hydrangea


 蒸気を抱えた空気が、しっとりと町を濡らすような穏やかな午後。街路の真ん中で大仰に周囲を窺う吸血鬼【デイウォーカー】は、こてりと首を横に倒した。
「んー、なかなか見つかんないなあ」
「あら、少佐。虫取り網なんか持って、何かお探しかしら?」
「あ、魔法使いっぽい人、発見ー! こんにちは」
「ええ、こんにちは」
 通りがかったミラアとにこやかに挨拶を交わした後、マヨアは手にした網を振り回しながら応える。
「探してるんだよー。にゃんこ、カワイイにゃんこをね!」
「猫を?」
「生け捕るんだー、出来れば沢山。おっきい箱、用意したからさ。50匹くらいは入るんじゃないかな!」
「そんなに捕まえたら、この区から野良猫が居なくなってしまうわね」
「うー、だって沢山の方が嬉しいでしょ? ペットショップのをね、買おうとも思ったんだけど。一番カワイイ子から生け捕って良いですかってお店の人に聞いたら、売ってくれなかったんだよ。酷いよネー」
「少佐、ペットはちゃんと大事に愛でなくちゃいけませんわ。狭い箱にすし詰めにするのも頂けないわね。それでは猫が可哀想ですもの。誰かに差し上げるのなら尚更」
「あれれ。僕、誰かへのプレゼントって言ったっけ?」
「あら――いけない。ちょっと先の台詞を言ってしまったかしら。でも事実でしょう?」
「そうだよ、大正解だよー! って言ってる間に、いい感じの三毛ニャンコを目標に捉えたであります! 突撃【コンタクト】!」
 赤い目を爛々と光らせ、嬉しそうに突進する青年を見送る。そんな鬼気迫る相手を発見するや否や、猫は飛び上がって逃げ出してしまった。後を追う魔術師は、やれやれと肩を竦めて悠然と歩みだす。
 道端に揺れる、青紫の花。

 ぱきん。手折るというよりは切断に近い。丸い断面を指の腹で確かめながら、フィロは手にした紫陽花を眺める。
「お前にしてはロマンがあるじゃないか。贈り物に花は常套だもんな」
「……うるせェ。それを言うためだけにノコノコ来たのかよ」
「まさか。流石におれもそこまで暇じゃないよ。パーティーの準備が一段落したから休憩がてらに散歩してるんだ」
「結局それ、暇なんだろ」
「暇じゃない、超忙しいって。宴の主催者ってのはあれこれ心を砕くのに忙しいんだ。まあ、それも楽しいんだけどな。戻ったら、久しく使ってなかったカメラを探す大仕事も残ってる。思い出がなによりのプレゼントだ、そう思わないか?」
「お前のアイディアも大概、常套だな」
「ふん――誕生会の招待状。ちゃんと届いてるかな」
「それはお前が雇った執事次第だな」
「昨日は一日がかりで、零区一帯の食人鬼やら、殺人鬼やらを掃除したからな。客人を招くのに失礼はないはず、だ。うん」
「その客だったら、あっさり化物どもも退けそうだけど」
「フィロ、お前……あの可憐な人を、年に一度の祝い日に戦わせるっていうのか? この外道、悪魔」
「悪魔はてめェだ、阿呆鳥。――あ?」
「お」
 何時の間にそこへ居たのか。ぴょんと足元で跳ねた三毛猫が、空だったバアドの腕に収まる。それに遅れること数拍、街路の向こうから慌しくやって来る青年と、その後方にモノクロの人影が見えた。
 そうか、全員考える事は一緒だったか。
 押し殺しきれぬ笑みを零しながら、唇は今日という日を言祝いだ。

「誕生日おめでとう、イミルイさん」 







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