色鮮やかな花達が咲き誇る、秘密の庭園にて。
「また、来てくださったんですね、旅人さん」
 花に水をやる手を止めて、サイトは微笑んだ。やって来た旅人もまた、微笑んでいた。
「ああ、勿論。何度でも俺はここに訪れるさ」
「どうしてですか、旅人さん。ここは静かでしょう。人形ひとりしか居ない。旅人さんのお話に出て来るような楽しいものなんて、このブリオニア邸にはありませんよ」
「ここは静かなのがいいのさ。心が休まる。それに、サイトさんが居るからね。あなたの隣に居ると、どんな旅の途中よりもドキドキしてしまうよ」
「旅人さんは、ドキドキしに来たのか、心を休めるために来たのか、どっちなのか。人形の私にはわからないよ」
「勿論両方だとも! サイトさん、あなたの隣で、あなたの淹れたお茶を飲みながら歓談する事が、俺にとって最高の癒しで、最高にときめく時間だからね!」
 高らかに宣言した旅人に、サイトは曖昧な笑みを浮かべて首を傾げる。頬をかきながら、ぽつりとサイトは呟いた。
「……やっぱり私には少し難しいですね。教えてください、旅人さん。旅人さんのその感情は、一体なんという名前なのでしょう」
「サイトさん、それは『恋』というものだよ」
 旅人は、サイトの目をしっかりと見つめて、そう伝えた。サイトに恋をしているのだ、と。
「……恋、ですか。その言葉なら知っています。未だ、経験したことはないんですけどね。恋すること、その感覚がやっぱり私にはよくわからないよ」
「今はそうでも、きっとサイトさんにも分かる時が来るはずさ」
「そうでしょうか……」
「その時は是非、俺を相手にしてもらいたいな」
「さあ、どうしましょうか」
「そのためにはまず、サイトさんに俺の事をもっと知ってもらう事からだね。いい加減サイトさんに、俺の……モーリスという名を呼んでもらいたいしね」
「……じゃあ、お茶にしましょうか? 聞かせてください、貴方の旅のお話」
「そうだ、それがいい! サイトさんにとっておきの話をお聞かせしよう!」
「それは、楽しみです」
 差し出された旅人の大きな手に、サイトはそっと己の小さな手を重ねる。優しく握られたそれを見ながら、サイトは旅人に気付かれないようにふんわりと微笑んだ。





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