孫兵視点



学園内を歩いていたら、変な浮遊感がした。
気がつくと目の前は真っ暗で、見上げると丸い形の空が見えた。
…やられた。
ジュンコが首元でフーフーと興奮していたのでそれをなだめる。
彼女に怪我がなくてよかった。
とりあえず立ち上がって、ここからでなければいけない。
あの紫の制服は、忌々しい人物ばかりだ。
チィ、と舌打ちをして足に力を入れる。
力が入らないばかりか、右足に衝撃。
…足をくじいた。
「…はぁ」
思わずでたため息は、私の中のやる気とか、根性とかを根こそぎ持っていったのでなんとも動く気になれず、ひざを抱えて小さい空を見上げた。
忌々しい、忌々しい。
長居をする覚悟をするとなんとも感情が無になってきて、ただただ雲の動きをみていた。
ジュンコも首元でおとなしくしている。
そんな無の沈黙を、破ったのは、私をここに落とした犯人だった。

「おーやまぁ。珍しい」

「…」
私の狭い空を覆った男は心底楽しそうな声を上げた。
「なにか毒虫でも追いかけていたのかい」
「………別に」
「そう…出ないの?」
「……出ますよ。あと、目印が、ありませんでした」
「えー?ちゃんとそこに…」
綾部が振り向くと同時に、ドスン、と衝撃が走って、ぱらぱらと砂が落ちてくる。
「ああああああああああやべぇぇぇぇえええええ!!貴様ぁー!!」
どうやら遠くの方で誰かが落ちたらしく、叫び声が響く。
綾部がそれに「あらまぁ」と呟いて、首をかしげた。
「助けようか」
「…いりません」
「そう」
答えると納得したように背を向けて、足跡とともに遠ざかり、私に小さな丸い空が帰ってきた。
落ちたのは誰だろうか。
誰でもいい。
全く忌々しい。忌々しい。
足が動かないのにも腹が立つ。
狭い空にも腹が立つ。
男が去って、また静かになって、穴の中にジュンコと二人。
すり、と顔に擦り寄ってきたジュンコをなでて、それもいいと思う。
私たちのほかには誰もいないのだ。邪魔をするものも、なじるものもいない。
乾いた土と、小さい空。
ここにきてから3年たったけれど、だからなんだというのか。
虫小屋にずっといられたらいいのに。
授業や演習で最近は特にいられないことが多くなった気がする。
ああ、あと、それ以外にも。
目を閉じて、ひざに顔を埋める。
足の痛みは引かないし、小さな空を見上げているのも、もう疲れてしまった。






「あ、やっぱりいた。みんなー!孫兵いたよー!」
どれくらいそうしていただろう。
聞き覚えのある声に顔を上げると、藤内がこちらをのぞいていた。
首元で眠っていたジュンコが目を覚まして、舌を伸ばした。
「藤内」
「孫兵、いつからそこにいたの?もう夕暮れだよ」
ほら、というのでつられて空を見上げると、確かに明るかった空は小さい丸のまま紅く染まっていた。
「とーない、いたか!まごへー」
「いたよー」
「あの綾部先輩のことだからなんか信じれなかったけど、当たってたんだなー」
「まごへー!大丈夫かー」
「孫兵ぃ、怪我してなぁいー?」
次々と顔を出した同級生達に驚いて、声も出さずにじっと見上げる。
左門も三之助も、作兵衛も、数馬も、みんなみんな良く見つけられたな、と。
「ほら、左門、お前の腰につけた迷子紐ほどいて下投げろ」
「おう!任せろ作兵衛…っと、おーい、まごへー!下に投げるからそれ使って登ってこーい」
左門がニカリと笑って顔が引っ込んだかと思うと、ロープがたらされた。
思わずつかんだはいいが、足が立たないのを思い出してつかんだままになってしまう。
どうしよう、どうしようもない。
手を離そうか、助けを呼ぼうか。誰を。
「おーい、どうした。」
「んー?孫兵?」
ひょこっと顔をだした三之助がこちらをじっと見て、それから振り返る。
私の視界はまた紅い空だ。
「まごへー怪我してるっぽい」
「マジか!」
「マジか!」
「え!そんなにひどいの?」
ひょっこり顔を出したのは数馬で、あまりにも心配そうな顔にたじたじした。
「平気だ、立てる」
言って、ひねってない方の足に力を入れる。
ふらふらはしたが、立てないこともなかった。
なんだ、立てるじゃないか。
ひねった足をかばいながら、思う。
結局自分は本気で立つ気がなかったのだ。きっと。
「孫兵、大丈夫?縄、持てる?」
「ああ、」
「じゃあ、引っ張りあげるよ。はい!ろ組み引っ張ってー」
「がってん」
「りょーかい」
「いくぞー」
藤内の掛け声で、縄が引き上げられる。
体が浮いて、ジュンコが先に縄を伝って外に出た。
「わぁ!」という数馬の声と、続くドテン、という音に苦笑しながら、だんだん大きくなる空を見上げる。
小さく丸かった空は大きく果てしなく広がってあかみを帯びていた。

大きいそら














-----------
孫兵と綾部と三年

穴に落ちて怒鳴ったのは滝夜叉丸。(どうでもいい)



宮上 100417


戻る
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -