「お願いです、魔女様。どうか、どうか。私と、彩都ちゃんを弄んだあの男に、罰を与えてください。あの、悪魔のような男さえ居なければ、私達はきっと幸せになれるはず……っ!」
 ある、静かな夜の事。美しい湖畔の傍にひっそりと佇む魔女の屋敷に突然の来訪者が現れた。
 屋敷へと迎え入れた魔女に、来訪者は泣きながら縋り付き、悲痛な声をあげた。魔女は驚きながらも、相手を落ち着かせようと、優しくその背中をさする。
「一体何があったんだい、可愛いお嬢さん。突然用件だけ伝えられてもアタシゃ困ってしまうだけだよ。折角の綺麗な顔が涙でぼろぼろじゃあないか。顔をお拭き。そしてゆっくり深呼吸するんだよ。さあ、暖かいお茶をお飲み。落ち着くよ」
「……すみません、魔女様。有難う御座います……、有難う、御座います……」
 女は魔女に差し出されたハンカチで顔を拭い、言われた通りに深呼吸を何度か繰り返し、そして暖かい茶をゆっくりと飲んだ。
 いくらか落ち着いた女に、魔女は出来る限り優しい声音で訊ねる。
「可愛いお嬢さん。教えておくれ。お前さんの名前はなんというんだい?」
「ハイネ、です……」
「ハイネ、かい。いい名だね。……ハイネや、お前さんをそんなに悲しませる事は一体何なんだい? ゆっくりでいいよ、この魔女に話してごらん」
「はい……」
 ハイネと名乗った女は、俯いてぽつりぽつりと話し始めた。
 恋人だと思っていた男が、自分を騙していた事。甘い言葉を掛けて、金を貢がせ、暴力を振るい、束縛された事。
 そして、何人もの女性が、その男に彼女と同じ目に遭わされていたという事。
「酷い男が居たもんだ。お前さんも大変だったねえ」
「……私の事は、まだいいんです。私が、男を見る目が無かった馬鹿な女だっただけで。……あの男の屋敷には、人形が居るんです。黒くて綺麗な髪の、可愛らしいお人形さんが」
「人形? その人形がどうしたというんだい」
「あの子は……。彩都ちゃんは、いつも長袖のメイド服姿で肌が見えない服を着ていて。長い前髪で顔を隠しているの。でもある日、私は見ちゃった。あの子の前髪が、風に吹かれた時。大きな傷があったの。私はその傷について、彩都ちゃんを問い詰めたわ。初めは嫌がっていたけど、ちゃんと話をしてくれた。マスターである男に、日常的に暴力を振るわれていると」
 双眸に涙を溜め、ハイネは黙り込んだ。深い溜息を吐くと両の手をぎゅっと強く握りしめ、低い声で再び言葉を続ける。
「私は、彩都ちゃんを守りたい。そして、あの男に復讐をしたいの。
 私は、幸せにならなければいけない。そして、人形達を幸せにしなければ、いけないの。それが、『ブリオニア』の名を持つ、私の義務なんだから」
「ブリオニア……。花の名が姓とは、機械の街《アンヴェル》出身かい? こりゃ、人間にしては珍しいね」
「……私自身は、そこの出身ではないの。捨て子だった私を育ててくれた、義理の父親が機械人形だったの。義母は人間で、人形と人間じゃ子供は産めないから私を養子にして……。両親には沢山の愛情を貰ったわ。今はもう……二人共、居なくなってしまったけれど」
 寂しそうにハイネは笑う。顔を軽くあげ、懐かしむように双眸を細めながら、彼女は言葉を続ける。
「父さんはよく言っていたわ。『幸せになりなさい、そして誰かを幸せにしてあげなさい』と。……それは、父さんの出身である、機械と人形達の街の長が、街に暮らす皆によく言っていた言葉だって。――多くの人々は、人形達を虐げているのに、人形である父さんは、人間の母さんや私を幸せにしてくれた。父さんのように、私も……。人形達を、彩都ちゃんを……幸せにしたいの」
「成程ねえ。話はわかったよ」
 魔女は一つ頷き、ハイネの肩に手を置いた。
「いいかい、ハイネ。ようくお聴き。三日後の満月の日に、四番通りの洋菓子店で『とっておき』のアップルパイを買いな。それを男に食べさせるんだ。そしてその彩都ちゃんとやらを連れて男の屋敷を出るんだよ。そうすれば、お前さんの願いは叶うはずさ」
 魔女の言葉にハイネはゆっくりと頷く。それを見て、魔女はにっこりと笑った。
「ただし、これは魔女との『契約』さ。お代はきっちりと頂くよ」
 ゆらりと、魔女の影が怪しく揺れた。




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