後ろに控えていた体育委員を連れてまた別の場所へ向かった。
「す、すごいですね…なんか…」
「ほんとにかかるんですかね…?」
呆然として、まだ信じきれない二人に、三木ヱ門も苦笑するしかなかった。
彼も完全に信じられなかったからだ。
「まぁこうするしかないだろ…」
「はぁ…あ!先輩!団蔵!左門先輩来ました!」
左吉の声に反応し、右を見ると、確かに土煙とともに遠くから左門が走ってくるのがわかった。
どうやら何か叫んでいるようで、口が大きく開かれている。
「ほ、本当に来た…!!」
「しっかり狙えよ団蔵!」
どんどん近づいてきている左門に圧倒されながら何とか言うと、前にいた団蔵が、息を呑んで縄を引いた。
タイミングは完璧だったが、左門が「むっ」と小さくいい上に飛び上がり、一本目を見事に避け着地した。
団蔵と左吉が小さく「あぁ!」と悲痛の声を上げる。
そのまま踏み込み走り出した二歩目を狙って三木ヱ門は思い切り腕を引いた。ピンと縄が張る。予想以上に高く上げた左門の片足はそれを上手く避けてしまい、失敗したと三木ヱ門が考える間もなく左門のもう一本の足がピンと張ったままの縄に上手く引っかかった。
ぐいっとすごい力で縄が引っ張られ、三木ヱ門の体がゆらいだが、ゴスーンという音、それから左門の「ぶへぇえ!」という鼻のつぶれたような声とやっぱり土煙が上がり、左門の捕獲が成功した。
三木ヱ門はあまりのことに、口をあけてその光景を眺めていたが、団蔵の「本当にかかったよ…」というつぶやきに、思い切り頷いた。

「お前はイノシシか…」



三之助編
「さて三之助ですが。」
作兵衛がそう言ってくるりと振り返ると、待機していた体育委員がびくりと肩を揺らした。
それに作兵衛が眉を寄せる。
「…なんだよ」
「な、なんでもありません」
しどろもどろになんとか答えた金吾にため息をついた作兵衛は、目を見開いて困った顔をした滝夜叉丸に向かい合った。
「いいですか」
「お、おう、良いぞ。」
「三之助は委員会に乗り気でしたか?」
「へ?」
思ってもみなかった質問なのか、目を何度か瞬かせた後、いや、と首を振る。
「あいつはいつも嫌がってる…ぞ?」
滝夜叉丸がそういいながら四郎兵衛を振り返る。
四郎兵衛も頷いた。
「そ、そうです」
それに、あぁ、と頷いた作兵衛は考えるように自分のあごをなでた。
「三之助が脱走してから誰か追いかけたり、声をかけたりしたか?」
「あぁ…いいえ。あの…走って追いかけようにも、先輩が速すぎて誰も追いつけなくて。だからもしかしたら相当遠くに行ってしまっているかも…」
しれません、すみません、と申し訳なさそうに謝る四郎兵衛に、作兵衛は苦笑し首を振った。
「あいつの速さは異常だからな。けど左門と違ってまっすぐには走らないんだ。どの方向に向かっていたかわかるか?」
「あ、はい。学園長室の方に…」
続ける金吾にまたあからさまにいやな顔をした作兵衛がわかった、とそれでもしぶしぶ頷いた。
「じゃあ、こっちだ」
そう言って作兵衛が入っていったのは学園長室より大分離れた林。
学園の中に林があることも不思議で仕方がないが、それよりもなぜ場所がわかるのだろう、と体育委員一同不思議に思いながらも誰も声には出さず作兵衛に続きがさがさと草木をわけながら入り込んでいく。
滝夜叉丸が不安そうに作兵衛に声をかけた。
「お、おい、富松」
「なんですか」
「ほ、ほんとにここなのか…?」
「ええ。勘ですけど」
そう言って乱暴に手近にある大きい葉を裏返した作兵衛は、「チッ、はずれか」とつぶやいた。
いくらなんでも葉の裏にはいないだろう、と突っ込めない滝夜叉丸はおとなしく「次屋ー、どこだーおろかものー」と探す作業に当たる。
それにつられた他の体育委員も「せんぱーい」「三之助先輩ー、どこですかー」と声を上げた。
その間も作兵衛はガサガサ三之助を黙ったまま探し、時折金吾や四郎兵衛に「そこの草陰、見てくれ」と声をかけた。
見つからない三之助に体育委員会の一年が、なれない林の中を歩き疲れて木の根に躓いたとき、それを心配そうにみた作兵衛が突然ピクリと反応し、顔を上げた。
そしてそのままどこか一点を睨みつけたまま草木を掻き分け一直線に向かっていく。
それをだれも止められない体育委員会は一年の周りに集まったまま作兵衛の動向を見守る。
滝夜叉丸がこけた一年を引き起こしながら、歩いていく作兵衛に恐る恐る声をかけた。
「富松…?」
作兵衛はそれに答えないで、変わりに一本の木の前でぴたりと足を止めると突然息を吸って大声を出した。
「三之助っ!!」
「…うおっ!!」
ガサガサ!ドシーン!
と大きな音がして、作兵衛が立ち止まった木の上から人が落ちてきた。
「い、いてぇ…!!」
落ちてきた三之助は落ちてきたとき打った腰を抑えながらもんどりうち、自分にかかった影に我に返った様にそっと見上げる。
そこにかかった影は作兵衛で。
「…三之助」
「あ…作兵衛」
「委員会だろ。何してんだ」
「さ…サボりです…」
ずももも、と黒い効果音さえ似合いそうな無表情の作兵衛にひるんだ三之助は、おとなしく両手を挙げて降参した。
それを何の感情もなしに眺めた作兵衛は振り返り滝夜叉丸を呼んだ。
「滝夜叉丸先輩」
「あ、あぁ」
「三之助です。」
「そ、そうだな」
「もういいですか」
「おお、悪かったな。手間を掛けさせた」
「いいえ。」
滝夜叉丸の感謝に肩をすくめた作兵衛は、三之助を引き取ろうと近づいた滝夜叉丸に頭を下げ、そのまま振り返らずにまた草木を掻き分けていってしまう。
サボりとばれてしまった三之助が、去り行く背中に、「お…おいて行かないで…」と弱弱しく声を上げたがむなしく林に響いただけだった。

「…で、三之助」
作兵衛を唖然と見送った体育委員の沈黙を破ったのはやはり怒り心頭の滝夜叉丸だった。
それにまたビクリと肩をゆらした三之助がそろそろと立ち上がる。
「は、はい」
「委員会でたびたび行方不明になる理由はもしかして、我々が勘違いしていただけで、本当は違ったのか」
自分で言いながらいろいろなことを思い出しているのか、握りこんだ拳がぶるぶる震えている。
そんな滝夜叉丸に怯えた一年が、ひっと声をあげ、金吾の後ろに隠れた。
金吾も四郎兵衛の後ろに隠れてしまいたい気分である。
「た、滝夜叉丸先輩、落ち着いて…」
そんな金吾の心情を察したのか、四郎兵衛が宥めるように言うが、滝夜叉丸の怒りは収まらない。
あの時もあの時もあの時も今回も!!滝夜叉丸の声が大きくなり、三之助は目を泳がせてどうにげようかと思考をめぐらせた。
「いやいやいや先輩、今回は、ほら、なんていうんですか、不可抗力…?みたいな…?」
「なにが不可抗力だこの大馬鹿者!!!」
しかしそれが引き金となったのか、滝夜叉丸の雷が落ちる。
きゃっ、と短く悲鳴をあげた一年の肩を抱えてやりながら、金吾があーあ、と首を振った。
「意図的だったのか!金吾や四郎兵衛の掛け声も振り切って全速力で走りおって!!」
「いやいやあの…」
「しかもお前!私が背を向けた瞬間を狙っただろう!!どうもできすぎていると思った!わざとか!わざとなんだな!」
「せ、先輩、ほら、落ち着いて、一年生が怯えてますって!」
「誰のせいだ誰の!ええ!?」
三之助の宥め声が油を注ぎ、滝夜叉丸は甲高い声で叫ぶように怒鳴りつける。
「いやでも、ほら!今回は大目に見るということで!」
「な、ん、で、お前が決めるんだ愚か者!」
「いでぇ!」
ガッツン!という音とともに拳を落とされた三之助がしゃがみこむが滝夜叉丸の怒りは収まらない。
そのあともお説教と言う名の叫び声が響く。
後ろに控えていた四郎兵衛がため息をついた。
「これは…長くなりそうだね…」
「そうですね…」
それに頷く金吾は、早めに済ませてくれないと、一年生が怯えすぎてこれからの委員会が大変だなぁ、とがっくり肩をおとした。















その後、会計・体育、両委員会で
「困ったときの富松作兵衛」
という合言葉ができ、用具委員会が厄介ごとに巻き込まれる回数が圧倒的に増えたのは言うまでもないことである。






-----------------------
きっと五年になったら迷子紐なんか役に立たないだろうから、作兵衛独特の方法で二人を見つけるに違いない。
そしてその方法は誰にも理解されない方法に違いない。
という話。

宮上 110918

戻る














人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -